2002.4c / Pulp Literature

2002.4.22 (Mon)

ドロシー・L・セイヤーズ『箱の中の書類』(1930)

箱の中の書類 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)(93x160)

★★★
The Documents in The Case / Dorothy L. Sayers
松下祥子 訳 / 早川書房 / 2002.3
ISBN 4-15-001713-1 【Amazon

男がキノコの毒で死亡した。一度は事故死で片付けられたものの、不審に思った息子が、関係者の手紙を収集して証拠書類を作成する。

著者のノンシリーズ作品。70年も経って邦訳された。「箱の中の書類」とは、息子が収集した書類(手紙・供述書・覚え書きなど)が、一つの箱に収められていることに由来する。

書簡形式の前半は、人によって物事が歪曲される、叙述の不正確性が表れていて面白い。記述者が「事実」として書いていることは、ホントに「事実」なのだろうか? 記述者にとって都合良く歪曲されているのではなかろうか? そういった疑惑を踏まえながら、登場人物たちの主観のぶつかりあいが繰り広げられる。

つまらなくはないけど後半がねえ……。どちらかというと形式に惹かれるものがあったので、後半に出てくる供述書がほとんど小説になっていて残念だった。

2002.4.25 (Thu)

プラトーン『ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン』(B.C.390?-)

ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン(111x160)

★★★
Apologia Sokratous, Kriton, Phaidon / Platon
田中美知太郎 池田美恵 訳 / 新潮文庫 / 1968.8
ISBN 4-10-202701-7 【Amazon

ソクラテスの最後を追った連作。「ソークラテースの弁明」、「クリトーン」、「パイドーン」の3編。

岩波文庫版は1作品で1冊なので、3作を収録した本書はお買い得かもしれない。

以下、各作品について。

「ソークラテースの弁明」

青年を誑かしたとして訴えられたソクラテスが、被告として熱弁を振るう。

芸術家について語っているところが面白い。

彼らがその作品を作るのは、自分の知恵によるのではなくて、何か生まれつきのままのものによるのであり、神がかりにかかるからなのであって、それは神の啓示を取りつぎ、信託を伝える人たちと同じようなものだということです。なぜなら、この人たちもまた、結構なことを、いろいろたくさん口で言うけれども、その言っていることの意味を、何も知ってはいないからだ。(p.24)

「小説家には小説が分からない」と知人がぼやいていたけれど、つまりはこういうことなのだろう。考えていることとできあがったものは違うし、そもそも思想や哲学なんてのは後付けの理屈にすぎない。良き書き手が良き読み手にならないのは、作家が選考員を務める文学賞を見れば明らかだ。小説家が小説を語るなんて、おこがましいにも程がある。

「クリトーン」

クリトンがソクラテスの独房を訪れ、脱獄を勧める。

大衆について語っているところが面白い。

大衆というものが、そういう最大の災悪をつくり出すことのできるものだったらねえ。そうすれば、また善福も、最大のものをつくり出すことができたろうからね。そうだとしたら、結構なことだろうよ。しかし実際は、どちらもできはしないのだ。彼らは人を賢くすることもできなければ、また愚かにする能力もありはしない。彼らのすることは、何にしても、その場かぎりのことなのだよ。(p.91)

これは村上春樹の短編「沈黙」(『レキシントンの幽霊』所収)に通じるものがある。もう民主主義なんて止めたほうがいいね。

「パイドーン」

ソクラテスの処刑前の様子を語る。

肉体と魂の分離については、科学の発展で無効化された発想なので、真面目に筋を追う気が起こらない。全体的にソクラテスの論証って、ピント外れの屁理屈にしか思えないんだよね。論理的には正しいけれど、実際には酷く間違っているというか。どうも私には哲学は向いていないようだ。

戦争も内乱も戦いも、みんな肉体とその欲望が起すものではないか。なぜならすべての戦争は物の獲得のために起るのだが、われわれが物を獲得しなければならないのは肉体があるためであり、奴隷のように肉体に奉仕しなければならないためである。(p.152)

「肉体が魂の牢獄になっている」ってやつか。意識だけで生きられればそれが一番だ。