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- 13 : 東野圭吾『嘘をもうひとつだけ』(2000)
- 15 : 恩田陸『球形の季節』(1994)
- 16 : ダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』(1969)
- 20 : ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(1929-40)
2000.5.13 (Sat)
▽東野圭吾『嘘をもうひとつだけ』(2000)

★★★★
講談社 / 2000.4
ISBN 4-06-210048-7 【Amazon】
ISBN 4-06-273669-1 【Amazon】(文庫)
短編集。「嘘をもうひとつだけ」、「冷たい灼熱」、「第二の希望」、「狂った計算」、「友の助言」の5編。
加賀刑事もの。犯人がついた嘘を加賀刑事が鮮やかに暴いていく。たとえるなら、『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』のような形式。各話とも犯人と刑事の対決に焦点が絞られている。
通常の探偵小説の場合、探偵役が自説を述べるときには、「わたしの推理……」といった具合に、主語が「わたし」の一人称になっている。ところが、加賀刑事の場合は違っていて、「我々の推理……」 と主語が複数形になっている。加賀刑事はあくまで組織人であるというのが、さりげなく強調されているわけだ。このようなスタンスが、同年代である「新本格」と一線を画す要因になっていると思う。
「嘘をつく」と一言でいっても、それぞれに特別な動機があって面白い。加賀刑事は相変わらず鋭く、推理の妙味を堪能することができる。
2000.5.15 (Mon)
▼恩田陸『球形の季節』(1994)

★★
新潮文庫 / 1999.1
ISBN 4-10-123412-4 【Amazon】
東北の田舎町で都市伝説めいた噂が流れる。何でも、「5月17日」にエンドウさんという子が宇宙人にさらわれるという。近隣の高校生たちが合同で調査、間もなく噂は現実のものとなる。
「学園ホラー」という触れ込みだけど、登場人物がステレオタイプすぎてしんどかった。情景描写が多彩で、女子高生のみずみずしい感性をすくい上げているのに、なぜそれが人物造型に活かされないのだろう? どこかで見たような青春期の葛藤をなぞっていたり、どこかで見たような名家出身の暴力教師が登場したり、まるで少女漫画のレプリカみたいだ。しかも、焦点人物が多いわりにどれも似たような内面の持ち主だから、視点の切り替わりが煩雑に感じてしまう。男子生徒は1人しかいないから良いとして、問題は複数いる平板な女子生徒たちだろう。確かに彼女たちの希薄な存在感が、町の異質さを引き立たせる結果にはなっている。しかし、それは単にどっちつかずってだけだからねえ。霊感の強い女の子とか、やり手の転校生とか、そもそもの前提である町の不思議とか、それらが噛み合わないまま放り出されていて、読後は消化不良の感覚しか残らない。
2000.5.16 (Tue)
▲ダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』(1969)
★★★
Rani Jadi / Danilo Kis
山崎佳代子 訳 / 東京創元社 / 1995.7
ISBN 4-488-01607-3 【Amazon】
連作短編集。「秋になって、風が吹きはじめると」、「マロニエの通り」、「遊び」、「略奪」、「顔が赤くなる話」、「セレナード、アンナのために」、「野原、秋」、「婚約者」、「陽の当たる城」、「野原」、「虱とり」、「きのこの話」、「猫」、「梨」、「馬」、「遠くから来た男」、「ビロードのアルバムから」、「少年と犬」、「風神の竪琴」の19編。
著者はユーゴスラヴィアの作家。まだ少年だった第二次大戦中に、ユダヤ人の父を強制収容所で亡くしている。本書は当時の生活を振り返った家族3部作の2作目。散文詩のような淡い文彩で、少年時代の風景をノスタルジックに描いている。
以下、各短編について。
「秋になって、風が吹きはじめると」
秋になって風が吹きはじめ、マロニエの葉が落ちてくる。その実を集める少年。香水を売る少女。
「マロニエの通り」
マロニエの通りを訪ねる男。戦争前にそこで暮らしていたという。しかし、マロニエはなかった。
「遊び」
鍵穴を覗く男。視線の先には1人の少年がいた。もう1度覗くと今度は亡父が現れる。
「略奪」
倉庫略奪の様子を少年の目線でスケッチ。
武装強盗団ではなく一般市民が略奪している。で、取りはぐれた少年に女がお裾分け。何か『悪童日記』みたいな世界だ。
「顔が赤くなる話」
2人の少年の会話。立ち小便するしないとか。
これは誰もが経験したはず。ま、漏らしたところでいちいち母親に報告なんてしないけどさ。放尿したくなったらまず夢かどうか確認する癖をつけねば。
「セレナード、アンナのために」
窓の下からバイオリンの音色。どうやら姉に捧げているらしい。
姉の行いはユダヤ教の習慣だろうか? そういえば、『シンドラーのリスト』でも蝋燭に火を灯すシーンがあった。
「野原、秋」
サーカス団が去った後の野原。父がドイツ語で書かれたレシピを拾う。
ユダヤ人の心情を端的に表していて心にしみる。小市民らしいささやかな復讐、ささやかな優越感。しかも、歴史は父を飲み込んでいるわけで……。
「婚約者」
少年が女の子と藁の中で寄り添う。周囲から「2人は夫婦だぞ」とからかわれる。
母との約束が空約束であったことに気づいてショックを受ける。打ち明け話を父に漏らしたというわけ。子供と大人は対等ではないから約束は無意味、こういう経験は誰にでもあるだろう。我々は身近な者から世間知を学んでいく。
「陽の当たる城」
管理していた牛が迷子になった。途方に暮れた少年は、これからのことを色々想像する。
不安に満ちた筋書きを作り、ついには犬にまで話しかける始末。少年は想像力の迷宮に絡め取られている。
「野原」
疥癬に罹った少年が医者に診てもらう。
戦時中の有名なハイパーインフレが背景にある。200万でも卵1個しか買えない。
「虱とり」
先生の家の鶏小屋を掃除し、食事をご馳走になる。
全編を覆う薔薇のイメージ。
「きのこの話」
少年がきのこの穴場を知らせる。
少年のお手柄かと思ったら……。苦笑もののオチで面白い。
「猫」
少年が4匹の子猫を見つける。母猫はいない。エサを与えるも猫たちは食べない。
少年の行為は田舎では常識なのだろうか(日頃から家畜を飼っているわけだし)。都会だったらまず引き取り手を探すはずだし。ま、餓死させるよりはマシか。
「梨」
木から落ちた梨の実を選別する。
おかみさんのセリフがやたら機知に富んでいる。
「馬」
馬が死んだので毒づく兵隊たち。
下っ端はつらいよ、軍隊編。少年の生活にもいよいよ軍靴の足音が。
「遠くから来た男」
通りかかった兵隊に父の消息を尋ねる。父は2〜3年前に連れていかれた。
人違いなオチはブラックユーモアの域に達している。
「ビロードのアルバムから」
父の死、そして母との生活。叔母は悪意の目で少年を眺める。母は織物で一世を風靡するも、粗悪な模造品に駆逐される。
散文詩みたいな印象から一転、普通の回想録みたいな力強さがある。文章が妙にかっちりしているというか。ただ、相変わらずエピソードは叙情的だった。
「少年と犬」
犬の一人称。不幸な生い立ちだったが、新しく知り合った少年とは気が合う。
うわー、せつない! 犬の語りには秘密があった。なるほど、過去を題材にすることには鎮魂の意味もあるわけだ。父、姉、犬、その他の風景たち。いずれも思い出のなかにしか存在しない。本書のなかではこれがベスト。
「風神の竪琴」
電信柱を使った竪琴の思い出。
現代から過去へ、あるいは過去から現代へ。追憶によって時空を飛び越える感覚が良い。
2000.5.20 (Sat)
▲ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(1929-40)

