2001.8b / Pulp Literature

2001.8.12 (Sun)

村上龍『ヒュウガ・ウィルス』(1996)

ヒュウガ・ウィルス(107x160)

★★
幻冬舎文庫 / 1998.4
ISBN 4-87728-585-7 【Amazon

『五分後の世界』の続編。九州で未知の疫病が蔓延したので、「アンダーグラウンド」のメンバーが調査に赴く。

今回は終盤になってテーマが明かされるため、前作よりも力強さが増していると思う。ただ、比喩はどうかなあ。UGメンバーを「レトロウィルス」にたとえ、その活動をウィルスが細胞を侵略する様子になぞらえているのだけど、表現がいちいち滑っていて見てられない。個人的にこれはアウトかな。

2001.8.18 (Sat)

ミシェル・トゥルニエ『魔王』(1970)

魔王〈上〉(95x140)

★★★★★
Le Roi Des Aulnes / Michel Tonrnier
植田祐次 訳 / みすず書房 / 2001.7 / ゴンクール賞
ISBN 4-622-04808-6 【Amazon
ISBN 4-622-04809-4 【Amazon

近眼の大男アベル・ティフォージュは、少年時代にパリの寄宿学校で生活し、寓意的・運命的な体験をしていた。成人後、自動車修理工場を営むようになった彼は、「徴」に導かれるようにしてナチスに接近する。

聖クリストフォロスの伝説に魅入られたアベル・ティフォージュが、己の使命を果たすべく神話的な領域に踏み込んでいく。前半の「左手の手記」が狂人の妄想みたいだったうえ、後半は後半でメルヘンチックな遍歴が展開。何だかかったるいなーと思いながら読んでいたら、この小説は終盤の種明かしが凄すぎた。キリスト担ぎ、青ひげ、カナダ、双子、狩猟パーティー、エトセトラエトセトラ……。少年時代に端を発した象徴まみれの旅は、すべて「ティフォージュ的演繹」の前フリだったのだ! 数多の象徴が一気に転換して、夢想と現実の思いもよらぬ因果関係が明らかになる。万物を自在に操るロゴスの偉大さ、引いては世界を収斂させる著者の超絶技巧に驚いたのだった。

ナチス・ドイツって存在自体が浮世離れしているから、神話的・幻想的な意匠とかなり相性が良いのだろう。ユダヤ人を害虫のごとく駆除しようとあれこれ努力してみたり、自らをオカルトチックな鉤十字でシンボライズしてみたり、ちょび髭の独裁者が大袈裟な身振りで大衆をアジってみたり、戦後世代からしてみるとあまりにトチ狂っていて、とても地に足のついた現実とは思えない。まるで悪夢のように歪んだ城塞が、ヨーロッパのど真ん中にでーんと鎮座している、そんな規格外の存在である。

で、色々あってドイツに流れ着いたアベル・ティフォージュは、「少年狩り」を中心とした「徴」に満ちた生活を送ることになるわけだ。アベル・ティフォージュの常軌を逸した精神世界は、同じく常軌を逸したナチス・ドイツのイデオロギーと接触することで、神話の高みにまで達してしまう。いやはや、随分と凄い小説を読んだなと思う。

2001.8.20 (Mon)

アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ『薔薇の葬儀』(1983)

薔薇の葬儀(86x140)

★★★
Le deuil des roses / Andre Pieyre de Mandiargues
田中義廣 訳 / 白水uブックス / 2001.7
ISBN 978-4560071397 【Amazon

短編集。「薔薇の葬儀」、「クラッシュフー号」、「ムーヴィング・ウォーク」、「パリのコブラ」、「影の反乱」、「蝮のマドリーヌ」、「シクスティーヌ・アグニ」の7編。

エロいようであまりエロくないエロ短編集。「薔薇の葬儀」と「シクスティーヌ・アグニ」以外はちょっと小粒だった。

以下、各短編について。

「薔薇の葬儀」"Le deuil des roses"

夜更けのパリ。酒場帰りの男が3人の日本人女に拉致される。辿り着いた先で、男は奇妙な儀式に参加することになる。

日の光は差さないし、時計は取り上げられるしで、儀式の場は徹底的に外部と遮断される。そこは浦島太郎における竜宮城みたいな場所であって、決して誰もが自由に出入りできるわけではない。内部は神秘的な独特のルールに支配されている。浮世離れした話を聞かされて、美女4人(彼女たちは優秀な兵士だ)に自由を拘束されながら儀式に参加する。目の前で死の舞踏なんてされちゃったら、そりゃ全身が大きな目になっても仕方がないと思う。★★★★。

「クラッシュフー号」"Crachefeu"

森林監督官が自転車に乗った女を車ではね飛ばす。その後、負傷した女を木陰に連れて行き……。

鬼畜男の斜め上をいった女が凄い。黒塗りのスピットファイアに夢で追いかけられて、一度は男の手で現実に引き戻されるのだけど、でもやっぱり抜けきれずに轢かれてしまう。『世にも奇妙な物語』の元ネタになりそうだと思った。★★★。

「ムーヴィング・ウォーク」"Le tapis roulant"

フランス人女性が地下鉄のムーヴィング・ウォークで謎の日本人5人組に襲われる。

谷崎潤一郎に捧げた短編。パリの深部は不条理感溢れる未体験ゾーンなのだ。「直取引で愛しなさい」、「直取引で憎みなさい」。論理的であるという理由で、強盗やレイプを期待する女性の心理が面白い。★★★★。

「パリのコブラ」"Des cobras a Paris"

男が詩人の朗読会に出席する。

音の響きだけを知覚しつつ白昼夢に身をまかせる。朝礼や式典でよくこの状態になっていたことを思い出した。★★★。

「影の反乱」"La rebellion de I'ombre"

夕陽を浴びながら防波堤を歩く教授。突如自分の影が勝手な動きをするようになる。

アリアドネが出てきたり、治安部隊の男に捕まったり。教授1人が体験する幻視的な光景が、共産圏ならではの不条理な現実に淘汰される。★★★。

「蝮のマドリーヌ」"Madeline aux viperes"

17歳の姉が14歳の弟を誘惑する。その際、蝮に自分の体を咬ませるとか言う。

これはエロいな。「薔薇の葬儀」の次くらいにエロい。★★★。

「シクスティーヌ・アグニ」"Sixtine Agni"

クレタ島で出会ったシクスティーヌ・アグニとのやりとり。

この著者はヘビが好きすぎる。★★★。