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2001.8.1 (Wed)
▲矢島誠 若桜木虔『新本陣殺人事件』(2001)

★★★
河出書房新社 / 2001.7
ISBN 4-309-01419-4 【Amazon】
静岡と東京で同時に起きた密室殺人を解決する。
講談社ノベルスによくあるような軽いタッチのミステリ。西東南(さいとうみなみ)、酒匂薫(さかわかおる)、小中大(こなかひろし)など、人物名で遊んでいる。警察にコネのある素人探偵が出てきたり、登場人物が淡い恋愛をしていたり、オーソドックスな若年層向けミステリという趣きである。
内容は意外とまっとうだった。伏線やらミスディレクションやら逆転の構図やらが無難にまとまっている。最近の国産ミステリの平均像といった感じで、良くもなければ悪くもない平凡な作品だった。
2001.8.3 (Fri)
▲村上龍『五分後の世界』(1994)

★★★
幻冬舎文庫 / 1997.4
ISBN 4-87728-444-3 【Amazon】
今の世界から時間が5分ずれた世界では、ポツダム宣言を受諾しなかったもう一つの日本があった。そこに主人公が迷い込む。
「五分後の世界」とは、太平洋戦争で日本が広島・長崎に原爆を落とされても降伏せず、さらに3箇所に原爆を落とされたのち、諸外国に分割統治され、人口は2000万人まで減少、日本人は混血が進んで「国民」「準国民」「非国民」からなる階層社会になり、地下を根城にした「アンダーグラウンド」なる組織で国連相手に日夜ゲリラ活動をしている──そんなトンデモ世界である。
現代の日本人を卑屈な「非国民」にカリカチュアライズし、平和ボケしてしまった現代日本を風刺している。と同時に、「五分後の世界」を北朝鮮的理想社会として描く(特に小学校の教科書のエピソードにそれが現れている)ことで、愛国者に対する皮肉にもなっている。
と思ったのだけど、公式サイトのインタビューを読むと、どうやらそのような意図で書いたわけではないようだ。まあ、小説っていうのはいろいろ深読みできるから面白いよね。
2001.8.6 (Mon)
▽戸梶圭太『湾岸リベンジャー』(2001)

★★★★
祥伝社 / 2001.7
ISBN 4-396-63192-8 【Amazon】
湾岸線での交通事故で妻を無くした男。その事故は走り屋が起こしたものだった。復讐に燃える男は走り屋に潜入しようとする。
これまた随分と弾けてる小説だった。田舎のヤンキーが読むような走り屋漫画がベースだけど、そこに著者らしい悪意に満ちた視線がそそがれていて面白い。下半身の欲望を捉えた描写は相変わらず可笑しいし、ポップな罵倒語もキレ味抜群でつい口ずさみたくなってくる。展開も意外だ。中盤からは、「パトロンと普通の男」というこれまでのパターンを崩している。
ただ、終盤の展開が無理矢理すぎて興ざめだった。筆の勢いに任せて物語を制御できていないというか。その点、『闇の楽園』【Amazon】と『溺れる魚』【Amazon】は、上手く風呂敷を畳んだ秀作だったと思う。
それにしても、著者の罵倒芸はホントに面白い。この分野では筒井康隆や日垣隆なんかが思い浮かぶけど、彼らより頭一つ抜きん出ているように思う。「激安女」は密かにマイ・ブームだったりするし……。
2001.8.8 (Wed)
▽アントニイ・バークリー『ジャンピング・ジェニイ』(1933)

★★★★
Jumping Jenny / Anthony Berkeley
狩野一郎 訳 / 国書刊行会 / 2001.7
ISBN 4-336-04161-X 【Amazon】
ISBN 978-4488123062 【Amazon】(文庫)
屋敷で開かれた仮装パーティで、性悪女の横暴は臨界点に達しようとしていた。パーティもお開きになろうというそのとき、屋上で彼女の首吊り死体が発見される。現場には他殺を示す痕跡があった。名探偵ロジャー・シェリンガムが事件の隠蔽に奔走する。
『トレント最後の事件』を彷彿とさせるアンチ探偵小説。稚気に溢れた問題作という感じで面白かった。とにかく、シェリンガムが必死すぎて楽しい。死者をめぐって右往左往するところは、ヒッチコック映画『ハリーの災難』【Amazon】を思い出す。
死んだ女が嫌われ者ということで、探偵役がモラルの回復(犯人の告発)を拒否し、共同体を守るべく事件の隠蔽に乗り出す。パズル成立の要件はとてもシンプルで、それを論理的にこねくり回す手並みが実に鮮やか。というのも、焦点になっているのはたった一つの椅子なのだ。第三者が椅子の指紋を拭き取り、位置を動かしたことで厄介な状況になってしまう。
視点のあり方も絶妙だ。犯人が誰なのかは予め読者にだけ知らされるのだけど、そこから捻りをくわえて強烈な一撃を繰り出している。本作は人を食ったような趣向を高いレベルで達成していて、えらい充実したミステリだなと思った。
2001.8.10 (Fri)
▽ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』(1975)

★★★★
El Otono Del Patriarca / Gabriel Garcia Marquez
鼓直 訳 / 集英社文庫 / 1994.5
ISBN 4-08-760235-4 【Amazon】
ISBN 978-4105090128 【Amazon】(新装版)
カリブ海沿岸の小国では、1人の大統領が100年にわたって君臨していた。彼はその長い治世のなかで様々な愚行を繰り広げる。
大統領は娼婦の腹から生まれた父なし子であり、彼はキリストの陰画として超人的な力を発揮している。西洋の土壌で育ってきた植物も、南米に持ち込むと突然変異するということなのだろう。キリストのオルタナティヴたる大統領は、南米の「独裁」を象徴する神話的人物として、狂騒と孤独のうちに生きることになる。
延々と切れ目のない文章が続いて読みづらいのだけど、随所に南米ならではのイマジネーションが散見できて面白かった。西欧だったらシュールと呼ばれるような超常現象が、この小説では現実の延長上として存在している。南米だったら血の雨が降ってもおかしくないし、雌鳥が五角形の卵を産んでも不思議ではない。さらに、独裁か無政府状態しかない混沌とした地域だから、荒唐無稽なあらゆる蛮行に説得力が備わっている。超能力を持った子供たちをダイナマイトで爆殺したり、クーデターに関わった親友を丸焼きにして宴に供したり、60頭の犬がターゲットを襲ってかみ殺したり、まるで嘘が実体化したような世界だ。
大統領は彼女の耳に、波の音ではなくて、その政権を持ちあげる勇壮なマーチのひそんでいる貝殻をあえてみせた。マッチの火を温度計に近づけて言った、水銀が上がったり下がったりするのを、よく見てもらいたい、わしの心のなかとおんなじだ。
大統領を愛していたのは唯一母のみであり、その死後は愛のない世界で孤独をかこつことになる。親友だった将軍には裏切られるし、一目惚れした女は日蝕のなかに消えてしまった。彼は権力を体現した魔物でありながら、人間らしい卑小さも持ち合わせていて、権力の本質というものを覗かせている。