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2002.1.24 (Thu)
▲ウィリアム・フォークナー『八月の光』(1932)
★★★
Light in August / William Faulkner
加島祥造 訳 / 新潮文庫 / 1967.8
ISBN 4-10-210201-9 【Amazon】
アメリカ南部の架空の町を舞台にした、ヨクナパトーファ・サーガに連なる長編。酒の密売をしていたジョー・クリスマスが、黒人を援助しているオールドミスを殺害する。クリスマスは白人と黒人の混血で、血にまつわる陰惨な過去があった。
(1) 妊娠した女が逃げた男を追って町にやってくる。(2) 混血男が痴情のもつれでパトロン女を殺害する。本作はこの2つのメロドラマが主体だけれども、例によって南部の病理を暴く容赦のない筆致が、作品全体を重厚な雰囲気で包み込んでいる。南部といえば、黒人差別の気風は空気のように染み渡っており、生活にはカルト宗教が密着している暗いじめじめした土地柄。白い頭巾を被って黒人を暴行したかと思えば、監房から囚人を引きずり出してリンチまでしている。この歪んだ情念、および土地に根付いた閉塞感は、いったい何に由来するのか。フォークナーが描くアメリカ南部は、まるで横溝正史みたいなおどろおどろしさをはらんでいる。主要人物の過去を遡って、現在に至るまでの境遇を追っていく。病的な人間はそれ相応の因果を持っているという寸法で、ほとんどの人物はいわくつきの過去を背負っている。作中には鬱々とした空気が充満しているわけだけど、ただ今回は焦点にする人物が多くて終盤はちょっとだれてしまった。たとえば、善意の牧師や州軍の大尉あたりは、さしてメロドラマに関わりがないのだから、別に過去を描かなくても良かったのにと思う。それともこれは考え方が逆で、色々なタイプの過去を描くために、メロドラマのプロットが存在するのだろうか。いずれにせよ、本作は『サンクチュアリ』とあまり変わらないような話で、これはマンネリしているのではと思った(ちなみに、ラストは好き)。
2002.1.27 (Sun)
▲ジョン・アップダイク『同じ一つのドア』(1959)
★★★
The Same Door / John Updike
宮本陽吉 訳 / 新潮文庫 / 1972.10
ISBN 4-10-205602-5 【Amazon】
短編集。「フィラデルフィアの友だち」、「追い込まれたエース」、「明日が、そして明日が、またその明日が」、「歯科医と疑惑」、「少年の口笛」、「黄昏どき」、「グリニッジ・ヴィレッジに雪が降る」、「黄色いばらを黄色にしたのは誰?」、「日曜のいらだち」、「最良のとき」、「一兆フィートのガス」、「近親相姦」、「市からの贈り物」、「仲なおり」、「鰐」、「最も幸せだったこと」の16編。
日常以上、事件未満みたいな、生活の断片を切り取った短編集。人生の流れのなかに配置されたちょっとした出来事が、何のサスペンスも生まないまま普通に進められていく。特に主張も事件もないのだけど、言葉にしづらい落ち着いた味わいがあって目が離せない。どちらかというと、文芸誌よりはファッション誌にでも載ってそうな内容だった。
ただ、これは雑誌連載なら、他の執筆陣との対比効果があって良いかもしれないけれど、短編集としてまとめると、この作風で16編はきついよなあと思う。正直、途中で飽きたし退屈だった。
以下、各短編について。
「フィラデルフィアの友だち」"Friends from Philadelphia"
貧乏な家庭の少年が、金持ちの少女の家に遊びに行く。そこで車を借り、少年、少女、少女の父の3人で、酒屋までドライブする。
学歴はあるが貧乏な家庭と、学歴はないが裕福な家庭。後者の主人が不遜な態度をとっていて憎たらしい。経済的な格差について少年に嫌味を言っているし、全体的に無神経な対応をしている。で、本作はラストが印象的。過剰なお釣りと高級な酒は、様々な感情(コンプレックスと優越感と好意)が混ざっているようで余韻がある。
「追い込まれたエース」"Ace in the Hole"
失業したばかりのエースが妻子のもとに帰宅する。
高校時代にうち立てたバスケの記録が、未だ破られていないエース。終盤の楽観的なムードが良い。
「明日が、そして明日が、またその明日が」"Tomorrow and Tomorrow and So Forth"
高校の国語教師が、『マクベス』のワンフレーズについて生徒に質問する。
教師と生徒の駆け引きが面白い。生徒は教師に全能感を求めているから、それが崩れると権力関係が転覆しかねないのだな。嗅覚の鋭い生徒たちを相手にするのは大変そうだ。バカにするようなことを言ってはいけないし、舐められないよう常に気を張ってなければならない。
「歯科医と疑惑」"Dentistry and Doubt"
イギリス。神学を専攻するアメリカ人留学生が、現地の歯科医にかかる。
たかだかドリル治療で、神とか悪魔とか考えるアメリカ人が可笑しい。
「少年の口笛」"The Kid's Whistling"
クリスマスを三週間後に控えたある日。看板描きの男がアルバイトの少年と残業をする。
これは特に言葉にしづらい短編だった。現場に男の妻がやってきて、ちょっとしたやりとりがあって、彼女は去っていく。男の心理の変化、少年が口笛を辞めるという変化、その辺りに情緒を感じた。
「黄昏どき」"Towards Evening"
男がバスで帰宅して、夕食をとって、夜景を圧するネオンサインを眺める。
ごく普通の繰り返される日常が、黄昏の風景に収斂されるのが良かった。
「グリニッジ・ヴィレッジに雪が降る」"Snowing in Greenwich Village"
引っ越したばかりの夫妻が、近所に住む女性を家に招待する。
少し人生を掘り下げて、最後はすれ違う。締めの一文が強い印象を残す。
「黄色いばらを黄色にしたのは誰?」"Who Made Yellow Rose Yellow ?"
