2002.3c / Pulp Literature

2002.3.22 (Fri)

ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』(1936)

アブサロム、アブサロム!〈上〉(96x140)

★★★★★
Absalom, Absalom! / William Faulkner
高橋正雄 訳 / 講談社文芸文庫 / 1998.6
ISBN 4-06-197621-4 【Amazon
ISBN 4-06-197623-0 【Amazon

アメリカ南部の架空の町を舞台にした、ヨクナパトーファ・サーガに連なる長編。南北戦争前に流れてきたトマス・サトペンが、インディアンから土地を収奪して農園を経営するようになる。その後、結婚して子供が生まれるも、彼が一代で築いた小世界は崩壊していく。

『響きと怒り』と双璧をなす実験的小説。クェンティン・コンプスンがローザ・コールフィールドと父の2人からサトペン家の逸話を聞き、それをベースにして、今度は大学の友人シュリーヴと共に事実を再構成していく。つまり、サトペン家2代に渡る興亡の様子が、複雑な手続きを経て語られるということだ。時間軸が入り組んでいるうえに、語りのレベルが錯綜するのでとても読みづらいのだけど、それでも記憶がトリップする例の技法がなかったので、『響きと怒り』よりは楽に読むことができた。

異母兄妹が交わる近親相姦の危機と、黒人の血が混じる純血崩壊の危機。物語はこの2つを大きな柱にして、南部独特の暗鬱とした風景を現出させる。風のようにやってきて南部に根を張ったサトペンは、英雄的な風貌を想起させる謎めいた人物なのだけど(そう思うのは私だけか?)、物語が進んでいくことで徐々にそのベールが剥がされていく。特に中盤で明かされる彼の生い立ちは、この小説の山場の一つと言ってもいいだろう。黒人の使用人にあしらわれた少年サトペンが、殺害の可能性を滲ませつつ自問自答をし、極めて論理的な思考を巡らせる。この内的な葛藤を描いたシーンは、「意識の流れ」の作用もあって圧巻の一言だった。

それにしても、サトペンは黒人の血を嫌ってわざわざ離婚したのに、最後に残った血族が掛け値なしの黒人(ジム・ボンド)というのが何とも皮肉である。南部では黒人の混血よりも近親相姦のほうが遙かにマシであり、その価値観はサトペンのみならず、比較的リベラルなヘンリーでさえも共有している。そして、物語の終幕では、そんな白人至上主義を嘲笑う不吉な予測が、クェンティンの学友(シュリーヴ)の口から飛び出してくる。そのダイナミックな視点の転換、今を遠い過去のものにする巨視的な展望が、逆説的に白人のアイデンティティを浮き彫りにしている。

以下、本作の年表。

  • 1807年 トマス・サトペン生まれる。サトペン家は、ウエスト・ヴァージニア州に住むスコットランド系イギリス人の家系で、貧乏な大家族だった。
  • 1820年 黒人の使用人から門前払いを食ったサトペン、金持ちになるべく家出する。
  • 1827年 サトペン、ハイチにて砂糖農園主の娘であるユーレリア・ボンと結婚する。
  • 1829年 チャールズ・ボン生まれる(サトペンとユーレリアの息子)。
  • 1831年 サトペン、妻に黒人の血が混じっていることを知って離婚する。
  • 1833年 サトペン、黒人を引き連れてヨクナパトーファに移住する。
  • 1834年 クライティ生まれる(サトペンと奴隷女の娘)。
  • 1838年 サトペン、商店経営者の娘であるエレン・コールフィールドと結婚。
  • 1839年 ヘンリー・サトペン生まれる(サトペンとエレンの息子)。
  • 1839年 ジューディス・サトペン生まれる(サトペンとエレンの娘)。
  • 1845年 ローザ・コールフィールド生まれる(エレン・コールフィールドの妹)。
  • 1850年 ウォッシュ・ジョーンズ、娘のメリセントと共にサトペン農園に住みつく。
  • 1853年 ミリィ・ジョーンズ生まれる(メリセントの娘)。
  • 1859年 ミシシッピ大学に進学したヘンリー・サトペン、チャールズ・ボンと知り合う。ジューディスとボン、クリスマスに会っていい仲になる。チャールズ・エティエンヌ=サン=ヴェレリー・ボン生まれる(チャールズ・ボンと混血女の息子)。
  • 1860年 ジューディスとボンが婚約。しかしそれにサトペンが反対し、顛末を知ったヘンリーが父子の縁を切って家出する。
  • 1861年 サトペン出征(のちにミシシッピ歩兵連隊の少佐)。ヘンリーとボンも出征(ミシシッピ歩兵連隊の兵卒)
  • 1862年 エレン・コールフィールド死す。
  • 1865年 ヘンリー、ボンを射殺する。
  • 1866年 サトペン、ローザ・コールフィールドと婚約。前年にサトペン荘園に移っていたローザは、この年、サトペンに侮辱され実家に帰る。
  • 1869年 サトペンとミリィの子が産まれるも即日死去。ウォッシュ・ジョーンズ、サトペンを斬殺する。
  • 1871年 チャールズ・エティエンヌ=サン=ヴェレリー・ボン、サトペン荘園に移り住む。
  • 1879年 チャールズ・エティエンヌ=サン=ヴェレリー・ボン、黒人女と結婚する。
  • 1882年 ジム・ボンド生まれる(チャールズ・エティエンヌ=サン=ヴェレリー・ボンと黒人女の息子)。
  • 1884年 ジューディス死す。チャールズ・エティエンヌ=サン=ヴェレリー・ボン死す。
  • 1910年 ローザ・コールフィールドとクェンティン、サトペン屋敷でヘンリーを発見(9月)。クライティ、屋敷に火を放つ(12月)。

>>Author - ウィリアム・フォークナー