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- 02 : 法月綸太郎『頼子のために』(1989)
- 05 : アーネスト・ヘミングウェイ『ヘミングウェイ短編集(二)』
- 06 : 斎藤美奈子『戦下のレシピ』(2002)
- 08 : 戸梶圭太『トカジノフ』(2002)
- 10 : 法月綸太郎『密閉教室』(1988)
2002.9.2 (Mon)
▲法月綸太郎『頼子のために』(1989)
★★★
講談社文庫 / 1993.5
ISBN 4-06-185401-1 【Amazon】
17歳の娘を殺された父が、独自の調査で犯人を特定し、彼の家に押しかけて刺殺。その後は薬を飲んで自殺を図り、犯行の経緯を綴った手記を残した。その手記に疑いを持った法月綸太郎が、醜聞もみ消しに利用される形で事件に関わることになる。
『誰彼』【Amazon】に続く長編4作目。著者は「新本格」の中では一番文章が上手い人で、本作もさくさく読ませる小説ではあるのだけれど、リアリズム路線にパズラーを載せようという試みが中途半端に思えて物足りなかった。たとえば、事件を巡る人間模様というのが普通の新本格の枠内であるため、せっかくの見せ場だったロス・マク風のオチも、描写が足りず中途半端になっている。特にあのオチは、具体的なエピソードに拠らず、綸太郎の憶測でものを語り過ぎていて共感しにくい(それどころか、ロス・マクの安易な引用という印象も否めない)。この小説は結末が「重い」という触れ込みだったけれど、実際に読んでみたらそんなことはなくて、かなり表面的な「重さ」だった。
捜査の進展によって屈折した人間関係が明るみに出てくる筋運びは大いに楽しめた。リアリズム路線にしては作り物めいた嘘臭さが目立つけれど、逆にその記号的な割り切りが、ジャンルとしての安心感を生んでいると思う。特に被害者女性の隠れたエピソードが凄まじく、女性性を母体として徹底的に利用するところは、まさに「本格ミステリ」の面目躍如といった感じで好ましい。物足りないながらも、一応はこのジャンルならではのスリルが味わえた。
2002.9.5 (Thu)
▲アーネスト・ヘミングウェイ『ヘミングウェイ短編集(二)』
★★★
大久保康雄 訳 / 新潮文庫 / 1970.6
ISBN 4-10-210002-4 【Amazon】
短編集。「五万ドル」、「十人のインディアン」、「贈りもののカナリア」、「アルプスの牧歌」、「追想レース」、「身を横たえて」、「清潔な明るい店」、「世の光」、「海の変化」、「スイス礼賛」、「死者の博物誌」、「ワイオミングの葡萄酒」、「父と子」、「フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯」の14編。
ヘミングウェイらしいストイックな文体の短編集。しみじみとした味わいだったり、ガツンと強烈な事件が起きたり、色々な趣向の短編が入っている。
以下、各短編について。
「五万ドル」"Fifty Grand"
アイリッシュ・ボクサーのジャックが、自分より格上と思しき相手と試合をする。
家族と会いたがったり、不眠症に悩んだりする試合前の描写も良いが、不屈の闘士といった感じの、試合の描写も素晴らしい。相手の勝ちに5万ドルも賭けるほど弱気なのに、ただで負けるような真似をしないと思っているジャック。勝てないのは分かっているが、ノックアウトだけは食らいたくない。試合に負けて勝負に勝った、みたいな結末が良い。与えられた制約のなかで最大限の身の処し方をしているというか。★★★★。
「十人のインディアン」"Ten Indians"
ニック・アダムスもの。ニックにはお気に入りのインディアンの女の子がいたが、何と彼女は同年代の男と楽しく談笑していた。
独立祭から帰ってきた後の一コマを描いた話。正直、荷馬車に揺られた前半部分(インディアンがどうたら)は意味が分からなかったが、それでも失恋を思い出すラスト一行に感心した。これは『ジョジョ』第1部の元ネタにもなっている。★★★。
「贈りもののカナリア」"A Canary for One"
フランスを走る汽車の中。カナリアを連れたアメリカ婦人が、旅行中のアメリカ人夫婦と会話する。
婦人の話をひっくり返すような皮肉的なオチ。夫婦の立場からすると、この会話はかなり困ったものだったろうな。★★★。
「アルプスの牧歌」"An Alpine Idyll"
スキーにやってきた観光客が、地元の異様な逸話を聞かされる。妻を亡くした農夫が、雪解けを待って死体を運んできたが……。
