2000.10b / Pulp Literature

2000.10.15 (Sun)

アガサ・クリスティ『書斎の死体』(1941,42)

★★★
The Body in the Library / Agatha Christie
高橋豊 訳 / ハヤカワ文庫 / 1976.12
ISBN 4-15-070016-8 【Amazon

ミス・マープルもの。書斎で女の死体を発見。死因は絞殺だった。

ご存知、イギリス田園ミステリ。牧歌的な田舎の肖像というよりは、保守的な田舎の醜悪さを浮き彫りにしている。村人の澱のように溜まったマイノリティへの悪意、ミス・マープルの袈裟斬り的人物評など、田舎の窮屈さが生々しく描写されている。

ミス・マープルの人物評の特徴は、対象を村の卑近な例に置き換えて類型化していくところにある。言ってみれば、人生経験を土台にした「お婆ちゃんの知恵」であり、これはプロファイリングのミクロ版である。しかし、プロファイリングには膨大なデータベースという裏付けがあるけれど、ミス・マープルの場合は、村という限定された空間にしか裏付けがない。そのため、彼女の人物評は小説内では絶対に正しいと判断されても、読み手からすれば牽強付会に映ることになる。この人物評は、「個性」であると同時に「弱点」でもあると思う。

2000.10.19 (Thu)

ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』(1961)

(109x160)

★★★★
Catch-22 / Joseph Heller
飛田茂雄 訳 / ハヤカワ文庫 / 1977.3
ISBN 4-15-040133-0 【Amazon
ISBN 4-15-040134-9 【Amazon

第2次大戦末期のイタリア、ピアノーサ島。アメリカ空軍部隊に所属するヨッサリアン大尉は、隊に蔓延する不条理な狂気に怯えていた。除隊を目指して出撃を重ねるも、ノルマはどんどん増やされていく。隊の論理は、存在しない軍規キャッチ=22に支えられていた。

「あいつが従軍牧師でなかったら」とドリードル将軍はつぶやいた。「外に連れ出して銃殺させるのだが」
「彼は従軍牧師ではありません、閣下」とキャスカート大佐は助言した。
「ないって。従軍牧師でないのなら、なんだってあいつは襟に十字記章をつけとるんだ」
「襟に十字架などつけておりません、閣下。彼がつけているのは銀葉章であります。中佐でありますから」
「おまえのところには中佐の従軍牧師がおるのか」とドリードル将軍が驚いてたずねた。
「いえ、とんでもありません。わたくしの従軍牧師はただの大尉であります」
「ただの大尉が、いったいなんだって襟に銀葉章をつけとるんだ」
「彼は襟に銀葉章などつけておりません、閣下。彼がつけているのは十字記章であります」(下 p.82)

不条理コメディ風の戦争小説。論理の袋小路を追求することで、軍隊に内在する抑圧、ひいては組織の欺瞞を諷刺している。キャッチ=22とは、兵隊たちを服従させるための大いなるジレンマだ。と同時に、小説全体を覆うパラドキシカルな状況を象徴している。

この世界では会話はほとんどかみ合うことがない。理性的な主張がいっさい通用せず、それぞれ自分にとって都合の良い、常識外れな理屈をねじ込んでいる。誰も彼もがトチ狂っている世界。誰も彼もが他人をキチガイ呼ばわりする世界。この世界において正気の者は為す術がなく、いくらあがいても奇怪な論理に搦め取られてしまう。

登場人物が個性的で面白い。メイジャー少佐は何かの嫌がらせのように新兵から少佐に昇進。検閲の仕事では、他人の手紙に「ワシントン・アーヴィング」と署名している。タップマン従軍牧師は数少ない正気の人物。上層部に兵士の苦境を訴えるも、無茶な告発によって署名偽造の濡れ衣を着せられている。食堂係のマイローは実はシンジゲートの責任者。企業活動によって経済的に隊を支配している。といっても、その活動はまっとうではない。時には敵と取り引きし、無防備な味方を爆撃して巨利を得ている。他にも一筋縄ではいかない奇妙な人物が目白押し。彼らのずれた言動には黒い笑いが滲んでいる。

時系列がバラバラなところは、最近読んだ『スローターハウス5』を思い出す。あの小説は時間をランダムにジャンプすることで、延々と循環する時間のあり様を表現していた。それに対して本作はどうだろう。時系列をシャッフルしつつ、出撃回数を時間の目安にすることで、終わりそうで終わらない、戦争の不毛さを写し取っていると思う。退役するには上層部が設定した責任出撃回数をこなすしかない。しかし、その回数は無尽蔵に増やされていく。いくら出撃しても追いつかないし、よしんば追いついたとしてもすぐさま無効になってしまう。と、そんな理不尽な状況が、時間を輪切りにして提示されているわけだ。

本作は戦争の不条理を黒い笑いで包んだ怪作であり、惨禍と隣り合わせにあるからこそ切実さが宿っている。戦争文学の金字塔と言われるのもよく分かるなと思った。