2000.7b / Pulp Literature

2000.7.11 (Tue)

横溝正史『八つ墓村』(1951)

八つ墓村(114x160)

★★★★
角川文庫 / 1971.4
ISBN 4-04-130401-6 【Amazon

金田一耕助シリーズ。東京でしがないサラリーマンをしていた青年が、鳥取と岡山の県境にある八つ墓村に、名家の跡取りとして迎えられる。その村には落ち武者をめぐる伝説と、発狂した男の虐殺事件が陰を落としていた。青年の逗留を機に、村で連続殺人事件が起きる。

地方の土俗的・猟奇的な雰囲気が素晴らしかった。戦国時代にまで遡るフォークロアの魅力が詰まっている。初読のときはこの手のどろどろした面白さが分からなかったけれど、今回は一転して怪奇ロマンの魅力に取り憑かれてしまった。田舎者の迷信深さに、閉鎖的な人間関係、さらに過去の悲惨な事件が、現代で噴出した見立て殺人を盛り上げる。村人からすれば、青年はキチガイの血をひいた災厄そのものであり、彼を排除しない限り心の平安は訪れない。恐怖が高じてからは理性が吹っ飛び、本能の赴くままに殺意を向けてくる。田舎ならではの野蛮なシチュエーションがたまらなく良いと思う。

事件の陰惨さに対して、犯人の動機が無駄に美しいところも好ましい。怨恨や欲得ならまだしも、そんな理由で人を殺すか? みたいな感じでのけぞってしまう。利益と犠牲の甚大なるギャップ。自分たちさえ幸せなら、無関係な村人たちなど虫けらのように殺すことができる。この罪悪感の欠落っぷりに、ミステリの神髄を見たのだった。

2000.7.13 (Thu)

村上春樹『アンダーグラウンド』(1997)

アンダーグラウンド(113x160)

★★★★
講談社文庫 / 1999.2
ISBN 4-06-263997-1 【Amazon

地下鉄サリン事件を題材にしたノンフィクション。著者が被害者62人にインタビューし、それぞれの個人的背景を跡づける。時期は1996年1月から12月まで。

ボリューム満点の労作。個々のインタビューでは、小説家とは思えないほど自分を抑えている。

鉄道の路線ごとに被害者がまとめてあって、POVの面白さがあった。彼らは職業も立場も様々だし、被害の程度も物の感じ方もそれぞれ違う。共通するのは特定の時間と場所であり、1つの事件が多角的に語られることで、その深刻さが露わになっている。<顔のない被害者>に人間性を取り戻す試みは、事件の実相を映すうえで大いに有効だったということだろう。現場の様子が生々しく伝わってくる。

私自身は事件の被害者にさして関心はなかったし、この態度は今後も変わらないだろう。結局は遠い場所で起きた他人事に過ぎないわけで、間違っても故人のために冥福を祈ることはない(まあ、死後の世界があるとは思ってないからだけど)。今でも興味があるのは加害者についてだけだ。けれども、本書を読んでいる最中は被害者の物語に没入し、少しばかり心のなかが揺らいだのだった。わずかな時間とはいえ、この体験はなかなか貴重だったと思う。

>>『約束された場所で』

>>Author - 村上春樹

2000.7.15 (Sat)

石田衣良『少年計数機』(2000)

少年計数機(109x160)

★★★★
文藝春秋 / 2000.6
ISBN 4-16-319280-8 【Amazon
ISBN 4-16-717406-5 【Amazon】(文庫)

短編集。「妖精の庭」、「少年計数機」、「銀十字」、「水のなかの目」の4編。

『池袋ウエストゲートパーク』【Amazon】の続編。「妖精の庭」は表現が懲りすぎでスピード感に乏しい。「少年計数機」は水準作。「銀十字」はオチの持っていき方が素晴らしい。「水のなかの目」はハードな展開を見せるものの、同じ系統である「エキサイトダブルボーイ」(『池袋ウエストゲートパーク』所収)ほどの迫力がない。個人的には、「サンシャイン通り内戦」(『池袋ウエストゲートパーク』所収)のようなお祭り作品とまではいかなくても、何か全体の目玉になる大掛かりな短編が欲しかった。いや、これはこれで持ち味をじゅうぶん発揮しているのだけど。

2000.7.19 (Wed)

キーワード・クラシック編集部『クラシックの快楽 キーワード事典』(1988)

★★★
洋泉社 / 1988.6
ISBN 4-896-91043-5 【Amazon

複数のライターが執筆に参加したクラシック音楽入門書。

適当に拾い読みした。本書はコンテンポラリーな入門書を目指したものらしい。そのせいか、当時流行していたであろう人物・団体が優先的に取り上げられている。ソリストだと、スタニスラフ・ブーニンやジェシー・ノーマン。楽団だと、諸々の弦楽四重奏団(室内楽ブーム?)。指揮者の項目で最初に紹介されているのは、レナード・バーンスタイン。

面白かったのは、高橋順一によるワーグナーの項目。ここではワーグナーの表現世界である「神話」が、現代のオーディオ・ビジュアルやSFアニメーションの世界と似通っていることを指摘している。そして、その2項が現代の「神話」になっていると主張する。80年代の本だから、念頭にあるのはガンダムシリーズだろうか。確かにあの愛憎劇は「神話」を元にしている。

他に印象的だったのは、渡辺和彦によるカラヤンの項目。ここでは従来のカラヤン批判を一面的と斬り捨て、カラヤン批判には現象面・音楽面も含めた総合的なアプローチが必要だと説く。つまり、現象と音楽を分離させた、ガスクロマトグラフィ的な批判は通用しないらしい。現段階ではカラヤン批判の実態を知らないので何とも言えないけれど、傾聴に値する意見だと思うのでメモしておく。