尾鰭のついた噂話みたいだけど、このくらいのことなら本当にありそうで怖い。地元の人間には憂うべき話でも、観光客にとっては朝飯前の余興に過ぎない。★★★。
「追想レース」"A Pursuit Race"
ヤク中&アル中になった自転車レースの選手と、彼の雇い主との会話。
治療を勧める雇い主は良い奴だし、人生で価値あるものを心得たラストも気が利いている。そういえば、眠りを大切にするのってサリンジャーの短編にもあったような気がする。いずれにせよ、雇い主は良い奴だ。★★★。
「身を横たえて」"Now I Lay Me"
ニック・アダムスもの。出征中のニックは不眠症で眠れず、少年のころの鱒釣りを思い出していた。しばらくして当番兵と会話する。
結婚を信奉する当番兵と、独り者のニック。娘たちのことを考えてもそれがすぐに鱒釣りに戻ってしまうのは、戦争で異性どころじゃないってことなのか。それとも、まだ大人になりきれていないことの証左なのか。★★★。
「清潔な明るい店」"A Cliean, Well-Lighted Place"
深夜のカフェ。明け方まで粘りそうな老人を、早く家に帰りたい給仕が追い返す。
給仕は2人。若いほうが早く家に帰りたくて、年取ったほうが虚無的な感情に取り憑かれている。孤独な夜を清潔で明るい店で紛らわすとか、そんな感じなのか。★★★。
「世の光」"The Light of the World"
酒場を出た2人の旅人が、駅の待合室にやってくる。そこで先客と会話。
不在の男性を巡る淫売同士の口喧嘩が面白い。女3人ぶんの体重を誇る大女が可愛く見えるというのは、恋する女はオーラが出るってことなのだろう。何か聖性を獲得してるっぽい。★★★。
「海の変化」"The Sea Change"
揉めてるらしい男女の会話から始まる。
最初から最後まで状況説明なしでシーンを描き出す。具体的に何が起こっていたのかは分からないけれど、男が別人に変化したことだけははっきりと分かる。まさに氷山の一角って感じの話で良い。★★★★。
「スイス礼賛」"Homage to Switzerland"
駅のカフェから始まる3つのストーリー。
ストーリーが変わるごとに主人公が女給から離れていく。1番目と2番目は変奏曲といった感じでかなりの共通性が見られるけど、3番目だけはまるで違う。★★★。
「死者の博物誌」"A Natural History of the Dead"
戦場に散らばる死体たちの様子。
これまた凄まじい、一人一円の命の世界だった。死者の素描の後、生者のエピソードに焦点が移る。兵器の発達は戦争からロマンチシズムを奪ったのだな、と月並みな感慨を抱く。★★★。
「ワイオミングの葡萄酒」"Wine of Wyoming"
禁酒法時代のアメリカ。ヨーロッパから狩猟にやってきた男と、地元の一家との交流。
ちょっとしたボタンの掛け違いによって、充足した別れができなくなる話。素晴らしい。こういうのって、もてなす側ももてなされる側もお互いに後悔するのだな。あのとき、あーしとけば良かった、みたいに。「一期一会」という言葉を思い出す。★★★★。
「父と子」"Fathers and Sons"
ニック・アダムスもの。38歳になったニックが息子を連れてドライブし、自分が子供だった頃の思い出に浸る。
子供だったニックが、今度は父親になって登場。インディアンの姉弟と遊んでたとか。マスターベーションしたら気が変になるって、父はカトリックなのか。★★★。
「フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯」"The Short Happy Life of Francis Macomber"
アフリカ。金持ちの夫と美貌の妻が、ガイドを雇って猛獣狩りをする。夫は手追いのライオンを追いつめる際、適当逃亡をしてその場にいた全員の軽蔑を受けた。
これは傑作。夫とガイドの心理はわりと克明に描写されるのに、妻の心理だけ描写されないというのが面白い。狩りの場では女は異物であり、男を惑わす悪魔的な存在なのだな。夫の成長ぶりはけっこう感動的。未来を期待させるが故にあの事故はショッキングだし、また事故後のガイドの勘違いぶりもやりきれない。★★★★★。
2002.9.6 (Fri)
▼斎藤美奈子『戦下のレシピ』(2002)

★★
岩波アクティブ新書 / 2002.8
ISBN 4-00-700037-9 【Amazon】
戦時中の日本の料理事情を紹介した本。カラー写真で当時のレシピを再現した料理も掲載している。
