2001.7c / Pulp Literature

2001.7.23 (Mon)

石川文康『カント入門』(1995)

カント入門(96x160)

★★★
ちくま新書 / 1995.5
ISBN 4-480-05629-7 【Amazon

カントの内面を探りながら、『純粋理性批判』【Amazon】をはじめとする代表的な哲学に迫っていく。「純粋理性のアイデンティティー」、「カント哲学の土壌と根──批判哲学への道」、「迷宮からの脱出──第一アンチノミーの解釈」、「真理の論理学──経験世界の脈絡」、「自然因果の彼岸──自由と道徳法則」、「自由と融合する自然──反省の世界」、「理性に照らされる宗教」の7章。

カントの理性批判はイギリス経験論の流れを汲んでいるのだけど、そこから踏み込んだ物の見方に痺れてしまった。「物事の極点では概念自体が意味を失う」って、地動説並の画期的な発見じゃないか? 北極点では方位磁石が役に立たないとか、宇宙のはじまりでは時間と空間の法則が無効になるとか、物理的な事例を土台にして理性の限界を説いている。科学(=理性の代表選手)を逆手に取った論理の鮮やかさに感動した。

あと、カントさんは道徳観も半端ない。というのも、教育ママも裸足で逃げるほどの厳格な態度を貫いており、定言命法によって純粋な道徳規則を打ち立てている。そういえば、子供のころよく注意されてたなあ。「ダメなものは絶対ダメ」って。いま思えばあれは定言命法だったのだ。カントの哲学がちょっとだけ身近に感じられる。

2001.7.25 (Wed)

竹田青嗣『ニーチェ入門』(1994)

ニーチェ入門(99x160)

★★★
ちくま新書 / 1994.9
ISBN 4-480-05608-4 【Amazon

ポストモダニストのニーチェ理解を叩き台に、「価値の創造」を中核とした新たなニーチェ像を説いている。「はじめのニーチェ」、「批判する獅子」、「価値の転倒」、「『力』の思想」の4章。

すでに見てきたように、ニーチェにとっては近代哲学の「道徳」観念は、キリスト教における「禁欲主義的思想」の変奏形態にすぎない。見方を変えるとそれは、没落したキリスト教に代わって、近代哲学が人々の「善悪」の基準を“神学的にではない仕方で”基礎づけることを意味していた。なんといってもキリスト教の没落は、人間の「存在意味」の超越的な(つまりこの世界を超えたどこかに存在するはずの)根拠の喪失ということだから、近代哲学は、それに代わりうる「存在意味の根拠」を“捏造”しなくはならなかったのである。(p.100)

神に依存してきたヨーロッパ人は大変だ。彼らは道徳ひとつ守るのにも根拠(神)を必要としている。近代に入って神が死んだ後は、デカルト・カント・ヘーゲルらがそれぞれ代わりの枠組みを提唱してきた。「神なき世界をどう生きるか」というのがヨーロッパ最大の懸案だったわけだ。ところが、そこへニーチェが颯爽と登場。近代哲学を真っ向から否定し、人間の弱さを見据えた新たな価値体系を打ち立てている。のちにナチズムと結託するものものしい哲学を生み出してる。ニーチェの思想はかなりひねくれていて、その真髄をじゅうぶんに理解できたとは言い難い。けれども、本書は哲学史的な流れが解説されていて参考になった。後半では「価値の創造」としてニーチェをポジティブに捉えており、『これがニーチェだ』とは対極の位置にある。