2002.9b / Pulp Literature

2002.9.14 (Sat)

莫言『酒国』(1992)

酒国―特捜検事丁鈎児の冒険

★★★
Jiuguo / Mo Yan
藤井省三 訳 / 岩波書店 / 1996.10
ISBN 4-00-023309-2 【Amazon

3つのテキストが交互に展開する形式。(1) 飲んべえ都市・酒国市で、共産党の幹部らが丸焼きにした嬰児をご馳走として食しているという。事実関係を明らかにすべく、特捜検事の丁鈎児(ジャック)が乗り込む。(2) 『酒国』の作者・莫言と、作家志望の大学生(酒国市在住)による往復書簡。(3) 前述の大学生が書簡とともに送ってきた短編小説。

私たちがさばいて料理する嬰児とは実は人間ではなく、両者の同意に基づく厳格な契約により、経済発展、酒国繁栄の特殊な必要を満たすために生産された人の形の小動物なのです。(p.181-2)

「中国の歴史は食人の歴史である」とか、「食人は文化だ!」とか、とかくカニバリズムにまつわる格言が多い中国だけど(ねーよ)、そんな共食いの風習が悪徳とされたのは、やはり魯迅の「狂人日記」からなんだろうか。春秋時代の易牙(*1)といい、『三国志演義』のエピソード(*2)といい、いつの時代も犠牲になるのは子供たちなのだな。本作はカバーイラストからして強烈で、白痴のようにニヤついた子供たちの面には、そこはかとないユーモアが感じられてつい笑ってしまう。何せ、美味い肉は家畜をリラックスさせることで得られるのだから……。

人非人の巣窟に乗り込んだジャックが、献杯やら罰杯やら色んな口実でもって酒浸りにされてしまう。秩序の回復を目指した探偵が、大人の手練手管に翻弄される模様は、訳者あとがきにあるような、因習を批判する中国知識人の暗喩という気がする。人肉料理(ただし本物かは分からない)を食わされたり、美人局に引っ掛かったり、我らが特捜検事はさんざんな目に遭う。探偵役が途方もない迷宮に取り込まれるという意味で、本作が「アンチ探偵小説」と称されるのも頷ける。

多重テキストについては、いかにも80年代くらいに流行った小説形式という感じ。とりあえず、書簡の大学生がえらい図々しいのがツボにはまった。というのも彼、自分の小説を編集に送るよう莫言に仲介の労をとらせているし。しかも、自画自賛するわりに彼の短編はひどくつまらないし。まるで夏目漱石の小説に出てきそうな、お調子者な人物像が良い。

>>Author - 莫言

*1: 王さまに献上するため、自分の息子を殺して料理させた。
*2: 追っ手から身一つで逃げている劉備が、立ち寄った民家で人肉料理を振る舞われた。

2002.9.18 (Wed)

東野圭吾『放課後』(1985)

放課後

★★★★
講談社文庫 / 1988.7 / 第31回江戸川乱歩賞
ISBN 4-06-184251-X 【Amazon

舞台は私立の女子校。生徒指導の教師が更衣室で何者かに毒殺された。現場は密室状態ということで、捜査が難航する。

『密閉教室』を読んで思い出したので再読した。本作は教師視点の学園ミステリにして、納得の密室トリックが味わえる上質な本格ミステリ。一つの図面から複数の解答を導き出すのも凄ければ、その解答がどちらもハイレベルなのも凄い。さらに、殺人が起きるタイミングは教科書通りで中だるみがしないし、ミスディレクションがそのままどんでん返しのネタになるところも巧み。デビュー作とは思えない完成度の高い作品だと思う。

女子校が舞台で男性教師が主人公ということで、性別間のギャップと世代間のギャップが浮き彫りになるところが面白い。教師にとって生徒とは、物理的には近くて心理的には遠い存在。それ故に何を考えているか分からない恐さが感じられる。レッドヘリングに使われる駒、および意外なオチに使われる駒が、どちらも女性なところも興味深い。本作は『密閉教室』みたいな女性恐怖の小説という感じがする。

それにしても、何度読んでもこの動機にはぶっ飛ぶ。こんなしょうもない理由で人を殺すから、本作は怖いのだな。

>>Author - 東野圭吾

2002.9.20 (Fri)

法月綸太郎『一の悲劇』(1991)

★★★
ノン・ポシェット / 1996.7
ISBN 4-396-32514-2 【Amazon

息子の同級生が、息子と間違えられて誘拐された。語り手は犯人の指示に従って身代金を運搬するも、アクシデントによって受け渡しに失敗。同級生は死体となって発見される。

法月綸太郎が脇に回るという趣向。事件については某直木賞作品の構図がそのまま用いられている。オマージュにしてはやりすぎでは? と思わなくもないけれど、ただ本作は視点人物が探偵役でないせいか、それほどパクリな印象は受けなかった。息子が血の繋がっていない養子で、浮気相手に血の繋がった息子がいる、そういうねじくれた家族関係が面白い。

途中までは描写力に物をいわせたリアリズム路線が心地よかったものの、解決の段でいきなりダイイング・メッセージを出す神経には、さすがについていけないものを感じた。せっかくの都市型ミステリらしい緻密な雰囲気がこの一時ですべてぶち壊し。どうして無理にクラシカルな要素を入れるのだろう、と首を捻らざるを得なかった。

女性性の扱いについては、『頼子のために』と同様で、つまりは相変わらず。ここまでくると、拘りがあるのか引き出しが少ないのか、判然としなくなるから困ったものである。

>>Author - 法月綸太郎