2002.2a / Pulp Literature

2002.2.2 (Sat)

ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』(1990)

本当の戦争の話をしよう(110x160)

★★★★
The Things They Carried / Tim O'Brien
村上春樹 訳 / 文春文庫 / 1998.2
ISBN 4-16-730979-3 【Amazon

著者のベトナム戦争体験にちなんだ連作短編集。全22編。

戦争によって蒙った心理的影響や、ストーリーについての自己言及などを主体にしている。「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるけれど、本書の姿勢はそれとは逆。事実で得た「感覚」をそのまま読者に伝えるため、積極的にストーリー(作り話)を利用している。要するに、事実だけでは当事者以外にニュアンスが伝わらないということなのだろう。本書はこういった物語ることへの意識的な態度が興味深い。

以下、各短編について。

「兵士たちの荷物」"The Things They Carried"

部隊を率いる中尉が、女学生からの手紙を焼き、ある決意をする。

兵士たちが携帯する装備・小道具・嗜好品などが、すべて「重さ」に変換されるところが大迫力だった。ジャングルブーツは1キロ、地雷探知機は12.5キロ、着色発煙弾は700グラム、手紙は30グラム……などなど、執拗に重さが示される。軍の補給線はしっかり機能しており、前線でも物資が絶えることはない。本作は物質文明の特色をよく捉えた小説だと思う。

「愛」"Love"

戦争から帰ってきてずいぶん経った後のこと。作家ティム・オブライエンのもとに前述の中尉がやってくる。

「スピン」"Spin"

戦後から振り返る記憶の物語。

「レイニー河で」"On the Rainy River"

大学を卒業したばかりの語り手のもとに、徴兵通知が舞い込んでくる。

これは素晴らしい。傑作。徴兵を忌避したい語り手は、カナダとの国境付近に車を飛ばし、現地の観光宿で81歳の老人と出会う。すべてを捨ててカナダへ逃げるか、それともこのままアメリカに留まるか、彼の前で人生最大の選択をする。老人はすべてを見通した聖者みたいな存在で、さりげなく語り手をサポートしてやる……。これは死のリスクを抱えた人間ならではの切実さと、そんな悩める若者を見守る暖かさが同居していて、かなりくるものがあった。語り手の背中を押さず、本人の選択に任せているところが良い。

「敵」"Enemies"

前線で兵士同士が殴り合いのケンカをする。そして、怪我を負わせたほうに精神の失調が……。

わずか3ページの小品だけど、結末のインパクトが凄かった。これはとんでもないブラック・ユーモアだ。

「友人」"Friends"

前作でケンカした2人が和解して相棒になる。そして、どちらかが重傷を負ったら無事な方が始末をつけるよう約束するが……。

これもわずか3ページの小品。死を前にしたこの心理は分かる分かるという感じで余韻がある。

「本当の戦争の話をしよう」"How to Tell a True War Story"

語り手が本当の戦争の話をする。本当の戦争の話は全然教訓的でないとか。

「歯科医」"The Dentist"

歯医者嫌いの男が歯医者に掛かって気絶する。

「ソン・チャボンの恋人」"Sweetbeart of the Song Tra Bong"

輸送機に忍び込んだ女学生が前線に入り込む。そこで彼女は兵士としての喜びに目覚める。

収録作のなかでもっともフィクション度の高そうな話だった。戦場に適応しまくりの女学生がおっかない。何せグリーンベレーに混じってるからなあ……。

「ストッキング」"Stockings"

恋人のストッキングを首に巻いている男は、その御利益で戦場を生き延びていた。

ここまで不死身ならゲンをかつぎたくなるぜ、という感じ。ラスト一行が洒落ている。ユーモラスな雰囲気もグッド。

「教会」"Church"

2人の僧侶が住む廃墟同然のパゴタ。兵士が彼らの世話になる。

マシンガンの手入れをする僧侶たちが良いね。

「私が殺した男」"The Man I Killed"

語り手がベトコンを手榴弾で爆殺したのを後悔する。

通常の戦闘行為の最中だったらまだしも、今回は通りすがったところを不意打ちしたのだからやりきれない。戦場とはいえ、正当性のない殺人は後味が悪いし、またあったとしても平静ではいられないだろう。

なお、本作と「待ち伏せ」は緊密に結びついた連作なので、ここでは一纏めにして語った。

「待ち伏せ」"Ambush"

上記を参照。

「スタイル」"Style"

焼け落ちた村で躍る14歳の少女。

「勇敢であること」"Speaking of Courage"

糞溜め野原で野営しているところに迫撃砲を撃ち込まれる。

勲章をもらい損ねた理由が凄まじい。文字通りの糞地獄でとんでもない悲劇が……。こういう体験は一生あとをひくのだろう。

それと車での移動を軸として、記憶を過去へ遡らせる構造が面白い。空間の移動と時間の移動の組み合わせは、とても相性が良いと思う。

「覚え書」"Notes"

