2000.5b / Pulp Literature

2000.5.13 (Sat)

東野圭吾『嘘をもうひとつだけ』(2000)

嘘をもうひとつだけ(108x160)

★★★★
講談社 / 2000.4
ISBN 4-06-210048-7 【Amazon
ISBN 4-06-273669-1 【Amazon】(文庫)

短編集。「嘘をもうひとつだけ」、「冷たい灼熱」、「第二の希望」、「狂った計算」、「友の助言」の5編。

加賀刑事もの。犯人がついた嘘を加賀刑事が鮮やかに暴いていく。たとえるなら、『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』のような形式。各話とも犯人と刑事の対決に焦点が絞られている。

通常の探偵小説の場合、探偵役が自説を述べるときには、「わたしの推理……」といった具合に、主語が「わたし」の一人称になっている。ところが、加賀刑事の場合は違っていて、「我々の推理……」 と主語が複数形になっている。加賀刑事はあくまで組織人であるというのがさりげなく強調されているわけだ。このようなスタンスが、同年代である「新本格」と一線を画す要因になっていると思う。

「嘘をつく」と一言でいっても、それぞれに特別な動機があって面白い。加賀刑事は相変わらず鋭く、推理の妙味を堪能することができる。

>>Author - 東野圭吾

2000.5.15 (Mon)

恩田陸『球形の季節』(1994)

球形の季節 (新潮文庫)(112x160)

★★
新潮文庫 / 1999.1
ISBN 4-10-123412-4 【Amazon

東北の田舎町で都市伝説めいた噂が流れる。何でも、「5月17日」にエンドウさんという子が宇宙人にさらわれるという。近隣の高校生たちが合同で調査、間もなく噂は現実のものとなる。

「学園ホラー」という触れ込みだけど、登場人物がステレオタイプすぎてしんどかった。情景描写が多彩で、女子高生のみずみずしい感性をすくい上げているのに、なぜそれが人物造型に活かされないのだろう? どこかで見たような人物が登場し、どこかで見たような葛藤を演技する。まるで少女漫画のレプリカみたいだ。しかも、焦点人物が多いわりにみな似たような内面の持ち主だから、視点の切り替わりが煩雑に感じてしまう。男子生徒は1人しかいないから良いとして、問題は複数いる平板な女子生徒たちだ。確かに彼女たちの希薄な存在感が、町の異質さを引き立たせる結果にはなっているけれど、それは単にどっちつかずってだけだからねえ。霊感の強い女の子とか、やり手の転校生とか、そもそもの前提である町の不思議とか、それらが噛み合わないまま放り出されていて、読後は消化不良の感覚しか残らない。

2000.5.16 (Tue)

ダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』(1969)

★★★
Rani Jadi / Danilo Kis
山崎佳代子 訳 / 東京創元社 / 1995.7
ISBN 4-488-01607-3 【Amazon

連作短編集。「秋になって、風が吹きはじめると」、「マロニエの通り」、「遊び」、「略奪」、「顔が赤くなる話」、「セレナード、アンナのために」、「野原、秋」、「婚約者」、「陽の当たる城」、「野原」、「虱とり」、「きのこの話」、「猫」、「梨」、「馬」、「遠くから来た男」、「ビロードのアルバムから」、「少年と犬」、「風神の竪琴」の19編。

著者はユーゴスラヴィアの作家。まだ少年だった第二次大戦中に、ユダヤ人の父を強制収容所で亡くしている。本書は当時の生活を振り返った家族3部作の2作目。散文詩のような淡い文彩で、少年時代の風景をノスタルジックに描いている。