当時の日本は食糧を海外からの輸入に頼っていた。戦争に突入し、輸入に使用していた船舶を軍事に回すようになると、徴兵による労働力の削減も相俟って食糧不足に陥った。そのような状況下で、当時の主婦のバイブルであった婦人雑誌が、限られた食材で効率よく料理をするよう、主婦たちを指導していく。本書では主にそのレシピの変遷を追っている。レシピの創意工夫ぶりや、婦人雑誌のイデオロギー記事など、当時の世相を炙り出しているところが興味深い。
ただ、本書は「無難な仕事をしました」感が否めなくて、斎藤節というべきいつもの歯切れの良さが消えている。これは題材に問題があるのだろうか? 著者は一貫してニッチを追及してきた人だけど、今回はあまりにニッチでぬるすぎると思う。
2002.9.8 (Sun)
▽戸梶圭太『トカジノフ』(2002)

★★★★
角川書店 / 2002.8
ISBN 4-04-873384-2 【Amazon】
短編集。「ターゲット508」、「Jの利用法」、「七合目」、「二十八歳の事情」、「交番トライアングル」、「くるまびと」、「鳩殺し」、「二種族激突」の8編。
全編ハズレ無しのお買い得な短編集だった。いつも通り、古谷実の漫画(*1)に出てきそうな、激安人間たちが暴れまくっている。
登場人物については、たとえば藤原伊織なんかとは対極関係にある存在だと思う。藤原ワールドでは、一見すると安い人間が実は聡明な奴だったというパターンが王道である。それが戸梶ワールドになると、安い奴はとことん安い、ある種の使い捨てキャラクターに特化する。この非情ともいえる救いのなさが最高なのだ。
以下、各短編について。
「ターゲット508」
ヤクザたちのチェイス。
複数の登場人物を交錯させる映画的な手法を用いている。手法自体は『溺れる魚』や『アウトリミット』でお馴染みだけど、今回はそれがより先鋭化されていた。
「Jの利用法」
空手マン vs ボクサー in コンビニ。
これと「鳩殺し」は筒井テイストが濃いと思う。
「七合目」
富士山の七号目にサラリーマン風の男が。
観察者の立場にある夫婦が妄想的推理を繰り広げる。本格ミステリ小説を嘲笑している、というのは穿ち過ぎだろうか。しかし、外人ネタはあまり面白くない……。
「二十八歳の事情」
アイディアノートにキャラクターを描く女性。
終盤の悪口のオンパレードには笑った。「激安女」や「一円人間」など、言葉のセンスが素晴らしい。
「交番トライアングル」
巡査、女、ストーカーの歪んだ三角関係。
お得意の変態性欲描写が冴えわたる。
「くるまびと」
車で生活する人々。
これもお得意の変態性欲描写が冴えわたる。この指導者の俗物ぶりは、オウム真理教やそれをモチーフにした『闇の楽園』を彷彿とさせる。
「鳩殺し」
鳩殺し請負人。
ドタバタ劇。偽善的なものをバッサリ斬り捨てる姿勢には清々しささえ感じる。
「二種族激突」
失恋した女性がヤンキー女に誘拐される。
ヤンキー女の安さが堪らん。こういう女、実際にいてもおかしくない。
2002.9.10 (Tue)
▽法月綸太郎『密閉教室』(1988)
★★★★
講談社文庫 / 1993.5
ISBN 4-06-184990-5 【Amazon】
私立高校の教室で男子生徒の死体が発見される。教室は密室状態で、さらに机と椅子が全て消えていた。同級生の男が探偵役を務める。
ロマンチストや悪徳高校生など、登場人物があり得ないようなキャラなのに苦笑しつつ、高校が舞台ということで、男女関係が青春していて面白かった。殺人を巡る人間模様を描きだしながら、最後はほろ苦い味わいに落とすところが良い。本作を読んだ段階で既にこの著者の小説は何作か読んでいるけれど、一貫してモチーフになっているのは、女は怖い、つまり男性による女性恐怖だと思う(ロスマク流?)。
机と椅子が全て消えていたというトリックは、トリック自体はあまり感心できるものではないにしても、そのトリックを使わずにいられなかった状況というのが面白い。担任教師が現場に侵入したり、必死に自殺説を唱えたり、何かもうこれ見よがしに怪しくて、パズラーとしてはかなり薄い印象がある。けれども、これが人間模様を描くにはちょうど良い薄さで、青春ミステリとして肩肘張らずに読むことができる。殺人という特殊な状況下で試行錯誤する、ある意味で無垢な若者。そんな彼に感情移入する小説というか。
探偵小説での事件解決には、犯人による自白(=名探偵の推理肯定)が不可欠であり、それがなければ神のごとき名探偵はその地位を剥奪される。この手法は今読むには古いけど、しかしこれがあるからこそラストでほろ苦い味わいが生まれている。探偵役のワイズクラックがださいのも、等身大の高校生といった感じで好ましい。