2001.3a / Pulp Literature

2001.3.2 (Fri)

ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』(1995)

白の闇(109x160)

★★★
Ensaio Sobre a Cegueira / Jose Saramago
雨沢泰 訳 / NHK出版 / 2001.2
ISBN 4-14-005362-3 【Amazon
ISBN 978-4140055434 【Amazon】(新装版)

ある日突然、視界が真っ白になる謎の病気が発生した。伝染病と判明したため、感染者たちは政府によって病院に隔離される。

著者はポルトガルの作家で、1998年にノーベル文学賞を受賞した。

登場人物に名前がなかったり、会話文と地の文が一緒だったり、キリスト教ネタが仕込まれてあったり……、などが特徴の寓話。精神病院に隔離された人たちの中で1人だけ失明していない人(医者の妻)がいて、その人が盲目の羊たちを導いていく。失明した者たちの欲望と糞尿にまみれた地獄のような世界で、唯一目の見える人がどう立ち回っていくのか? それが本作の関心事になっている。

が、どうも本作の惹句である、

  • 極限状態で動物化した人間の生態
  • 『蝿の王』のような皮肉的寓話

などが、今更の感があってピンとこなかった。20世紀も終わりだというのに未だに宗教寓話なのかよ、みたいな。これを書くのは非常に勇気のいることだけど、実は本作よりも『バトルロワイヤル』【Amazon】のほうが、優れた現代の寓話ではないだろうか。

2001.3.5 (Mon)

ヒラリー・ウォー『事件当夜は雨』(1961)

事件当夜は雨(112x160)

★★★★
That Night it Rained / Hillary Waugh
吉田誠一 訳 / 創元推理文庫 / 2000.5
ISBN 4-488-15203-1 【Amazon

フェローズ署長シリーズ3作目。果樹園を経営する男が何者かに射殺される。犯行に使われた凶器がダムダム弾であったことから、明確な殺意があったことを推理。近隣住民のアリバイを洗っていく。

仮説と検証による試行錯誤を繰り返し、地道な捜査を重ねて真相を究明する。動機なき事件で捜査が難航するのだけど、この小説は謎の設定が上手い。物証もなければ犯人に心当たりもない、まさに暗中模索といった感じの掴みどころのなさで、迷宮入りの可能性が濃厚となる。そして、困難な状況が故に事件解決のロジックに期待が高まり、読者としても作品世界に否応なく惹きつけられる。個人的に初期のモース主任警部シリーズ(『ウッドストック行き最終バス』【Amazon】、『キドリントンから消えた娘』【Amazon】)が好きなので、本作にも大いにはまったのだった。

捜査以上に面白いのが容疑者を逮捕してからだ。犯人確定の物証が都合良すぎて興醒めのきらいがあるものの、新たに持ち上がった謎の魅力と、犯人の欺瞞を突き崩す仮説の構築が刺激的。この小説は、サスペンスの面白さと本格ものの醍醐味を併せ持っている。

2001.3.6 (Tue)

琴乃富士宗義『ちゃんこ番』(1993)

★★★★
飛鳥新社 / 1993.8
ISBN 4-87031-142-9 【Amazon

元関取・琴乃富士の自叙伝。昭和49年(1974年)に入幕し、57年(1982年)に引退している。

今、世の中は大変な相撲ブームで、若い人気力士が派手に騒がれたりしていますが、私のように目立たない相撲取りも、実はみんなそういう誇りを抱いて相撲を取ったり、引退したあと生活を送ったりしているのです。そのことを、娘をはじめ、一人でも多くの人に伝えられたら、と思って作ったのがこの本です。(p.188)

これは良かった。あいにく著者のことはまったく知らなかったのだけど、本書は力士の生活や心情がユーモラスな筆致で綴ってあって親しみやすい。特に関取に上がる前、つまり取り的時代のエピソードが豊富で読ませる。というのも、角界みたいに身分制度ががっちり決まっていると、必然的に下っ端は様々な雑用をこなすわけで、本書はそういう一般社会では味わえない体験をしっかり拾っているのだ。着物の畳み方や巡業の準備、同期生との切磋琢磨など、下積み時代の細やかな記述が面白い。北海道の少年が相撲部屋に入門して得難い生活を送る。この自伝は等身大の体験記として幅広い層にお勧めできる。

上京してクワガタの多さに感心していたらそれが……という話と、土俵入りのときに玉輝山がずっこけて笑いをかみ殺した話がツボにはまった。奥さんが描いた挿絵も良い雰囲気である。

2001.3.8 (Thu)

ロジェ・グルニエ『六月の長い一日』(2000)

六月の長い一日(108x160)

★★
Le Veilleur / Roger Grenier
山田聡 訳 / みすず書房 / 2001.2
ISBN 4-622-04801-9 【Amazon

ブルジョワ男性が挫折していくさまを、彼の友人だった2人の男女の回想で描く。

著者の自伝的小説。人生を振り返って感慨に老けるような感じだろうか。夢の先には幻滅があるみたいな説教臭い話が展開する。シチュエーション的に仕方がないのかもしれないけれど、語り手の話が散漫で読みづらかった。それと、聞き手の老婆がひたすら茶々を入れるのも鬱陶しい。

2001.3.10 (Sat)

陳舜臣『中国の歴史 (1)』(1986)

中国の歴史〈1〉(105x140)

★★★★
講談社文庫 / 1990.10
ISBN 4-06-184782-1 【Amazon

中国史を独自の切り口で語った解説本。この巻では、神話の時代から春秋時代の呉の滅亡までを扱っている。

中国熱が高まってきたので再読した。このシリーズは、平易な語り口で細かい部分までフォローした良質の入門書。文庫本で全7巻ある。第1巻の本書では、三皇五帝や仰韶文化など、神話の時代から歴史を説き起こしている。

神話というのは時系列が古いほうに物語が継ぎ足されていくとか、殷の時代の青銅器は酒飲み用のものばかりだとか、紂王の暴虐はでっちあげの節があるとか、門外漢からすれば色々と興味深いことが語られている。仮説の提示も極めて論理的で、殷周革命のくだりはよくできた小説のようにスリリングだった。殷の時代というのは、20世紀前半に甲骨文が大量に出土しているから、意外と情勢が分かっているのだ。そして、周の時代に入ってから風俗ががらりと変わるのも面白い。以後インテリたちの間では、周が中国文化の源流と位置づけられている。

春秋の五覇については、宮城谷昌光の小説や横山光輝の漫画でお馴染みだろう。斉の桓公や晋の文公など、主導勢力の移ろいが懐かしかった(「宋襄の仁」なんて言葉、久しく忘れていた)。各国は頻繁に戦争を繰り返し、その都度パワーバランスが更新されていく。にもかかわらず、中原の大地は何百年も統一されない。殷も周もそれぞれ700年の歴史を刻んでいて、さすが中華の国はスケールが違うものだと感心する。

>>『中国の歴史 (2)』

>>Author - 陳舜臣