「勇敢であること」の制作秘話。

「イン・ザ・フィールド」"In the Field"

「勇敢であること」の続き。部隊の連中が死体を探す。

複数人物がそれぞれ自責の念に駆られる話だけど、これは説明のしすぎだと思う。感傷の度合いが強くて、あまりのめり込めなかった。人の心を揺さぶるにはある程度の洗練が必要なのだ。

「グッド・フォーム」"Good Form"

お話(ストーリー)の力について。

「フィールド・トリップ」"Field Trip"

「イン・ザ・フィールド」を書いてから数ヶ月後。語り手が娘を連れてヴェトナムへ行く。

「ゴースト・ソルジャーズ」"The Ghost Soldiers"

後方勤務になった語り手が、遺恨の残る相手に復讐する。O・ヘンリー賞。

正常な精神状態から逸脱して、彼岸の世界へいく模様に臨場感がある。

「ナイト・ライフ」"Night Life"

精神の均衡を失った兵士が銃を使って……。

「死者の生命」"The Lives of the Dead"

お話(ストーリー)によって死体は生命を与えられる。

2002.2.5 (Tue)

ビル・プロンジーニ『復讐』(1985)

★★★
Quicksilver / Bill Pronzini
高見浩 訳 / 新潮文庫 / 1985.6
ISBN 4-10-216307-7 【Amazon

名無しのオプ・シリーズ。日系人女性(人妻)のもとに、匿名で高価なアクセサリーが次々と送られてきた。差出人は彼女の崇拝者なのか? ダイエットに汲々とするオプが調査する。

日系人社会が題材なのは、新潮社の依頼によるもので、本作は日本人向けの書き下ろし小説とのこと。オプが寿司を食ったり、日本式浴場に出向いたり、YAKUZAに尾行されたり、そういう日本情緒がたっぷり感じられる。また、顧客へのサービスなのだろう、作中には日本人を持ち上げる記述がはっきりと見られる(具体的にはp.22)。

事件のメカニズムはそれほど大したものではなく、むしろ発表当時の水準から見ても、安易で古めかしいことに間違いはないだろう。けれども、本作はオプのユーモラスなダイエットへの取り組みと、血なまぐさい事件の組み合わせが抜群に良くて、読み物として一定の質を保っている。いわゆる「ネオハードボイルド」は、たとえ焦点になる事件に瑕瑾があったとしても、探偵の私生活の描写さえしっかりしていれば何とかなってしまう。本作はその好例だと思う。

2002.2.9 (Sat)

竹本健治『ウロボロスの基礎論』(1995)

ウロボロスの基礎論(98x160)

★★★
講談社ノベルス / 1997.9
ISBN 4-06-181980-1 【Amazon

『ウロボロスの偽書』の続編。笠井潔、法月綸太郎、綾辻行人、小野不由美など、「新本格」周辺の作家が巻き込まれる「うんこ事件」。その風変わりな現実を描きながら、麻生邸で起きた殺人事件の模様が挟み込まれる。

現実の作家たちを活字世界に取り込んだ小説。著者の竹本が作家たちとの交流を連載のネタにするという、日常に即した枠組みになっている。これは世界的にも珍しい試みなんだろうと思う。ただ、本作はその前代未聞の営為よりも、実名小説としての価値のほうが高く、全体としては何とも評価しづらい。既成の形式からはみ出そうという意気はよしとしても、終盤で発揮される自己言及的なケレン味は、テーマを消化しきれないことへの誤魔化のように見える。プロレスでたとえるなら投げっぱなしジャーマン(?)であり、詰め込むだけ詰め込んであとは適当に切り上げただけとしか思えない。

まあ、実験的な部分はともかく、実名小説としてなら文句無しで面白い。特に笠井潔の扱いが白眉で、うんこについて本質直観するくだりと、事件に深くコミットする場面には、不覚にも大笑いしてしまった。本作の笠井は矢吹駆ばりの超然とした人物として描かれており、周囲からはデキル奴として相当の敬意を払われている(近づきがたい雰囲気もある)。前述のシチュエーションは、そんな人物像とのギャップが凄くてとても可笑しい。「スウィフト的うんこ」とか、「ラブレー的うんこ」とか、いつもの調子で大真面目にうんこの分析をしている。

他の人物だと、法月綸太郎と中井英夫の扱いも良い。法月は憂愁をたたえた暗い青年だし、中井は「うんこ事件」での位置づけが……。つまり、推理合戦の中で中井犯人説が出てくるのだけど、その内容が恐ろしく失礼で、本人が読んだら怒るんじゃないかというくらいぶっ飛んでいる。図式としては、「笑点」の楽太郎が円楽師匠を弄っているような感じか(楽太郎=竹本、円楽=中井)。しかし、本作は「笑点」と違って本人の了解をとってなさそうな雰囲気で、聖域に侵入したが如きスリリングな味わいがある。