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- 12 : 夏目漱石『草枕』(1906)
- 16 : ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』(1926)
2000.11.12 (Sun)
▲夏目漱石『草枕』(1906)

★★★
新潮文庫 / 1968.3
ISBN 4-10-101009-9 【Amazon】
旅の画工が山奥の温泉場で低回趣味な時を過ごす。坊さんの話を聞いたり、美女と親しくなったり。
漢語的な語彙を駆使したえらい読みづらい小説。当時流行っていた自然主義文学に対抗して書かれたものだという。グレン・グールドが愛読していたことで有名だけど、英語だと簡単に読めたりするのだろうか。ともあれ、漱石先生は短い創作人生のなかで色々な技を試していて面白いと思った。
余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好だ。別段食いたくはないが、あの肌合が滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた煉上げ方は、青磁のなかから今生れた様につやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる。西洋の菓子で、これ程快感を与えるものは一つもない。(p.45)
この文章は羊羹を魅力的に写し取っといて、語り手の偏愛ぶりがひしひしと伝わってくる。映像では到底表現することのできない、散文ならではの細かい綾が素晴らしい。
トリストラム、シャンデーと云う書物のなかに、この書物ほど神の御覚召に叶うた書き方はないとある。最初の一句はともかくも自力で綴る。あとはひたすらに神を念じて、筆の動くに任せる。何をかくか自分には無論見当が付かぬ。かく者は自己であるが、かく事は神の事である。従って責任は著者にはないそうだ。余が散歩もまたこの流儀を汲んだ、無責任の散歩である。只神を頼まぬだけが一層の無責任である。スターンは自分の責任を免れると同時にこれを在天の神に嫁した。引き受けてくれる神を持たぬ余は遂にこれを泥溝の中に棄てた。(p.112)
西洋の流儀と東洋の教養が幸福な結婚を果たした!
余は画工である。画工であればこそ趣味専門の男として、たとい人情世界に堕在するも、東西両隣りの没風流漢よりも高尚である。社会の一員として優に他を教育すべき地位に立っている。詩なきもの、画なきもの、芸術のたしなみなきものよりは、美しき所作が出来る。人情世界にあって、美しき所作は正である、義である、直である。正と義と直を行為の上に於いて示すものは天下の公民の模範である。(p.128)
昔のインテリはトップランナーとしての自負を何の衒いもなく抱いていたのだな。今こんなことを言ったら、上京してきたばかりの大学生だと思われて周りからバカにされるだろう。つまり、それだけ現在は芸術(およびそれに寄生するインテリ)の地位が低下しているってことなのだ。もちろん、当時と比べてインテリと庶民の差が縮まっている点も見逃せない。
2000.11.16 (Thu)
▼ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』(1926)

★★
The Benson Murder Case / S. S. Van Dine
井上勇 訳 / 創元推理文庫 / 1959.5
ISBN 4-488-10301-4 【Amazon】
ウォール街の株式仲買人アルヴィン・ベンスンが、自宅アパートの居間で何者かに射殺された。ディレッタントのファイロ・ヴァンスが捜査に協力する。
アメリカミステリ界で一大旋風を巻き起こしたヴァン・ダインのデビュー作。この著者の本は随分前に『カナリヤ殺人事件』【Amazon】と『僧正殺人事件』【Amazon】を読んだきりだった。
まあ、ペダンチックな雰囲気もさることながら、昔の小説らしい注釈を用いた演出が面白かったかな。実話的な色彩を強めるために、語り手によるもっともらしい注釈がついている。話自体は誰が犯人でも成立しそうであまり興味が持てなかったけれど、世界観の形成という意味で色々参考になる小説ではあった。