久しぶりに再開した2人の男の会話。
戦争にいった裕福な男、障害で兵役を免除された男。後者が同世代からちょっとした疎外感を受けるというのはよく分かる話だ。
「日曜のいらだち」"Sunday Teasing"
日曜日。クリスチャンの夫妻が、友人のユダヤ人を自宅に招いて会話する。
宗教的な習慣や小説評などを巡って、夫婦間の溝が浮き彫りになる。人間は完全に分かり合えないってか?
「最良のとき」"His Finest Hour"
アラビアに魅せられた夫と、そんな彼のごく普通の妻。2人は近所のDV事件を警察に通報する。
珍しく(というか、本書で唯一)「事件」が起きたけれども、例によってすぐに日常に戻る。
「一兆フィートのガス」"A Trillion Freet of Gas"
イギリス人の会合にやってきたアメリカ人が、自分が所有するガス田について話す。
日本人からすればアメリカ人もイギリス人も大して変わらないと思うけど、実はれっきとした差異があるのだなあ。立派な異文化コミュニーケションものになっている。高慢なイギリス人に対する、アメリカ人のユーモアが面白い。
「近親相姦」"Incest"
子持ち夫婦の肖像。
とりあえず、タイトルから想像されるような不穏な内容ではなかった。
「市からの贈り物」"A Gift from the City"
裕福な夫妻のもとに黒人の青年がやってくる。7人の子供を抱えているということで、夫は彼に金を貸す。
明らかに騙されてるのだけど、慈悲心全開の夫は金を出してしまう。他人の善意につけ込み、3度も訪問してくる黒人はいい度胸している。さすが荒野のアメリカって感じ。
「仲なおり」"Intercession"
新聞漫画のアイデアマンと、金持ちの少年がゴルフをする。
「ポール」と「ボール」と「ホール」が入り乱れていて読みづらかった。
「鰐」"The Alligators"
少年が転校生の少女と仲良くなる。
空気を読んでない言動からいじめに遭う少女だけど、そんな彼女がクラスの女王という。まー、何となく分かる。
「最も幸せだったこと」"The Happiest I've Been"
大学生たちが新年会へいく。
車の運転に仮託して女性との前途を想う、っていうのがなかなか。
2002.1.29 (Tue)
▽ポール・オースター『幽霊たち』(1986)
★★★★
Ghosts / Paul Auster
柴田元幸 訳 / 新潮文庫 / 1995.3
ISBN 4-10-245101-3 【Amazon】
私立探偵のブルーが、ホワイトからの依頼でブラックなる男を監視する。変化のない日常を目の当たりにするうちに、ブルーは様々なアクションを起こす。
『インディヴィジュアル・プロジェクション』を読んでなぜか思い出したので再読。これもアイデンティティに関連した話だけど、『インディヴィジュアル〜』とは違って三人称視点で書かれている。物書きの孤独というのか、人間存在の悲哀というのか。いずれにせよ、都会派らしい淡々とした筆致でブルーの探索行を追っている。
ホワイトはホワイトであるがゆえに、ブルーにもブラックにも染まることができる。アイデンティティをテーマに据えるにあたって、キャラクターを色で表すという発想が良い(余談だが、このアイディアをタランティーノが借用したのは有名。『レザボア・ドッグス』で使われている。)。
ところで、訳者あとがきで柴田元幸が、『シティ・オヴ・グラス』のことをわざわざ『ガラスの街』と表記しているのが気になる。ケンカでも売ってるのだろうか? あと、それに伊井直行がちゃっかり便乗して柴田に媚びてるのも気になる。