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2001.4.22 (Sun)
▽ホルヘ・ルイス・ボルヘス『砂の本』(1975)
★★★★
El libro de arena / Jorge Luis Borges
篠田一士 訳 / 集英社文庫 / 1995.11
ISBN 4-08-760240-0 【Amazon】
短編集。「他者」、「ウルリーケ」、「会議」、「人智の思い及ばぬこと」、「三十派」、「恵みの夜」、「鏡と仮面」、「ウンドル」、「疲れた男のユートピア」、「贈賄」、「アベリーノ・アレドンド」、「円盤」、「砂の本」の13編。
『集英社ギャラリー「世界の文学」19』【Amazon】で読んだ。文庫版には他に『汚辱の世界史』(1935)が収録されている。
気に入ったのは、「他者」、「鏡と仮面」、「ウンドル」、「アベリーノ・アレドンド」、「砂の本」の5編。『伝奇集』よりはとっつきやすかった。
以下、各短編について。
「他者」
1969年のケンブリッジ。ベンチに坐っていたボルヘスが、半世紀前の自分と出会って話をする。
自分たちが同一人物であることを証明するため、若ボルヘスの蔵書をリストアップする老ボルヘス。夢を見ているのかと疑う若ボルヘスに、今度は彼の知らないユゴーの詩を披露する。この一連のやりとりがいかにもボルヘスって感じで好ましい。
「ウルリーケ」
コロンビアの老教授が、ノルウェー人の女性とアバンチュールを楽しむ。
『ヴォルスンガ・サガ』で貫いた掌編。『サガ』は『ニーベルンゲン』の元ネタのようだ。
「会議」
「会議」の思い出。
それにしても、この著者の小説は「宇宙的」という言葉がよく似合う。正確な意味をくみ取れるわけではないのだけど、活字によって新たな地平を見せられるというか。
「人智の思い及ばぬこと」
「カーサ・コロラーダ」という邸宅が売却される。
「三十派」
キリスト教の「三十派」について。
こういうハッタリは良い。宗教は存在自体が面白いし。
「恵みの夜」
年輩の紳士の回想。女と戯れ、男の死を目撃する。
「鏡と仮面」
クロンターフの戦いに勝利したアイルランド。大王が宮廷詩人に記念の詩を作るよう命じる。
たった一行で人生を変えるほどの驚異を生むなんて! 本作みたいな話を読むと、今まで詩に触れてこなかったことを後悔する。おそらく言語表現の極北が詩なのだろうな。
「ウンドル」
ブレーメンのアダムが記した話。「御言葉」を発見するため旅をする。
『羊をめぐる冒険』ならぬ、「言葉をめぐる冒険」。
「疲れた男のユートピア」
老教授が未来にタイムスリップする。
「贈賄」
アメリカの大学での話。アングロサクソンとかスカンジナビアとか。
「アベリーノ・アレドンド」
1897年にモンテビデオで起きた事件。大事に備えている男の様子を追っている。
これはいかにもラテン系の話だ。「誇り高き」という形容がぴったりくる。
「円盤」
森の中の木こりが円盤を持った王様と出くわす。
「砂の本」
男がインドで手に入れた「砂の本」を持ってくる。
月並みな発想だけど、「砂の本」はまさしくWebの世界だ。はじめもなければ終わりもなく、ページ数は無限でどんどん湧いてくる。
2001.4.26 (Thu)
▲ソール・ベロー『埋み火』(1997)
★★★
The Actual / Saul Bellow
真野明裕 訳 / 角川春樹事務所 / 1998.8
ISBN 4-89456-135-2 【Amazon】
骨董商としてそこそこの成功を収めた中年男。彼が生まれ故郷のシカゴで、引退した大富豪のブレーンになる。そして、数十年ぶりに初恋の女と再会し、彼女と話をする。
あまり心情を漏らさない寡黙な語り手が、ひょんなことから大富豪に気に入られるという、私立探偵小説を思わせる導入部。設定から雰囲気まで何かもが古めかしいのだけど(半世紀前の小説みたい)、主眼となる三角関係はけっこう異色で面白かった。というのも、初恋女が結婚した相手(語り手の友人でもある)の人物像がとてつもなくへんてこ。父親の墓を買い取って自分で収まったり、男女3人で一緒にシャワーを浴びさせたり、妻の情事を盗聴して離婚裁判に勝ったり、伝聞で知らされる彼の行状は謎めき過ぎている。いったいこいつは何がしたかったのだろう。既に故人だから聞き出すこともできない。
孤独な語り手が大富豪に才能を見出される。冷静に考えるとすかした話だけど、全編が枯れた雰囲気で覆われているせいか、さほど嫌味には感じなかった。本作は落ち着いた情念を熟年の筆致で捉えたような内容で、「埋み火」という邦題はこの上なく適切だと思う。
2001.4.30 (Mon)
△カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』(2000)
★★★★★
When We were Orphans / Kazuo Ishiguro
入江真佐子 訳 / 早川書房 / 2001.4
ISBN 4-15-208342-5 【Amazon】(ハードカバー)
ISBN 4-15-120034-7 【Amazon】(文庫)
上海の租界で少年時代を過ごしたクリストファー・バンクスは、両親の失踪を機にイギリスで生活することになった。大学を卒業し、私立探偵になった彼は、両親を捜すべく日中戦争下の上海へ渡る。
拡大鏡をトレードマークにした私立探偵が主人公。序盤は真っ当な回想小説の装いだったけれど、途中からリアリズムの文法を逸脱した世界が出てきて驚いた。妄想としか思えない語り手の思索に、現実からちょっぴりずれた観念的な光景が重なっていくのである。作品のトーンが一変しているということで賛否両論ありそうだけど、個人的には切羽詰まった感覚が伝わってきてなかなか良かった。戦時中の上海が語り手にとって悪夢的な場所(子供時代とは対称的だ)であることを、感覚のレベルで上手く写し取っていると思う。こういう混沌としたアナザーワールドを経たからこそ、重い真相にますます重みが増しているのではなかろうか。
「大事。とても大事だ。ノスタルジック。人はノスタルジックになるとき、思い出すんだ。子供だったころに住んでいた今よりもいい世界を。思い出して、いい世界がまた戻ってきてくれればと願う。だからとても大事なんだ。たった今、おれは夢を見ていた。おれは少年だった。お母さん、お父さんが、おれのそばにいた。我が家に」(p.342)
語り手は大人になってから、その魔法がかけられた楽しい思い出の裏側を知ることになる。まるでフィクションのような探偵行為によって、ノスタルジックな世界が粉々に砕け散ってしまう。本作は世界の変容を意識的に取り扱っていて、とても興味深く読んだのだった。