★★★
Мастер и Маргарита / Михаид А. Будгаков
水野忠夫 訳 / 群像社 / 2000.3
ISBN 4-905-82147-9 【Amazon】
ISBN 4-905-82148-7 【Amazon】
ISBN 4-873-02355-6 【Amazon】(郁朋社)
ISBN 978-4309709451 【Amazon】(池澤夏樹世界文学全集)
モスクワに現れたヴォランド教授と仲間たち。彼らは不思議な術で劇場の関係者らを翻弄する。一方、ピラトを主人公にした小説を書いた巨匠は、文壇から批判を浴びて以降、失踪して精神病院に入っていた。ヴォラント教授が、巨匠の恋人マルガリータに手を差しのべる。
ブルガーコフの集大成的作品。亡くなってから25年後の、1966年に発表されている。諷刺を得意とする作風らしく、生前は文壇の不当な批判に苦労したようだ。
ジャンルでいえば幻想小説になるだろうか。現代モスクワの悪魔的などんちゃん騒ぎに、2000年前のエルサレム──イエスの処刑に悩むピラトの物語が挿入される。ヴォランド教授というのが実は悪魔で、彼はピラトの時代と関わりがあった。邪魔者をヤルタまで瞬間移動させたり、魔術ショーで司会の首を切り落としたり、大量の紙幣をばらまいて偽札に変えたり、悪魔たちは派手に騒ぎを起こしている。文学者を次々といたぶっていくところは、まるで巨匠の怨念が具現化したかのよう。非現実的な混乱のなかで、巨匠とマルガリータは特権的な地位を手に入れる。
一方、ピラトの物語はかなりシリアス。真実と職務の狭間に揺れる、中間管理職の苦悩が描かれている。ユダヤ総督ピラトの前に引き立てられた、ナザレの哲人ヨシュア(イエス)。ピラトはヨシュアの無罪を信じていたのだけど、ユダヤ祭司の圧力に屈して死刑を命じている。聖人だったはずのヨシュアは実はフランクな兄ちゃんで、彼をつけ回しているマタイが、記録によって実像を歪めていた。さらに、ここではユダ暗殺の黒幕が意外な人物になっている……。さすが巨匠を自認するだけあって、聖書、あるいは歴史の解釈が面白い。
正直、悪魔たちのドタバタはあまり面白くなかったけれど、時空を越えた救済が果たされる展開には、大きなカタルシスが得られた。長いなー、だるいなー、とぼやきながらも、後半はつい引き込まれている。また、社会主義はトンデモネタの宝庫のようで、荒唐無稽な話のなかに、さりげなく諷刺が混じっていてぎょっとしてしまう(密告が奨励されていたり、外貨を所持していると逮捕されたり)。戦前のソ連でこんな小説が書かれていたとは思わなかった。