以下、各短編について。

「秋になって、風が吹きはじめると」

秋になって風が吹きはじめ、マロニエの葉が落ちてくる。その実を集める少年。香水を売る少女。

「マロニエの通り」

マロニエの通りを訪ねる男。戦争前にそこで暮らしていたという。しかし、マロニエはなかった。

「遊び」

鍵穴を覗く男。視線の先には1人の少年がいた。もう1度覗くと今度は亡父が現れる。

「略奪」

倉庫略奪の様子を少年の目線でスケッチ。

武装強盗団ではなく一般市民が略奪している。で、取りはぐれた少年に女がお裾分け。何か『悪童日記』みたいな世界だ。

「顔が赤くなる話」

2人の少年の会話。立ち小便するしないとか。

これは誰もが経験したはず。ま、漏らしたところでいちいち母親に報告なんてしないけどさ。放尿したくなったらまず夢かどうか確認する癖をつけねば。

「セレナード、アンナのために」

窓の下からバイオリンの音色。どうやら姉に捧げているらしい。

姉の行いはユダヤ教の習慣だろうか? そういえば、『シンドラーのリスト』でも蝋燭に火を灯すシーンがあった。

「野原、秋」

サーカス団が去った後の野原。父がドイツ語で書かれたレシピを拾う。

ユダヤ人の心情を端的に表していて心にしみる。小市民らしいささやかな復讐、ささやかな優越感。しかも、歴史は父を飲み込んでいるわけで……。

「婚約者」

少年が女の子と藁の中で寄り添う。周囲から「2人は夫婦だぞ」とからかわれる。

母との約束が空約束であったことに気づいてショックを受ける。打ち明け話を父に漏らしたというわけ。子供と大人は対等ではないから約束は無意味、こういう経験は誰にでもあるだろう。我々は身近な者から世間知を学んでいく。

「陽の当たる城」

管理していた牛が迷子になった。途方に暮れた少年は、これからのことを色々想像する。

不安に満ちた筋書きを作り、ついには犬にまで話しかける始末。少年は想像力の迷宮に絡め取られている。

「野原」

疥癬に罹った少年が医者に診てもらう。

戦時中の有名なハイパーインフレが背景にある。200万でも卵1個しか買えない。

「虱とり」

先生の家の鶏小屋を掃除し、食事をご馳走になる。

全編を覆う薔薇のイメージ。

「きのこの話」

少年がきのこの穴場を知らせる。

少年のお手柄かと思ったら……。苦笑もののオチで面白い。

「猫」

少年が4匹の子猫を見つける。母猫はいない。エサを与えるも猫たちは食べない。

少年の行為は田舎では常識なのだろうか(日頃から家畜を飼っているわけだし)。都会だったらまず引き取り手を探すはずだし。ま、餓死させるよりはマシか。

「梨」

木から落ちた梨の実を選別する。

おかみさんのセリフがやたら機知に富んでいる。

「馬」

馬が死んだので毒づく兵隊たち。

下っ端はつらいよ、軍隊編。少年の生活にもいよいよ軍靴の足音が。

「遠くから来た男」

通りかかった兵隊に父の消息を尋ねる。父は2?3年前に連れていかれた。

人違いなオチはブラックユーモアの域に達している。

「ビロードのアルバムから」

父の死、そして母との生活。叔母は悪意の目で少年を眺める。母は織物で一世を風靡するも、粗悪な模造品に駆逐される。

散文詩みたいな印象から一転、普通の回想録みたいな力強さがある。文章が妙にかっちりしているというか。ただ、相変わらずエピソードは叙情的だった。

「少年と犬」

犬の一人称。不幸な生い立ちだったが、新しく知り合った少年とは気が合う。

うわー、せつない! 犬の語りには秘密があった。なるほど、過去を題材にすることには鎮魂の意味もあるわけだ。父、姉、犬、その他の風景たち。いずれも思い出のなかにしか存在しない。本書のなかではこれがベストだ。

「風神の竪琴」

電信柱を使った竪琴の思い出。

現代から過去へ、あるいは過去から現代へ。追憶によって時空を飛び越える感覚が良い。

2000.5.17 (Wed)

さいとうたかを『ゴルゴ13 (116) "E"工作』(2000)

ゴルゴ13 (116)(114x160)

★★★
リイド社 / 2000.4
ISBN 4-8458-0116-7 【Amazon

「"E"工作」、「神の手」、「13人目の陪審員」、「遠い隣人」の4編。

「"E"工作」(1995.8)

マヨルカ島の老人ミゲルは、第二次大戦中、日本のスパイとしてアメリカに潜入していた。当時、マンハッタン計画の情報を日本に送るも、政府は何の対策もとらずに原爆を落とされている。それから50年後、情報を握りつぶした黒幕が生きていることを知り、ミゲルは島を脱出する。

非常によくできたストーリーで、最後はちょっとした驚きがある。これは間接的な父殺しなのだろう。ドラマを味付けするために世界情勢を引っ張っており、演出効果を高めるためのディテールとして機能させている。いかにも大人の漫画って感じだ。

「神の手」(1995.9)

