2001.2c / Pulp Literature

2001.2.22 (Thu)

井上靖『孔子』(1988)


新潮文庫 / 1995.12
ISBN 4-10-106336-2 【Amazon

孔子の死から33年後。研究会の面々が集まるなか、教団の末席に連なっていたエンキョウ老人(架空の弟子)が当時の様子を回想する。

これは遠藤周作の『イエスの生涯』【Amazon】みたいな試みだろうか。エンキョウという架空の人物の口を借りて、孔子の思想を独自に解釈している。つまり、遠藤がエッセイでやったことを著者はフィクションでやったわけで、相当な内的必然性のもとで書かれたのだと思われる。

ただ、そういった作品は得てして自己満足に陥りがちだし、まして老大家ともなると制止する人がいないからやりたい放題なのだろう。肝心の解釈は個人的なまとめの域に止まっているし、小説としてはひどく冗長で退屈。孔子研究会のディスカッションなんて無駄以外の何物でもなく、これは絶対エッセイでやるべきだったと思う。

あと、エンキョウ老人の孔子大好きオーラがしんどかった。あたし孔子さまが好きなんです! 子のやることなすこと全て肯定します! みたいな自己愛丸出しのスーパーポジティブな姿勢。しかも、たくさんいる研究会の面々もみな孔子の信者だから、その場は「崇拝」という名の同調圧力ムードが支配的になっている。何かもう、彼らの集まりってある種の競い合いなんだよね。いかにして孔子さまを大きく見せるかみたいな。こういう批評性のないショーヴィニズムにはさすがにうんざりしてしまう。

2001.2.27 (Tue)

大鵬幸喜『巨人、大鵬、卵焼き』(2001)

巨人、大鵬、卵焼き−私の履歴書(95x140)

★★★
日本経済新聞社 / 2001.2
ISBN 4-532-16377-3 【Amazon

第48代横綱・大鵬の自叙伝。戦後大陸から引き揚げてきた納谷少年(大鵬)は、北海道での生活を経て相撲部屋に入門する。

「私の履歴書」という日経新聞の企画もののせいか、経団連のお偉方が喜びそうな説教臭い内容だった。話の流れを断ち切るようなことまでして、今の若者や世相について苦言を呈している。

苦労人というのは得てして自分の苦労が正しいものだと認識しているから、他人が同じ目に遭わないとそれに不満をおぼえるものである。俺は苦労しているのにあいつは苦労していない、そんな不公平なことあるか、と心の中で怨嗟の声をあげている。かくして、苦労した(と自認する)老人たちは、「若者を鍛える」と称して兵役の復活を唱えるようになるわけだ。自分たちは徴兵されないことをいいことに、他人に余計な苦労を押しつけようというのである。この理不尽な心情は、あたかも庶民がブルジョワに対して抱く憎悪のようなものであり、そうした負の平等主義に拠って彼らは世の中を変えたがっている。よく「若いときの苦労は買ってでもしろ」と言うけれど、その言葉を作ったのは売り手側の人間なのだから鵜呑みにしてはいけない。その裏には他者への歪んだ規範意識が渦巻いている。

……話が脱線した。本書は自伝としては非常に興味深い内容で、産まれてから現在までの人生を誠実に語っている。著者は優勝32回(史上1位の記録)を誇る不朽の大横綱、いわば日本人にとって雲の上の存在だから、バイオグラフィーを適当に並べてお茶を濁すのかと思っていた。相撲の神様というセルフイメージを守るため、表層的な綺麗事でぐるぐる巻きにするのかと思っていた。ところが、意外とその時々の心情を赤裸々に綴っていて驚く。親方からアル中を注意されたことや、奥さんへ暴力を振るったことなど、負の言動まで正直に晒していて、著者は本気なのだなということが伝わってくる。こうなると、頻繁に挟み込まれる若者への説教も、彼の誠実さの表れのように思えてくる。

大鵬はウエイトトレーニングを一切せず、もっぱら四股・鉄砲(*1)で筋肉を鍛えたという。だから、相撲に適した柔い体を作り上げることができたのだ。なるほど、最近の力士に怪我が多いのは、てっきり体重の増加が原因だと思っていたけれど、実はトレーニングの質にも問題があるのかもしれない。きっと過度なウエイトトレーニングで体が固くなっているのだろう。四股、鉄砲、すり足、股割り。相撲の稽古は原始的に見えてすこぶる理に適っているようだ。

*1: 何と1日のノルマが四股500回、鉄砲2000回。