2001.10c / Pulp Literature

2001.10.22 (Mon)

浜田寿美男『自白の心理学』(2001)

自白の心理学(97x160)

★★★
岩波新書 / 2001.3
ISBN 4-00-430721-X 【Amazon

無実であるにもかかわらず、取調べで犯行を自白してしまう心理について。実際に起きた冤罪事件を題材に、現場で何が行われているのかを探っていく。「なぜ不利なうそをつくのか」、「うそに落ちていく心理」、「犯行ストーリーを展開していく心理」、「自白調書を読み解く」の4章。

無実の人が自白に陥るメカニズムを知るうえで、最初に確認しておかなければならないのは、取調べが一つの圧力の場だということ、そして真犯人を自白させる取調べの圧力が、無実の人をも自白させるという単純な事実である。(p.93)

平凡な日常から悪夢のような非日常へ。密室で味方が誰もいない状況のなか、取調官はこちらを犯人と決めつけ尋問する。近頃は肉体的な拷問は控えられているものの、精神的な拷問はまだまだ健在だ。長時間にわたって罵詈雑言を浴びせ、ときに的外れな説教をかまし、こちらの人間性を剥奪しようとする。たいていの人はその厳しさから真実を貫くことができない。目の前の苦痛から逃れるため、相手の主張に合わせて事実を捏造することになる。

被疑者は無実かもしれないという可能性を少しでも考えていれば、自白のうそをあばくことはできる。ところがわが国の刑事取調べにおいて推定無罪は名ばかりで、取調官は被疑者を犯人として断固たる態度で調べるというのが常態になっている。(p.63)

警察のマニュアルでは、被疑者を「シロ」と思って尋問してはいけないそうだ。相手は「クロ」であると確信しながら圧力をかけることが奨励されている。だから対話の余地がない。被疑者になると問答無用で犯人扱いされてしまう。

無実の被疑者のほとんどは、黙秘権のことなど一顧だにせず、懸命に弁解する。きっと取調官にもわかってもらえるはずだと思うのである。真犯人なら弁解してもその弁解に自信はもてまいが、無実の人は、自分は無実だと知っているだけに、わかってもらえるはずだとの思いが強い。もちろんそこで無実の証拠が出せれば問題はない。しかしそれは至難のことである。取調官にも無視できないような明確なアリバイを立てられれば、無実が明かされるかもしれないが、現実にはそうそううまくいくものではない。

それでもやはり無実の人は「私はやっていない」とくりかえす。しかしその弁解をそのまま素直に聞いてはくれない。逆に取調官からは、おまえが犯人だという証拠があると言われる。(……)

そうして虚しい応酬がつづく。これが日常生活のなかでのことならば、「もうわかっていただかなくても結構です」といって、席を蹴って出ていくこともできようが、被疑者は自分のほうから取調べの場を去ることができない。やがて激しい無力感におそわれる。それだけで、「もうどうでもいい」と思う人がいてもおかしくない。(p.97)

冤罪というのは決して他人事ではないのだ。交通事故や病気のように、誰でも当事者になる可能性がある。取調べの圧力に屈し、うその「自白」をして有罪になる可能性がある。

重要なのは、敵の手のうちを知り、平時からきちんと覚悟を決めておくことだ。もし無実の罪で捕まったらどうするか? まず決して取調官から理解されようと思ってはならない。相手の罵倒は「取調べのテクニック」だと割り切り、事態を冷静に見極める。日本では自白が重く扱われるから、何があっても絶対に罪を認めてはならない。たとえ長期戦になろうとも、自分を信じてとにかく耐え抜いていく。日本の司法はアジア的野蛮の総本山──取調べに弁護士は同席できないし、録音・録画も義務づけられていない──だから、関わる者はみな重い負担を強いられる。そのことを認識しておくのが肝要だろう。

2001.10.25 (Thu)

柳広司『贋作『坊っちゃん』殺人事件』(2001)

贋作『坊っちゃん』殺人事件(108x160)

★★★★
朝日新聞社 / 2001.9
ISBN 4-02-257670-7 【Amazon
ISBN 4-08-747803-3 【Amazon】(文庫)

『坊っちゃん』の後日談。学校を去ってから3年が過ぎたある日、「おれ」のところに山嵐がやってきた。何でも赤シャツが自殺したという。釈然としない「おれ」は再び松山へ向かう。

かなりぶっ飛んでいて面白かった。赤シャツはなぜ赤いシャツを着ていたのかとか、寄宿舎での騒動の真実とか、師範生との騒動の裏話とか。元のテクストを斬新に解釈していて、まるでパズルのピースがはまるようなカタルシスが味わえる。『坊っちゃん』には隠れファクターとして、もうひとつの闘争があったのだ。

「おれ」は相変わらず親譲りの無鉄砲である。『坊っちゃん』読者ならニヤリとしてしまうような描写やエピソードに溢れているので、好きものにはたまらないものがあるだろう。また、レギュラーメンバーも忘れてはいけない。狸は転勤し、野だは癲狂院に入院、マドンナは相変わらずマドンナでいる。後日談としてはなかなか大胆な改変だ。

この小説の一番のポイントは、版元が朝日新聞社であることだろう。漱石が同社に勤務していたという縁もあるけれど、それ以上に内容がいかにも朝日って感じで面白い。赤シャツの「赤」はアカを意味していたとか……。こんな自社の思想をおちょくった小説を出すなんて、朝日新聞はなかなか偉いと思う。冗談の分かる会社なんだなと感心した。

2001.10.28 (Sun)

松井計『ホームレス作家』(2001)

ホームレス作家(110x160)


幻冬舎 / 2001.9
ISBN 4-344-00112-5 【Amazon
ISBN 4-344-40311-8 【Amazon】(文庫)

著者は架空戦記の作家。家賃未払いで公団を追い出され、妻子を施設に預けて自身はホームレスになった。本書は半年間のホームレス体験を綴っている。

作家だけあって文章は達者で読ませるのだけど、随所に見られる自己陶酔にはうんざりした。この人は自分のことを悲劇のヒーローとでも思っているのだろうか? また、語り口もあざとい。自分を「被害者」に仕立てるべく、レトリック上の工夫を凝らして、都合の悪い事実を隠蔽している。読みながらかなりの気持ち悪さを感じた。

オブラートに包まれているものの、結局は原稿が遅れたのは妻のせいにし、ホームレスになった後の苦境も周囲の悪意のせいにしている。つまり、自分はあくまでも被害者という態度。この著者に何らかの問題があるのは、出版社のアルバイトを2日でクビになったエピソードから推察できそうなものである。しかし、そこは詳しい事情が隠蔽されているので、ナイーヴな読者には気づかないような仕組みになっている。こうなると、福祉課のエピソード(女性職員の悪行)も信憑性が薄くなってしまう。

ホームレス体験談の物珍しさを勘案しても、やはりマイナス要素が多すぎて辛い本だと思う。ひとことで言えば、胡散臭い。