2001.3b / Pulp Literature

2001.3.13 (Tue)

ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』(1944)

伝奇集

★★★★
Ficciones / Jorge Luis Borges
鼓直 訳 / 岩波文庫 / 1993.11
ISBN 4-00-327921-2 【Amazon

短編集。「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」、「アル・ムターシムを求めて」、「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」、「円環の廃墟」、「バビロニアのくじ」、「ハーバート・クエインの作品の検討」、「バベルの図書館」、「八岐の園」、「記憶の人、フネス」、「刀の形」、「裏切り者と英雄のテーマ」、「死とコンパス」、「隠れた奇跡」、「ユダについての三つの解釈」、「結末」、「フェニックス宗」、「南部」の17編。

二部構成の幻想小説集。哲学的・観念的な話が多くて、十分に理解したとは言い難いけれど、分からないなりに雰囲気を味わうことができた。

気に入ったのは、「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」、「記憶の人、フネス」、「死とコンパス」、「隠れた奇跡」、「結末」の5編。後半のプロット重視の短編に偏っている。

以下、各短編について。

第一部「八岐の園」(1941)

「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」

ビオイ=カサーレスが出てくるエッセイ風の短編。同じ百科事典にも拘わらず、ボルヘスのには載っていなくて、ビオイのには載っているという、架空の国ウクバールの在り方が面白い。この一事からしてわくわくさせる。また、形容詞の集積によって表される名詞もユニークだ。

「アル・ムターシムを求めて」

『アル・ムターシムを求めて』という架空の小説の書評。挿画版にはドロシー・L・セイヤーズの序文がついているらしい……。

書評というのは、それ自身で完結した立派な芸術品なのだと改めて確信した。恐ろしく濃密な文章が、ありもしない小説を鮮やかに炙り出している。

「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」

ピエール・メナールが書いた『ドン・キホーテ』について。

「円環の廃墟」

魔術師とか夢とか幻影とか。

「バビロニアのくじ」

バビロニアでくじ引きが流行する。

そのくじはハズレを引くと刑罰を受けるとんでもない代物で、引くことが社会的なステータスになっている。後半は哲学的な話に。

「ハーバート・クエインの作品の検討」

これも架空の作家を扱った評論。

「バベルの図書館」

永遠を越えて存在する、バベルの図書館の話。

「八岐の園」

任務延期の真相をめぐる、推理小説風の話。

第二部「工匠集」(1944)

「記憶の人、フネス」

人間記憶装置フネスの話。

普通の人と比べて、物の受容の仕方がまったく異なるのが面白い。何でもかんでも精密に記憶する能力って、聴覚でいえば絶対音感になるだろうか。厳密な違いを認識しすぎて、事物を普通名詞でくくれないのは驚異だ。

「刀の形」

顔に遺恨の刀傷がついたイギリス人。彼がその傷の由来を語る。

アイルランド独立運動に関連している。ミステリ風の筋立てだけど、今読むとまあ普通かなあ、と。

「裏切り者と英雄のテーマ」

劇場で殺された謀反人の話。

英雄の死(同時に裏切り者の死でもある)の劇的効果をあげるため、フィクションを利用する。

「死とコンパス」

名探偵レンロットが連続殺人事件を捜査する。その際、ユダヤ教の律法的解釈を用いる。

犯行現場にメッセージが残してあって、それをよすがに辿っていく。衒学的な雰囲気もさることながら、結末に味わいがあって良かった。

「隠れた奇跡」

1939年のプラハ。ユダヤ人の文学者が、銃殺隊の前に立たされる。

夢の中の図書館に行って神を探すとか言ったり、40万冊の中の1冊の中の1ページの中の1字の中に神がいるとかあったり、これも作品空間が魅力的。ユダヤ人に猶予を与える神さまの奇跡もいかす。

「ユダについての三つの解釈」

異端の神学者(キリスト教)の話。

「結末」

とあるワンシーンを切り取った掌編。ラテンアメリカらしい乾いた調子で引き込まれる。

「フェニックス宗」

フェニックス宗という架空の宗教について。

「南部」

福音教会の牧師が喧嘩に巻き込まれる。

>>Author - ホルヘ・ルイス・ボルヘス

2001.3.15 (Thu)

九重貢『ウルフと呼ばれた男』(1993)

★★
読売新聞社 / 1993.4
ISBN 4-643-93035-7 【Amazon

1991年に現役を引退した、元横綱・千代の富士の自叙伝。

角界ならではの面白い話をポンポン書いているのかと思ったら、普通の優等生的な自伝だった。著者は引退後も親方として協会に残っているわけだから、あまり大胆な発言はできないのだろう。良くも悪くもメディア用の人格をきっちり踏襲しているので、ファン以外の人が読むには物足りない内容だと思う。

2001.3.19 (Mon)

陳舜臣『中国の歴史 (2)』(1986)

中国の歴史〈2〉

★★★★
講談社文庫 / 1990.11
ISBN 4-06-184783-X 【Amazon

中国史を独自の切り口で語った解説本。この巻では、戦国時代から王莽の時代までを扱っている。

『中国の歴史 (1)』の続編。張儀・蘇秦やら、韓非・李斯やら、色々忘れていたエピソードを思い出すことができた。相変わらず著者の目線は合理的で、『史記』のソース不明確な記述に、「いったい誰から取材したのでしょうか」などと突っ込みを入れている。現代人ならではの目新しい解釈が、随所に散見できて刺激的だった。

この巻では馬王堆の章が一番面白かった。戦国時代の遺跡(馬王堆)を発掘してみたら、何と活きのいい(?)中年女性の死体が出てきたという。2000年も腐らずに死体が残ってるところにロマンを感じた。2000年前の人ってどんな体型をしていたのだろう? とか、顔つきは今とどう違うのだろう? とか、肉体の造型に興味がわいてくる。やっぱり紙の上の歴史よりも、こういう生の物体のほうが好奇心をそそる。

あとは、『史記』列伝の最初と最後に金が絡んでいるという指摘が興味深い。貧乏な「白夷列伝」で始まって、富裕な「貨殖列伝」で終わっている。確かにこの配置は司馬遷が意識してやってそうだ。

>>Author - 陳舜臣