メキシコで人気を誇るインチキ診療師。彼は要塞のようなロッジに住んでいた。ゴルゴはコーディネーターを雇い、彼の言われるまま射撃の練習をする。

ゴルゴのプロ意識の高さが窺える。一端プロと見込んだ相手は、職業人として全面的に信頼するというわけだ。ひたすら射撃の訓練に明け暮れるゴルゴ。仕事へのストイックな態度がたまらない。

「13人目の陪審員」(1996.3)

アメリカ南部ミシシッピー州。社長のドラ息子が黒人秘書をレイプして殺害した。社長は凄腕の弁護士を雇って無罪を狙う。一方、拘置所にはゴルゴの姿があった。

ちょっとしたリーガル・サスペンス。陪審員制がいかに不条理なものかがよく分かる。みんな田舎の一般人で頭が悪いし、南部の住人は偏見を持っているから、黒を白に変えることができる。

それにしても、陪審員の日給がたったの5ドルとはねえ。コンビニの時給より安くてびっくりする。こんなんじゃあ、まともな人間は誰も行きたがらないよ。

ゴルゴはなにげに神技を披露。カメラの映像でターゲットの位置を確認し、ステンドグラス越しに狙撃している。

「遠い隣人」(1995.3)

妻子持ちのサラリーマンのもとに脅迫者が現れる。会社の情報を寄こさなければ、父の秘密をバラすという。

本当に脅迫者は相手と接点があったのかな。実は産業スパイのはったりだったりして。いろいろ情報網はあるわけだし、最後はゴルゴに殺されているし。どうもその道のプロみたいなんだよな。

2000.5.20 (Sat)

ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(1929-40)

巨匠とマルガリータ(113x160)

★★★
Мастер и Маргарита / Михаид А. Будгаков
水野忠夫 訳 / 群像社 / 2000.3
ISBN 4-905-82147-9 【Amazon
ISBN 4-905-82148-7 【Amazon
ISBN 4-873-02355-6 【Amazon】(郁朋社)
ISBN 978-4309709451 【Amazon】(池澤夏樹世界文学全集)
ISBN 978-4003264829 【Amazon】(岩波文庫)

モスクワに現れたヴォランド教授と仲間たち。彼らは不思議な術で劇場の関係者を翻弄する。一方、ピラトを主人公にした小説を書いた「巨匠」は、文壇から批判を浴びて以降、失踪して精神病院に入っていた。ヴォラント教授が、巨匠の恋人マルガリータに手を差しのべる。

ブルガーコフの集大成的作品。亡くなってから25年後の1966年に発表されている。諷刺を得意とする作風らしく、生前は文壇の不当な批判に苦労したようだ。

ジャンルでいえば幻想小説になるだろうか。現代モスクワの悪魔的などんちゃん騒ぎに、2000年前のエルサレム──イエスの処刑に悩むピラトの物語が挿入される。ヴォランド教授というのが実は悪魔で、彼はピラトの時代と関わりがあった。邪魔者をヤルタまで瞬間移動させたり、魔術ショーで司会の首を切り落としたり、大量の紙幣をばらまいて偽札に変えたり、悪魔たちは派手に騒ぎを起こしている。文学者を次々といたぶっていくところは、まるで巨匠の怨念が具現化したかのよう。非現実的な混乱のなかで、巨匠とマルガリータは特権的な地位を手に入れる。

一方、ピラトの物語はとてもシリアスだ。真実と職務の狭間に揺れる、中間管理職の苦悩が描かれている。ユダヤ総督ピラトの前に引き立てられた、ナザレの哲人ヨシュア(イエス)。ピラトはヨシュアの無罪を信じていたのだけど、ユダヤ祭司の圧力に屈して死刑を命じている。聖人だったはずのヨシュアは実はフランクな兄ちゃんで、彼をつけ回しているマタイが記録によって実像を歪めていた。さらに、ここではユダ暗殺の黒幕が意外な人物になっている……。さすが巨匠を自認するだけあって、聖書、あるいは歴史の解釈が面白い。

正直、悪魔たちのドタバタにはうんざりしたのだけど、時空を越えた救済が果たされる展開には大きなカタルシスが得られた。「長いなー、だるいなー」とぼやきながらも、後半はつい引き込まれている。また、社会主義はトンデモネタの宝庫のようで、荒唐無稽な話のなかに、さりげなく諷刺が混じっていてぎょっとしてしまう(密告が奨励されていたり、外貨を所持していると逮捕されたり)。戦前のソ連でこんな小説が書かれていたとは思わなかった。