2001.9c / Pulp Literature

2001.9.22 (Sat)

アントニオ・タブッキ『ダマセーノ・モンテイロの失われた首』(1997)

ダマセーノ・モンテイロの失われた首(112x160)

★★★
La Testa Perduta Di Damasceno Monteiro / Antonio Tabucchi
草皆伸子 訳 / 白水社 / 1999.4
ISBN 4-560-04667-0 【Amazon

ポルトガルの古都ポルトで首なし死体が発見された。文学好きの新聞記者が様々な人の協力を得て真犯人を暴き出す。

『供述によると、ペレイラは……』みたいなリアリズム路線の小説。これは「大きな問題は日常の中に潜む」というカミュの言葉がキーになっているのかな。ややもすると高踏派と揶揄されがちな文化系の青年が、フィリップ・マーロウばりに日常の中の「大きな問題」と関わっていく。あらすじだけ読むと、フーダニットを焦点にしたミステリ小説のように思えるけれど、実際はその形式をただ借りているだけ。新聞記者は事件への働きかけを通して、拷問に対する独特の見識、さらには道を歩むうえでの様々な助言を得ていく。つまり、この小説の眼目はモラルの回復にあるのではなく、モラルを回復しようとする精神にあるのだ。

チャールズ・ロートン似の気むずかしい弁護士が父だとすると、何かと世話を焼いてくれる上品な女将は母になるだろうか。新聞記者は異郷の地で疑似家族的な絆を結びつつ、ほかにも良き話し相手と知己になって暖かいムードを醸成する。幻想小説で存分に発揮された手腕が、リアリズム路線の本作でも垣間見えて懐かしい気分になった。本作は人間の残酷さを主題にしているだけに、この暖かさが一服の清涼剤として欠かせないものになっていると思う。

>>Author - アントニオ・タブッキ

2001.9.26 (Wed)

ニッコロ・マキャヴェッリ『君主論』(1532)

★★★★
Il Principe / Niccolo Machiavelli
池田廉 訳 / 中公文庫 / 1995.3
ISBN 4-12-202272-X 【Amazon

メディチ家への献上を想定した政治指南書。民衆を支配する君主の立場から、政治のメカニズムを分析している。

人間というのものは、その本性から、恩恵を受けても、恩恵をほどこしても、やはり恩義を感じるものである。(p.67)

これは面白かった。理想主義の対極に位置する、異様に現実的な内容。倫理・道徳を排除し、支配者の論理、権力維持の論理を徹底的に追及している。西洋史に疎いせいか、具体的な事例にはいまいちピンとこなかったけれど、性悪説に基づいた人間観察が鋭くて納得することしきりだった。心理を巧みに突く方策が多く見られるので、別段君主でなくても日常生活を送るうえで参考になりそう。ビジネス書のネタ元にぴったりである。

小国が乱立した当時(15世紀)のイタリアは、フランスやスペインといった外国の脅威に晒されていた。その状況を憂えたマキャヴェッリは、チェーザレ・ボルジアのような力強い君主による統一を夢見ていたという。やはり本作みたいな実用的な著作は、抑圧の激しい修羅場から生まれるものなのだろう。ヨーロッパの複雑怪奇な政治模様を想起させて、歴史への興味がじわじわと沸いてくる。

2001.9.29 (Sat)

カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』(1982)

遠い山なみの光(108x160)

★★★
A Pale View of Hills / Kazuo Ishiguro
小野寺健 訳 / ハヤカワepi文庫 / 2001.9
ISBN 4-15-120010-X 【Amazon

娘に自殺された過去を持つ、イギリス在住の日本人女性。そんな彼女が戦後まもない長崎での生活を回想する。

語り手は娘に自殺されているし、日本人の夫とも離婚しているのだけど、それらについては最後まで核心にふれず。もっぱら長崎で知り合った佐知子(およびその娘)との思い出を語って、現在の自己に繋がるルーツを合わせ鏡のように映し出している。戦後の混乱期でたくましく生きようという女たちと、旧来型の思想に囚われたままでいる当時の舅。すべてが一変した社会状況での、それぞれの暮らしぶりが描かれていて、移ろいゆく時代の残酷さというのを感じさせる。

それにしても、長崎で知り合った佐知子さん。わずかな希望をまだ見ぬ外国に見出すなんて、さすが良いとこのお嬢さんというか、よほど現状が嫌だったのだなあ。こういうどん詰まりの中での人のあがきが心に残る。

>>Author - カズオ・イシグロ