2000.8a / Pulp Literature

2000.8.1 (Tue)

柴田元幸『アメリカ文学のレッスン』(2000)

アメリカ文学のレッスン(97x160)

★★★
講談社現代新書 / 2000.5
ISBN 4-06-149501-1 【Amazon

特定のキーワードを章題に掲げ、それに関連するアメリカ文学を複数紹介していく。「名前」、「食べる」、「幽霊の正体」、「破滅」、「建てる」、「組織」、「愛の伝達」、「勤労」、「親子」、「ラジオ」の全10項目。

俗に「幽霊の正体見たり 枯れ尾花」というが、アメリカ文学の場合「幽霊の正体見たり 自分自身」が一般的法則ではなかろうか。そういう言い方が乱暴すぎるなら、アメリカ文学に出てくる幽霊や悪魔はしばしばそれを見る人の分身である、と言っていい。(p.40)

アメリカ文学で「破滅」が描かれるとき特徴的なのは、それがしばしば「アメリカの夢の裏切り」という色合いを帯びることだろう。(p.56)

アメリカ文学において、父と息子の物語とは基本的に、息子が父の圧制を乗り越える(あるいは乗り越えそこなう)話か、息子が父から叡智を伝授される話である。(p.136)

アメリカ文学の特徴をざっくり一般化していて面白かった。研究者にとっては当たり前でも、門外漢にとっては新鮮な知見が多く、何となく物知りになったような気分になる。

それにしても、こういう本を読むと読書欲を刺激されるから困る。『白鯨』はおろか、『ハックルベリイ・フィンの冒険』、『ねじの回転』、『北回帰線』など、その筋の基本文献はほとんど未読だし。「人生は短い」と言うから、早めに手をつけたほうが良いのかも。

2000.8.6 (Sun)

森博嗣『女王の百年密室』(2000)

女王の百年密室(109x160)

★★
幻冬舎 / 2000.7
ISBN 4-344-00009-9 【Amazon
ISBN 4-10-139432-6 【Amazon】(文庫)

2113年。ミチルとロイディが、都会から隔絶された小さな王国に辿りつく。その国は貧富の差がなく、さらに警察を必要としない一種のユートピアだった。そこで殺人事件が起きる。

ミステリ色の薄い哲学的小説。神とか死生観とか楽園とか人間のあり方とか、深遠なトピックを意味ありげに散りばめている。

不思議ちゃんな雰囲気は悪くないのだけど、独特の気取った言い回しと寒いユーモアが辛かった。『すべてがFになる』【Amazon】で新鮮だった理科系のレトリックは、今となっては大きく外しているし、たまに出てくる詩的な表現も、ナルシシズムが鼻について相当な忍耐を強いられる。どうも最近の著作は生理的に駄目なんだよなあ。そろそろ森博嗣から卒業すべきかもしれない。

2000.8.8 (Tue)

黒木昭雄『警察はなぜ堕落したのか』(2000)

警察はなぜ堕落したのか(110x160)

★★★
草思社 / 2000.7
ISBN 4-7942-0989-4 【Amazon

元警察官による内部告発本。第1部で具体的な不祥事を挙げ、第2部で組織の問題点を告発、最後に処方箋を述べている。

第1部で挙げられた事件は以下の通り。

  • 「栃木リンチ殺人事件」
  • 「桶川ストーカー殺人事件」
  • 「京都小学生殺人事件」
  • 「バスジャック事件」
  • 「名古屋五千万円恐喝事件」
  • 「長野警察官拳銃使用事件」

こうして並べてみると、いかに警察の不祥事が多いのかに驚く。閉鎖的な集団だから腐敗しているんだな。

第2部では自分が警察を辞めた経緯を皮切りに、キャリア制度や洗脳教育、所轄の縄張り意識など、構造的な問題を斬り捨てている。内部情報だけあって色々と興味深いのだけど、基本的に著者の私怨を通して書かれているので、鵜呑みにして良いのか判断に困ってしまう。もっと冷静に書いたほうが説得力が増したのではなかろうか。せっかくの素材が勿体ない。

2000.8.10 (Thu)

アイラ・レヴィン『死の接吻』(1953)

死の接吻(100x140)

★★★★
A Kiss Before Dying / Ira Levin
中田耕治 訳 / ハヤカワ文庫 / 2000.?
ISBN 4-15-071151-8 【Amazon

復員して大学に入った青年は野心に燃えていた。彼は金持ちの娘ドロシイと交際するも、うっかり相手を孕ませてしまう。金持ちの報復を恐れた青年は、自殺に見せかけてドロシイを殺害。完全犯罪に思われたが、ドロシイの姉が調査に乗り出してくる。

目的のためには手段を選ばない、非情な犯人像が強烈だった。太平洋戦争に従軍した青年は、日本兵を射殺した過去を引きずっている。彼にとって忌まわしいこの<記憶>は、勝ち組と負け組を分ける決定的なシーンだ。と同時に、無抵抗の人間を殺す残酷さも象徴している。この小説はトリッキーな構成によって、サスペンスとサプライズを醸成しているのだけど、とりわけ素晴らしいのが<記憶>の使い方だろう。過去の情景を現在の一コマ──それもかなり印象的な──に重ねることで、青年の業を浮き彫りにしている。

誤解を恐れずに言えば、この小説はミステリとは思えないほど「人間が描けている」のだ。青年の心はまるで底なしの井戸のように真っ暗で、読む者を困惑させてやまない。冷徹な実行力と頑なな妄執が、これ以上ない迫真の筆致で示されている。本作は、たとえば『リプリー』【Amazon】なんかよりも圧倒的にスリリングだと思う。