2000.11c / Pulp Literature

2000.11.22 (Wed)

カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』(1934)

白い僧院の殺人(118x160)

★★★
The White Priory Murders / Carter Dickson
厚木淳 訳 / 創元推理文庫 / 1977.10
ISBN 4-488-11903-4 【Amazon

「白い僧院」の別館で女優が殺された。建物の周りは雪に覆われ、足跡は発見者のものしかない。

H・M卿もの。江戸川乱歩が激賞したらしい。別館にマッチのもえさしが落ちていたり、女優に毒入りチョコレートが送られたり、犬が吠えていたり、容疑者が自殺未遂をしたり、色々な断片が用意されている。今回は意外にもこの組み立てがまともだったので驚いた。

おおまかな推理の流れは、対立する2つの仮説をH・M卿が潰し、その上に新たな仮説を構築するというもの。フーダニットについてはどうでもいいようなものだったけれど、密室の謎は周到に考えられていて興味深かった。パズルゲームみたいによくできている。

それにしても、犯人を特定するための手掛かりを、初読で気づく人なんているのだろうか。この枚数の多さは、伏線を埋没させるための物量作戦としか思えない。

2000.11.25 (Sat)

夏目漱石『それから』(1910)

それから(112x160)

★★★★
新潮文庫 / 2000
ISBN 4-10-101005-6 【Amazon

親の仕送りで暮らす無職の男が、経済難に陥った友人夫妻を助けることになる。その昔、男は友人の妻に惚れていたが、それを友人に譲って今に至るのだった。

『三四郎』に続く前期3部作の2作目。『三四郎』が大学時代の苦い恋物語だったのに対し、本作では三十路の高等遊民が不倫する様を描いている。友人の妻を奪う話ということで、あらすじだけ読むと昼メロのような趣があるけれど、ところがどっこい、これは不倫という背徳的な行為を通して本当の自由を獲得する(そして、途方もない代償を払う)、人生の転換点にダイヤルを合わせた話なのだ。

男は親から一軒家と毎月の生活費をもらって、読書三昧・芝居三昧の安定した日々を送っていた。不便なことといったらたまに結婚の催促が来るくらいで、主観的に見ても客観的に見ても暮らしにまったく不自由していなかった。ところが、今回友人夫妻と関わることで、この認識が揺るがされることになる。具体的には、親の裁量の範囲内でしか自我を通すことができない、すこぶる不自由な状況であったことに気づいてしまう。がんらい思索的だった彼はメリットとデメリットを勘案し、自問自答のすえにとある決心を固める。しかし、徒手空拳の身にとって現実は厳しく、かくも余韻のあるラストを迎えることになる。予想以上の絶望的な状況にあって、男は「それから」どうするのか。新聞小説らしい昼メロな内容と思わせて、随分と重たいテーマを突きつけてくるのだから凄いと思う。

公序良俗に配慮したのか、不倫の男女は性交はおろか接吻すら行わない。ただそれでも、精神を通わせる描写にはそこはかとないエロチシズムが漂っていて、たとえば男の家をはるばる訪ねた女が男のコップで鉢植えの水を飲むシーン(正確には伝聞情報で直接的な記述はない)は、とんでもなく艶めかしいと思う。下品な解釈になるけれど、これはフェラチオごっくんのメタファーなのだろう。つまり、女は愛する者の精液を飲み干していたのだ(!)。100年も前の小説なのに、こんな心理学的な手法を用いているなんて、さすが近代文学のボスという感じである。

>>Author - 夏目漱石

2000.11.29 (Wed)

星新一『おかしな先祖』(1972)

★★★
角川文庫 / 1985.8
ISBN 4-04-130310-9 【Amazon

短編集。「心残り」、「とんとん拍子」、「戸棚の男」、「四で割って」、「ほれられた男」、「オオカミそのほか」、「倒れていた二人」、「ふーん現象」、「所有者」、「おかしな先祖」の10編。

全体的に平凡でだれているような印象。ショートショートを読んだ後だとちょっと物足りない。

以下、各短編について。

「心残り」

死期の迫った三人の入院患者には心残りがあった。それを解消すべく改造手術を受ける。

いつの時代も男って奴はこんなものだ。★★。

「とんとん拍子」

神社で大凶のおみくじを引いた青年が不幸な目に遭う。それには人為的な仕掛けがあった。

大凶から大吉への変貌が爽快。大吉同士の衝突は勿体ないね。★★★。

「戸棚の男」

ビーナスと結婚した青年。戸棚の中から彼女の不倫相手が続々と湧いてくる。

アル中患者の妄想として出てくる「ピンクの象」は、星新一が考案した形象なんだろうか。★★★。

「四で割って」

ギャンブル好きの4人の男たちは、何でもかんでも4で割ってその結果を賭けに利用していた。

これはえらい陽気な話で面白かった。賭けの内容が荒唐無稽で笑えるし、バカは死んでも直らないという結末も良い。★★★。

「ほれられた男」

エフ博士が惚れ薬を開発する。

「掘られた男」かと思ってたら「惚れられた男」だった。平仮名は紛らわしいぜ。★★★。

「オオカミそのほか」

オオカミに噛まれた男が満月の夜にオオカミに変身する。その後、色々なのに噛まれて色々なのに変身する。

「オオカミ男」から一歩進めたアイディアが良かった。オチも上手い。★★★。

「倒れていた二人」

「倒れていた二人」に対して妄想と思しき様々な報道が錯綜する。それは博士が発明したイマジネーション・ガスが原因だった。

みんなめいめいに想像力を働かせて大混乱になる様子が面白い。大都会にばらまいたらどうなることやら。★★★。

「ふーん現象」

無気力・無関心の患者たちを治療すべく、医者が新聞・テレビを使って刺激的なニュースをでっちあげる。

いや、患者たちは、ばかとも思えない。会話なんか、まともなところが多い。これまでの観察から、ひとつの傾向がわかった。マスコミのパターンになれてしまっているという点です。たとえていえば、マスコミは、オオカミが来たとくりかえして叫ぶ少年です。それに巧みに適応し、精神の動揺を最小にたもっている。

殺人もテロも戦争も天災も、テレビに慣らされた大衆にとってはみんな予定調和の世界。ふーん、と受け流すのみだ。★★★。

「所有者」

ダイヤモンド争奪戦。

ダイヤモンドと世界征服薬の関わらせ方が上手かったかな。★★★。

「おかしな先祖」

アダムとイブが街に出没する。

タイムパラドックスが出てきてびっくりした。オチもなかなか捻ってある。★★★。

>>Author - 星新一