2000.3a / Pulp Literature

2000.3.3 (Fri)

ジム・トンプスン『ポップ1280』(1964)

ポップ1280(102x160)

★★★★
Pop. 1280 / Jim Thompson
三川基好 訳 / 扶桑社 / 2000.2
ISBN 4-594-02863-2 【Amazon
ISBN 4-594-05168-5 【Amazon】(文庫)

アメリカ南部の町ポッツヴィルは人口1280人。保安官のニックは次の選挙で当選できるか不安を抱いていた。そんななか、売春婦のヒモを殺害し、その罪を知人の保安官になすりつける。以降、ニックは行き当たりばったりに悪事を重ねていくのだった。

ああ、神様、いつまで続くんですか? 十字架一本背負うだけでもたいへんなのに、おれは材木置き場全体を背負わされたようなものだ! (p.218)

これはなかなか凄いな。新興宗教の道場を遠くから覗いたような奇怪な読後感。パルプ・ノワールの傑作という触れこみだけど、確かに得難い小説と言えそう。語り手の歪んだ内面と、気の抜けない超絶プロットが、高いレベルで融合している。

ニックにとっては保安官こそが天職だった。今の生活をどうしても維持したい彼は、その場その場の利己的な動機で人を陥れていく。あるときは地位を保つため、あるときは邪魔者を排除するため、あるときは屈辱を晴らすため。普段は周りからバカにされているものの、やるときはやるって感じで大仕事をこなしている。つまり、「能ある鷹は爪を隠す」というわけだ。ニックのやっていることは悪事そのものだけど、彼の意識には独自の理(ことわり)が存在しており、人を殺しても何とも思わない。非道な行いが狂信者のように正当化されている。

人をバンバン殺しながらも黒人差別には否定的。ニガーを人間と見なさない南部の田舎町において、1人だけリベラルな考えを持っている。また、手際よく計画を成功させているわりには、賢いんだか愚かなんだかよく分からない。語り口は粗雑で靄がかかっているし、何か天運が味方しているような気配さえある。ともあれ、彼の内面には矛盾する性格がナチュラルに同居しており、その混迷ぶりが奇怪な読後感を生んでいる。

2000.3.6 (Mon)

ローレンス・ブロック『倒錯の舞踏』(1991)

倒錯の舞踏(116x160)

★★
A Dance at the Slaughterhouse / Lawrence Block
田口俊樹 訳 / 二見文庫 / 1999.5 / アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞
ISBN 4-576-99071-3 【Amazon

知人から1本のビデオテープを渡されたスカダー。そこには、黒いラバーを着た男女が少年を殺害する様子が記録されていた。偶然にもスカダーは下手人を発見、彼らの身辺を洗っていく。

「裸眼では日蝕は見られない。眼を守るのにすすをつけたガラス越しに見たりする。それとおんなじように、世の中をまともに見るのは危険じゃないかね? 世の中を見るには、何かもやのようなものが必要じゃないかね?」(p.285)

いわゆる自警団もの。法の手の届かない巨悪に対して、一市民であるスカダーがどう対処するのか。その辺の葛藤を、スナッフビデオという絶対悪を通して描いている。犯人の心の闇をいちいち説明しないところには感心するけれど、ただ全体としては今読むと大したことのない話で、スカダーの悩みが予定調和のように思えてしまう。他人を裁くことの罪っていうの? そういうのは何十年も前に通り過ぎたものだと思ってたよ。90年代はそれを前提に新しいテーゼを打ち立てる段階ではなかろうか。比較的最近の小説なのに、既に陳腐で古びているのが気になる。

>>Author - ローレンス・ブロック

2000.3.8 (Wed)

村上春樹『レキシントンの幽霊』(1996)

レキシントンの幽霊(110x160)

★★★★
文春文庫 / 1999.10
ISBN 4-16-750203-8 【Amazon

短編集。「レキシントンの幽霊」、「緑色の獣」、「沈黙」、「氷男」、「トニー滝谷」、「七番目の男」、「めくらやなぎと、眠る女」の7編。

薄いわりには充実した内容だった。孤独に喪失に暴力と、人間の暗部にメスを入れている。どの短編も多かれ少なかれ幻想的な回路を経由していて、それがゆえに弱さ・危うさが際だっているという。村上春樹は短編も面白い。

以下、各短編について。

「レキシントンの幽霊」(1996)

当時マサチューセッツ州に住んでいた「僕」の怪異譚。古い屋敷で泊まり込みの留守番をしていると、夜中に不思議な現象が……。

お化けが出そうな古い屋敷に、貴重なジャズレコードのコレクション。男は両親に愛されないままずっと1人ぼっちだった。自分が死んだときにこんこんと眠ってくれる人もいない。こういう寂しさは娯楽で埋め合わせるしかないのであり、今の日本人が娯楽にどっぷりはまっているのは、孤独の裏返しなのだと思う。★★★★。

「緑色の獣」(1991)

人妻の前に人語を話す獣が表れた。彼は人妻に求婚する。

女の残酷さにびっくり。お前みたいな化け物(=不細工)が私に求婚するとは厚かましい! ということで、存在を抹消するほどの容赦ない攻撃をしている。言うまでもなく、獣は男性のメタファーだろう。ピュアな心をずたずたにするなんて、恐ろしや恐ろしや……。

しかしまあ、これって嫁さんをモデルにして書いたんだろうね。典型的な女性恐怖の小説。筆致はとてもノリノリだ。★★★。

「沈黙」(1991)

温和な男が、中学時代に人を殴ったことについて語る。彼は嫌な奴から嫌がらせを受けていた。

でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思い当たりもしないような連中です。

周囲を巻き込んだ陰湿な仕打ちがたまらないし、まんまと巻き込まれる周囲の人たちもたまらない。こういうのってよくあるよなー。崩しがたい誤解の壁。私も似たような経験があるので、読んでいて思い出し怒りにかられる。★★★★★。

「氷男」(1991)

女が氷男と結婚する。

ささやかでありながらも決定的な変化。寓話仕立てにすると分かりやすい。★★★。

「トニー滝谷」(1990,91)

妻を亡くしたトニー滝谷の悲哀。

孤独と喪失感がすごい。トニー滝谷と2人の死者(父と妻)は、それぞれ大量の遺品で繋がっていた。と同時に、それらは心の枷にもなっている。文字通りの重荷ではあるけれど、無ければ無いで空っぽになってしまう。とても寂しい短編だ。★★★★。

「七番目の男」(1996)

男は10歳のときに海辺で友人をなくし、しばらくは恐怖から逃げていた。

これはまた随分と分かりやすい寓話。恐怖と向き合うことの大切さを説いている。★★★★。

「めくらやなぎと、眠る女」(1995)

「僕」と耳の悪いいとこの話。

言葉にしづらい内容だった。★★★。

>>Author - 村上春樹