Page Topics
2002.1.7 (Mon)
▽ウィリアム・フォークナー『響きと怒り』(1929)
★★★★
The Sound and the Fury / William Faulkner
高橋正雄 訳 / 講談社文芸文庫 / 1997.7
ISBN 4-06-197577-3 【Amazon】
アメリカ南部の架空の町を舞台にした、ヨクナパトーファ・サーガに連なる長編。かつての名門コンプソン家の崩壊を、様々な視点で語っていく。
没落した旧家の暗い情念というか、不和に明け暮れる鬱屈した生活というか、とにかくそういう不平不満が激しく渦巻いた小説だった。農村地帯の負のエネルギーが一冊に凝縮されたような、重苦しい淀んだ空気が充満している。
物語は4部構成。基本的な時間軸は1928年の3日間(長男の語る第2部だけ1910年)だけど、のっけから「意識の流れ」によって過去と現在が錯綜し、それが混濁したまま語られるので、はじめのうちは意味がとりづらかった。名前や事物などをトリガーにして、語り手の意識がトリップしていくのである。とはいえ、この手法がとられているのは前半だけなので、トータルではそう読みづらいという印象はない。「意識の流れ」については、繰り返しによる情念の表現や法則性のある時間トリップなど、読みづらいなりに圧倒されるものがあるし、その後の展開を考えると、どろどろした家族関係を立体的に示す役割を担っていて感心させられる。
基本的には家庭内の不和が描かれているのだけど、事態はそう単純でもなく、反目にも根っこがあったり、名門意識による病理があったり、つまり一言では済まない人間模様ができあがっている。三男が白痴に生まれついたのが悪いのか、それとも長女が淫乱娘なのが悪いのか。工業化の波に乗れなかったのが悪いのか、それとも結婚の失敗や土地の売却が悪いのか。たぶん原因はこれらの総和であり、陳腐な言い方をすれば「運命」なのだろう。彼らの生活には希望というのが微塵もなく、ただ時代の流れにまかせて滅ぶのを待つのみ。そのあまりに無慈悲で病んだ家族の物語に、後半はかなり引き込まれたのだった。再読すると理解が深まってよりはまれるのだろうと思う。余力がないからしないけど。
以下、本作の主要人物。
- ジェイスン三世――父。酒を飲み、ローマ時代の本を読む。
- キャロライン・バスコム――母。名門意識を持った病気がちの女。白痴の三男を自分の罪だと思い込んでいる。キリスト教的マゾヒスト。
- クェンティン三世――長男。キャディーとの近親相姦の夢想に耽る。農地を売った金でハーヴァード大学に進学するも自殺。
- キャンダス(キャディー)――長女。淫乱。兄を愛しているあまり、自分の娘にも同じ名前をつけた。娘を実家に預けた後は出入り禁止の身になる。
- ジェイスン四世――次男。エゴイスト。兄弟のなかで唯一利得に恵まれなかった身として家族を憎んでいる。クェンティン(キャディーの娘)の天敵。
- ベンジャミン(ベンジー)――三男。白痴。母の愛を一番に受ける。18歳のとき去勢。
- クェンティン――キャディーの娘。学校をさぼって遊興の毎日。母の仕送りを受けているが、ジェイスンに中間搾取されている。コンプソン家最後の人間(?)。
- ディルシー――黒人の使用人。キャロラインやクェンティンに冷たくあたるジェイスンを敵視している。
以下、本作の年表。
- 1898年 祖母死す。
- 1900年 白痴に生まれついた三男、モーリーからベンジャミン(ベンジー、5歳)へ改名する。
- 1909年 キャディー(長女、17歳)、ドールトン・エームズと付き合う。
- 1910年 キャディーがハーバートと結婚する(4月)。大学に通っていたクェンティン(長男、20歳)が投身自殺をする。
- 1911年 キャディー、夫に捨てられ、娘のクェンティン(1歳)を実家に預ける。
- 1912年 ジェイスン(父)死す。
- 1913年 少女に掴みかかったベンジー(三男、18歳)、医者に連れて行かれて去勢される。
- 1920年 キャディー(長女、28歳)、映画関係者と結婚する。
- 1925年 キャディー、離婚する。
- 1928年 4月7日、クェンティン(キャディーの娘、17歳)、ジェイスン(次男、34歳)の金3000ドルを奪って逃亡する。
- 1933年 キャロライン(母)死す。ベンジー(三男、38歳)、ジャクソンの精神病院に送られる。
- 1940年 キャディー(長女、48歳)、パリで行方不明になる。
2002.1.9 (Wed)
▲阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』(1997)
★★★
新潮文庫 / 2000.7
ISBN 4-10-137721-9 【Amazon】
渋谷。かつて私塾でスパイ教育を受けていた映写技師の青年が、過去に起こした誘拐事件に関連する、暴力団の抗争に巻き込まれる。
話者のアイデンティティが揺らいでいく模様を日記形式で綴った小説。現実か妄想か分からなくなる展開を大いに楽しんだけれど、意識の遍在を仄めかすところが夢オチのようでいまいちだった。「信頼できない語り手」については、使い方が陳腐なのではという気がする。オチを読んでも、それがどうしたの? みたいにしか思えない。
とはいえ、主人公が巻き込まれる状況はスリリングで、現実認識のせめぎ合いには牽引力があって読ませる。過激派組織を模したかのようなコミュニティの有りようも面白い。小難しい理屈はおくとして、本作はエンターテインメント性に秀でた佳作だと思う。