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2000.8.13 (Sun)
▲アーネスト・ヘミングウェイ『日はまた昇る』(1926)

★★★
The Sun Also Rises / Ernest Hemingway
大久保康雄 訳 / 新潮文庫 / 2000.?
ISBN 4-10-210005-9 【Amazon】
ISBN 4-10-210013-X 【Amazon】(新訳)
ヨーロッパのボヘミアンたちがパンプローナの祭りを見に行く。メンバーは、インポ、淫乱、アル中、ヘタレボクサーの4人。彼らは闘牛士と出会うのだった。
いわゆる「失われた世代」の生態が描かれた小説。出版後直ちにベストセラーになり、登場人物の言動を模倣する若者が続出したという。これは石原慎太郎の『太陽の季節』が「太陽族」を生んだみたいなものか。小説が影響力を持っていた古き良き時代。きっと今とは世界の成り立ちが違っていたのだろう。何ともはや隔世の感がある。
闘牛士がやたら輝いているのは「死」と直接向き合っているからで、この辺にヘミングウェイっぽさを感じさせる。ヘタレ男のボクシングでぼこぼこにされても気持ちが萎えない闘牛士は、現実にいそうもない理想の男像だ。その理想の男と比較されることによって、ボヘミアンたちの卑近さが浮き彫りになる。
2000.8.16 (Wed)
▼ジョン・ディクスン・カー『夜歩く』(1930)

★★
It's Walks by Night / John Dickson Carr
井上一夫 訳 / 創元推理文庫 / 1976.7
ISBN 4-488-11814-3 【Amazon】
バンコラン警部もの。新婚初夜の公爵が密室で殺害される。
事件の根幹をなす変装トリックに無理があって拍子抜けした。ホームズやルパンのような冒険活劇ならともかく、本格推理でこれを使うのはどうかと思う。普通、バレるだろうにねえ。
ただ、この小説はトリック云々よりも、ラストで明かされる犯人の情念に力点が置かれており、そういう観点からすればまずまずだった。人間の業の虚しさが、大団円まで描かない中途半端な幕引きによって示されている。
2000.8.18 (Fri)
▽カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』(1969)

★★★★
Slaughterhouse-Five / Kurt Vonnegut, Jr.
伊藤典夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 1978.12
ISBN 4-15-010302-X 【Amazon】
実業家のビリー・ピルグリムが、時間旅行者となって自分の人生をランダムに経験する。第二次大戦への従軍。屠畜場での捕虜生活。検眼医としての成功。トラルファマドール星での幽閉生活。そして、連合軍によるドレスデン爆撃。ビリーは自分がどのように死ぬのかも知っていた。
アメリカ人はイエス・キリストが好きすぎる。というのも、ビリー・ピルグリムはイエス・キリストの隠喩として描かれていて、その特異な体験によって悟りを開き、メディアを通じて布教活動まで行っている(そして、彼は講演会場で暗殺される)。過去・現在・未来を無限に生きる体質。あらゆる瞬間を均等に見る者にとって、死とは一時的な断片にすぎない。その瞬間では死んでいても、ほかの多くの瞬間では生きている。だから死とは悲しむべきものではない。現にビリーを誘拐した宇宙人は、宇宙の最後を体験しながらもなお幸福を見定めている。
この小説では死に言及したとき、必ず「そういうものだ(So it Goes)」という一言が添えられる。戦場で兵士が死んだ。そういうものだ。ユダヤ人の死体から石鹸が作られている。そういうものだ。妻が事故死した。そういうものだ。爆撃で大量に人が死んだ。そういうものだ。それはあたかも祈りの言葉のように、死の悲惨さを和らげている。
要するに、ここで示されているのは人類を慰める普遍的な宗教なのだろう。ありとあらゆる瞬間に訪れる理不尽な死。ドレスデン爆撃という「言葉にならない体験」を振り返ったとき、もっとも効果的な表現方法は、絶望を諦観にまで昇華することだった。さらに、その諦観を人類の営み全体にまで敷衍することだった。だから宇宙という巨視的な視野を持ち込み、SF仕立てで「死」を相対化したのである。
我々の体験すること、すべては「そういうものだ」。この悟りきった人生観はSFでしか表現できないと思う。
