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2001.4.12 (Thu)
▽陳舜臣『中国の歴史 (4)』(1986)
★★★★
講談社文庫 / 1991.1
ISBN 4-06-184785-6 【Amazon】
中国史を独自の切り口で語った解説本。この巻では、随による統一から北宋の滅亡までを扱っている。
『中国の歴史 (3)』の続編。このシリーズを読むと、世の中には普遍的な政体など存在しないのだなあと改めて痛感する。後世の我々は巨視的な視野でもって昔の事象をあれこれ検討できるけれど、当時の人たちには未来が見えないから、困難に至っても妙手を打てないでいる。唐の藩鎮制度が破綻したかと思えば、それを反面教師とした宋の文民統治も腐敗した。いずれも運用当初は時宜に適ったシステムだったのに、時が経つにつれて劣化していき、最後には国を滅ぼしてしまう。システムは常にメンテナンスを必要とするが、それを適切に行うのはまず不可能なのだ。一度動かした歯車は容易に止めることができない。
軍閥と宦官と外戚が、中国史における三大害悪のような気がする。こいつらに国力を削がれて、外部の異民族に侵略されてしまう。何ともやりきれないパターンだけど、しかしこれがあるからこそ物語としての歴史は面白いのだな。宦官に力を持たせるなよ! とやきもきしつつ、英雄豪傑の活躍に胸を躍らせる。歴史の醍醐味は分裂&統一にあるとしみじみ思う。
この巻でもっとも興味を惹いたのが、五代十国時代に五王朝に仕えた馮道。戦乱の世を渡り歩く様がまさにサバイバルという感じで、詳しい評伝を読んでみたくなる。
2001.4.14 (Sat)
▲カミロ・ホセ・セラ『二人の死者のためのマズルカ』(1983)
★★★
Mazurca Para Dos Muertos / Camilo Jose Cela
有本紀明 訳 / 講談社 / 1998.2
ISBN 4-06-208794-4 【Amazon】
内戦下のスペイン、ガリシア地方。農業を営むグシンデ一族の男が、別の一族の男によって殺害された。盲目のアコーディオン弾きは、それを悼んで「わが愛しのマリアンヌ」を奏でる。
スペイン人の名前があまりにも覚えづらくて、人間関係を完全には把握できなかったけれど、しかしそんなのは大して重要ではないようだ。どちらかというと本作は、セックスと暴力と信仰が支配する、因習的な村の生活を味わうような話。「復讐」を中心イベントに据えながら、1930年代のガリシア地方を再現している。
生きることの厳しさと、地域住人(特に女性)の逞しさをありのままに切り取ったところが良かった。人々のコミュニケーションが生き生きと描かれながらも、雰囲気は荒涼とした大地を思わせる枯れた色彩で統一されている。西部開拓時代を思わせる自警団的な風潮と、セックスに対して明け透けな女性陣という特異な組み合わせ。錯綜する語りにいまいち馴染めなかったものの、復讐が完遂されるところに静かな凄味があって、ラストはその迫力に余韻を感じた。人が死んで稜線が消えるという、詩的な書き出しも心に残る。
2001.4.15 (Sun)
▼石田衣良『赤(ルージュ)・黒(ノワール)』(2001)

★★
文藝春秋 / 2001.2
ISBN 4-19-861308-7 【Amazon】
ISBN 4-16-717410-3 【Amazon】(文庫)
映像ディレクターの小峰は、狂言強盗で1億円を強奪するものの、仲間の裏切りに遭い金を持ち逃げされてしまう。さらに狂言がヤクザにバレた小峰は、その裏切り者を探すことになった。
ギャンブルにどっぷり漬かった夢見る中年の物語。池袋ウエストゲートパーク外伝ということで、それ関係の人がゲスト出演している。
はじめにラストありきっていうのかな、最後の大博打のために書かれたような小説だった。フィリピーナが撮った写真で偶然裏切り者を見つけるところは、博打に不可欠な「運」を象徴しているのだろう。ただ、さすがに「伝説の張りプロ」が登場したときは呆れたけれど……。
2001.4.18 (Wed)
▽トルーマン・カポーティ『叶えられた祈り』(1987)
★★★★
Answered Prayers / Truman Capote
川本三郎 訳 / 新潮社 / 1999.12
ISBN 4-10-501405-6 【Amazon】(ハードカバー)
ISBN 4-10-209507-1 【Amazon】(文庫)
未完の長編。才能のない駆け出し作家P・B・ジョーンズが、美貌の男娼として上流階級の人たちと関わる。「まだ汚れていない怪獣」、「ケイト・マクロード」、「ラ・コート・バスク」の3章を収録。
『冷血』で大成功を収めたカポーティが、自身の作家人生における最高傑作を目指して構想したという。内容は現代版『失われた時を求めて』【Amazon】で、戦後アメリカの腐敗した社交界にスポットを当てている。作中には実在の人物がふんだんに登場し、また何人かは仮名であるもののモデルが特定される形で登場。「ラ・コート・バスク」を雑誌で発表したカポーティは、その暴露的な内容のせいで社交界の反発を受け、追放の憂き目にあうことになる。
とまあ、そんなスキャンダラスな背景はともかくとして、この小説は第1章の「まだ汚れていない怪獣」が素晴らしく良い。特に書き出しはイノセントな感性がいかんなく発揮されており、一読して作品世界にぐぐっと引き込まれる。
――もし何でも出来るなら私は、私たちの惑星、地球の中心に出かけていって、ウラニウムやルビーや金を探したいです。まだ汚れていない怪獣を探したいです。それから田舎に引退したいです。(p.7)
冒頭、8歳の少女の作文として挿入されたこの一節は、汚れきった我々の胸をうつ最高の名文ではなかろうか。第1章はこの宝石のような文言を踏まえて、語り手の退廃的な遍歴が明かされていく。そして、性欲を中心とする汚れた世界を経たあとに、またこの言葉に立ち返ることになる。「まだ汚れていない怪獣」は独立した章としては比類なき完成度を誇っており、これを読んだ段階で本作が傑作であることを予感させる。
社交界を憤激させた「ラ・コート・バスク」については、その時代に疎いせいか正直いってあまり面白味を感じなかった。印象に残っているのは、下層階級出身のご婦人が、離婚したがっていた金持ちの夫を、事故に見せかけて射殺したエピソードくらい。総じてゴシップ面については、フォークナーがロリータ趣味であるとか、テネシー・ウィリアムズをモデルにした人物とのやりとりとか、そういう作家関係の小ネタに興味を惹かれた。