2001.4a / Pulp Literature

2001.4.3 (Tue)

アントニオ・タブッキ『供述によると、ペレイラは……』(1994)

供述によると、ペレイラは……(98x160)

★★★★★
Sostiene Pereira / Antonio Tabucchi
須賀敦子 訳 / 白水uブックス / 2000.8
ISBN 4-560-07134-9 【Amazon

1938年のリスボン。夕刊紙の文芸欄を担当している記者ペレイラが、とある青年を助手に雇ったことで、政治的な厄介ごとに巻き込まれる。

「供述によると」を枕にした三人称視点の語り。ペレイラが運命に翻弄される模様が、客観性を誇示した冷たい観察でもって示されていて、背後にある絶望的な状況を嫌でも想像させる。

ファシズム勢力に抵抗しようという青年(ただし、連れの女性に操られてるっぽい)は、傍から見れば立派な志を持っているように思えるけれど、しかしそれはあくまで自分と関わり合いがないからなのだな。平穏に暮らしたいペレイラにとっては、青年の軽率さは勘弁してくれって感じだろう。アパートの管理人は警察の犬だし、上司は悪い意味で愛国的な人間だし、いちいち取り繕うのも大変。漠然と正義について考えを巡らせつつ、自分は文芸の世界に没頭したいと願うペレイラ。彼はまるで現代の日本人のようでとても他人とは思えない。この政治に対して消極的な個人主義者が、いかにしてファシズムへの「抵抗」を獲得するのか。本作では行動を起こすまでのプロセスが自然な形で描かれていて引き込まれた。何というか、ペレイラみたいに歳を食うと、若者が唱える理想論だけでは動けないわけで、そこには心揺さぶる強烈な体験が必要なのだ。一連の流れにはもの凄く説得力がある。

>>Author - アントニオ・タブッキ

2001.4.4 (Wed)

花田勝『独白』(2000)

独白(110x160)

★★★
文藝春秋 / 2000.8
ISBN 4-16-356690-2 【Amazon

第66代横綱・若乃花の自叙伝。入門から引退までの様々な苦労を振り返りつつ、弟・貴乃花との確執にも触れている。

下世話な興味で読んだのだけど、これが意外と面白かった。著者の息遣いを感じさせる口語体の心情吐露に、読み手の好奇心を刺激する数々のエピソード群。真偽はともかく、花田家の特殊性を理解して書いているところがポイント高い。千代の富士の自伝もこれぐらい内面を明かしていれば、読み物として血の通ったものになったろうにと思う。

肝心の内容はというと、やはり下積み時代の話が一番面白かった。ここで言う下積みとは、関取に上がる前の取的の段階。出世してからの生活はある程度想像がつくけれど、下っ端でこき使われている様子はマスコミでもなかなかお目にかかれないから、本書みたいな自伝はとても参考になる。先輩から容赦のないいじめを受けたり、稽古時間を捻出すべく兄弟で協力し合ったり、相撲部屋の内情が伝わってきて興味深かった。

ただ、事あるごとに兄弟愛をちらつかせるところに違和感があったかな。例の「確執」を踏まえたイメージ操作のようで、いまいち額面通りには受け入れ難い。結局本書は若乃花の自伝なわけだし、貴乃花絡みの話はポジション・トークとして眉に唾をつけて読むべきだろう。今となっては真相なんて絶対に分からない。

2001.4.6 (Fri)

マルグリット・デュラス『愛人』(1984)

愛人(114x160)

★★★
L'amant / Marguerite Duras
清水徹 訳 / 河出文庫 / 1992.2 / ゴンクール賞
ISBN 4-309-46092-5 【Amazon
ISBN 978-4309709444 【Amazon】(池澤夏樹世界文学全集)

仏領インドシナ。貧乏白人の家庭に育つ15歳の少女が、金持ちの中国人青年に恋をする。

著者の自伝的小説とのこと。家族との軋轢や恋人との別れが、詩のような断片的な文章で表現されている。観念の世界を覗き見するような感覚が味わえたけれど、ただあまり積極的に読んでいきたいタイプではないなと思った。愛憎入り混じる家族関係だとか、大人にならざるを得ない少女だとか、個人的には興味の持てない内容で、フランス文学への苦手意識がますます増大した。

それにしても、アジアを舞台にしたフランス文学を読むと、毎度のように『エマニエル夫人』【Amazon】が脳裏に浮かんで困る(これは呪いだ)。本作に取りかかったときも、そのうち奔放な性生活が出てくるのでは? と期待に胸を膨らませてしまった。

2001.4.8 (Sun)

兼三『ごっつあんです』(2000)

ごっつあんです(110x160)

★★★★
集英社 / 2000.7
ISBN 4-08-333019-8 【Amazon

1999年7月に引退した元呼び出し・兼三の自伝。11歳で双葉山道場に入門した兼三は、以降定年までの53年間角界に籍を置く。

相撲部屋を舞台にした丁稚奉公の記録。角界の四方山話なんかも楽しめる。特殊世界の内幕模様も去ることながら、江戸っ子調の語り口が軽快でぐいぐい引き込まれた。さすが半世紀も呼び出しを務めたことだけあって力士関係の話題が豊富。伝説の大横綱・双葉山と接した、角界の生き字引としての証言が興味深い。

修業時代は睡眠時間が4時間くらいしかなかったとか、部屋の取り的にいじめられたとか、新弟子生活はかなりハードだったようだ。呼び出しは土俵上の仕事以外に様々な雑用をこなさなければならないから、我々が想像するより遙かに忙しいらしい。本書を読んで今度は床山か行司の自伝も読みたくなった。角界は裏方も特殊で好奇心が刺激される。

著者の相撲観は意外とアナクロで、外国人力士の台頭に反対しているところに世代差を感じた。これはつまり、相撲には芸能と競技の2つの顔があって、前者を重んじるのが著者の立場、後者を重んじるのが現代人の立場ということになるのだろう。私個人は、レベルの高い取り組みが見られればそれで良いと思っているので、強い外国人の参入は大歓迎である。肌の色や国籍には特に拘らない。

2001.4.10 (Tue)

ブライアン・フリーマントル『虐待者』(1998)

虐待者〈上〉−プロファイリング・シリーズ (新潮文庫)(110x160)

★★★
The Predators / Brian Freemantle
幾野宏 訳 / 新潮文庫 / 2001.4
ISBN 4-10-216539-8 【Amazon
ISBN 4-10-216540-1 【Amazon

プロファイリング・シリーズ。ベルギーに駐在するアメリカ大使の娘が、ペドフィリアのグループに誘拐された。ユーロポールのクローディン・カーターが事件を捜査する。

『屍体配達人』【Amazon】の続編。ユーロポール(欧州刑事警察機構)の女性プロファイラーが、スパイその他から妨害を受けつつ、ペドグループを追い詰めていく。今回は犯人側の視点を取り入れた見通しの良い構成。プロファイリングで犯人像を絞っていく過程や、電話による首領との駆け引きなど、展開がスリリングで読ませる。

ただ、このシリーズはハイテクスリラーを目指しているわりに、捜査陣側のハッカーに説得力がないのが気になる。これはIT関連のディテールが不足しているからで、さして凄味を感じさせないまま、何でも出来る便利キャラに仕立て上げられている。著者にしてはひどく軽率だ。

>>Author - ブライアン・フリーマントル