2000.6c / Pulp Literature

2000.6.22 (Thu)

アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』(1929)

毒入りチョコレート事件(98x140)

★★★★
The Poisoned Chocolates Case / Anthony Berkeley
高橋泰邦 訳 / 創元推理文庫 / 1971.10
ISBN 4-488-12301-5 【Amazon
ISBN 978-4488123055 【Amazon】(新版)

実業家の妻が毒入りチョコレートを食べて死亡した。ロジャー・シェリンガムが会長を務める「犯罪研究会」の面々が、順番を決めてそれぞれの推理を披露する。

黄金期に燦然と輝く古典の中の古典。1つの事件から複数の解釈を引き出す筋立ては、後世の様々な作品に受け継がれている。私は厳密なロジックというのに興味がないため、本作の推理合戦も十分に楽しめたとは言い難いのだけど、それでも最後になって各論を数珠繋ぎにする手並みに感心する。論駁された全ての推理が少しずつ当たっているのだ。証言を覆したり新事実をくわえたり、謎というのは作者の匙加減でいくらでも解釈ができる──本作はそういう皮肉な立場をとりながらも、小説としてのエレガントな構造を達成している。批評を批評で終わらせないところが良いと思う。

それにしても、やはり探偵と犯人は共犯関係にあるんだな。名探偵の推理は、犯人が認めない限り確定しない。推理はしょせん推理であり、いくらでも覆される余地がある。確定させるには、作中で何らかの保証が必要だ。事件の一番の証人は犯人だから、彼(彼女)に自白させるのが手っ取り早い。この小説でも、最後はある人物が思わせぶりな行動をとることで、名探偵(チタウィック氏)の推理にお墨付きを与えている。何だかご都合主義に見えなくもないけれど、たぶんミステリってそういうものなのだろう。最近読んだ『トレント最後の事件』も、犯人が名乗り出ることで解決していた。この小説は、ジャンルの構造を明らかにしていて面白い。

2000.6.25 (Sun)

A・J・クィネル『トレイル・オブ・ティアズ』(1999)

トレイル・オブ・ティアズ(112x160)

★★★
The Trail of Tears / A. J. Quinnell
大熊栄 訳 / 集英社 / 2000.5
ISBN 4-08-773327-0 【Amazon

凄腕の脳外科医が政府の秘密機関(NAHR)に拉致された。市警の女性警部補が捜査する。一方、女性上院議員がNAHRの長に対し、クローン技術悪用の疑惑を持った。2つの線が1つの目標に近づいていく。

覆面作家だった著者が、本作の発表を機に正体を明かしている。まさに新境地といったところだけど、蓋を開けたら何とも微妙な内容だった。クローン技術というトレンドな話題を扱っているのに、それを敢えて棚上げにして、軽い冒険小説に仕上げている。まあ、別に方向性は悪くないのだけど、何か話が破綻してるんだよね。たとえば、チェロッキー族の青年はどうやってNAHRのことを知ったのか? とか。そもそも悪役はクローン人間で何をするつもりだったのか? とか。肝心な部分に穴が空いているのが気になる。

2000.6.27 (Tue)

レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』(1940)

さらば愛しき女よ(114x160)

★★★★
Farewell, My Lovely / Raymond Chandler
清水俊二 訳 / ハヤカワ文庫 / 1976.4
ISBN 4-15-070452-X 【Amazon

刑務所から出てきたばかりの大鹿マロイが、ヴェルマという女を探しに酒場を訪れる。しかしその行方が分からないうえ、彼ははずみで人を殺して姿を消してしまった。現場に居合わせたフィリップ・マーロウが、マロイとヴェルマを捜索する。

先に『長いお別れ』【Amazon】を読んでいたので、2つの事件の繋がりや、人物誤認トリックなど、構造的な部分に既視感があった。マーロウが権力者とサシで渡り合うところも似ている。でも、この小説のプロットはすべて悪女を引き立たせるためにあるから、そもそも見所が違うのだろう。はじめは存在自体が見えなかったのに、ひとたび真相に迫ることで、強烈な<悪>が飛び出している。それはあたかもパンドラの箱のよう。開けてはならないものを開けて、関わる人すべてが大やけどを負っている。もうね、奴のエゴは異常だよ。人格障害レベルと言っていい。クライマックスは竜巻のように荒れ狂っている。

>>Author - レイモンド・チャンドラー

2000.6.30 (Fri)

鮎川哲也『積木の塔』(1966)

★★
青樹社 / 1999.4
ISBN 4-7913-1147-7 【Amazon

喫茶店でセールスマンが毒殺された。鬼貫警部が捜査する。

無関係と思われた複数の事件が1つの場所に収斂するのは良いのだけど、『砂の器』【Amazon】ばりの無茶な偶然は何とかならないものか。細かいネタ(*1)が光っているだけに残念。

*1: イヤリングの扱いとか、乗車券のトリックとか、犯人の狡猾さとか。