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- 04 : 風見明『相撲、国技となる』(2002)
- 06 : ギャビン・ライアル『スパイの誇り』(1993)
- 09 : 夏目漱石『明暗』(1917)
2002.10.4 (Fri)
▲風見明『相撲、国技となる』(2002)

★★★
大修館書店 / 2002.9
ISBN 4-469-26502-0 【Amazon】
明治末期から昭和初期までの大相撲に関する本。国技館の設立や報奨制度の確立といった、大相撲の近代化に焦点を当てている。
今でこそ相撲は、日本の伝統芸能ということで、国内外を問わず絶大な敬意を払われている。ところが、明治維新後の文明開化の時代にあっては、西洋の価値観を至上とするあまり、相撲は言われ無きバッシングを受けていた。「ちょんまげに裸は野蛮で恥ずかしい」とか、「とてもじゃないが西洋人には見せられない」とか、そういうつまらない理屈で不要論まで飛び出したという。相撲の希少性を分かっていない、まことに怪しからん風潮だと思うけれど、しかし明治時代といえばつい最近までちょんまげを結っていた人が大勢いたはずで、現代とは感覚がまるっきり違っていたのだろう。ひょっとしたら、力士を「殺す」ことで過去の自分たちを切断する、イニシエーションの意識を共有していたのかもしれない。
さて、そんな未曾有の危機にあった我らが相撲だけど、その形勢が天覧相撲で一気に逆転してしまう。国民の相撲観が変わり、ついには「国技」にまで上り詰めてしまう。日本のスポーツ史上、天覧が行われたのは相撲と野球の2競技だけであり、どちらも施行後は飛躍的に人気が上がっている。天皇なんて血統が良いだけのただの置物に過ぎないのに、不思議と権威だけはあるのだからバカにできない。これじゃあ天皇制はいつになっても無くならんわと思う。
力士の待遇改善や制度の公平化など、相撲が近代化していくところは他人事ながらもちょっと嬉しくなる。昔は興行の利益を力士に分配していたから、不入りのときは収入がなくてかつかつだった。さらに、退職金(養老金)もなかったから、親方株を持っていない力士は、第2の人生を歩むのも難しかったという。今もけっこうシビアなような気がするけれど(年寄の定員が少なくないかね?)、当時はそれ以上に酷かったわけだ。いやはや、純朴な子供を人さらいの如く連れ去って、奴隷のようにこき使ったあげく、保障もなしに放り出す。角界は相当な覚悟がなければ入れないよなと思う。
なお、明治時代からユルフン主義者がいたらしい。
2002.10.6 (Sun)
▲ギャビン・ライアル『スパイの誇り』(1993)

★★★
Spy's Honour / Gavin Lyall
石田善彦 訳 / 早川書房 / 1999.10
ISBN 4-15-208243-7 【Amazon】
ランクリン大尉シリーズ1作目。1912年。(1) フェニアン団による物資強奪を防ぐ。(2) フランス王党派の将軍から暗号を守る。(3) ハプスブルク家内部の陰謀計画を阻止する。
連作中編集のような趣。創設されたばかりの英国情報部のスパイを描いている。当時の政治状況がきっちり書き込まれているため、時代小説らしいダイナミズムが感じられる。当時のヨーロッパに関心がある人ならば、国際陰謀小説として十分楽しめるかもしれない。個人的には、これまで冷戦がらみのスパイ小説しか読んでこなかったため、黎明期ならではの風当たりや摩擦などが興味深かった。「英国人は紳士たれ」みたいな風潮が、登場人物の心理的制約になっている。
2002.10.9 (Wed)
▽夏目漱石『明暗』(1917)
★★★★
新潮文庫 / 1987.6
ISBN 4-10-101019-6 【Amazon】
津田とお延は新婚夫婦。2人は津田の実家の仕送りで瀟洒な生活を送っていた。そんななか、実家の勘気を蒙って仕送り停止の危機を迎える。さらに、お延は津田が愛してくれないのを不満に思っていた。
著者の死によって未完に終わった本作は、ロシア文学っぽいポリフォニックな小説だった。津田、お延、お秀、吉岡夫人、小林。登場人物それぞれに思惑があって、お互いの認識にずれが生じている。作中にドストエフスキーが引き合いに出されていることから、おそらくは換骨奪胎の意図があったのだろう。晩年の漱石は「則天去私」を掲げたわけだけど、その彼がエゴイズムの問題にどうケリをつけるつもりだったのか、続きが気になって気になって仕方がない。
暗い情念を抱えた小林が強烈だ。彼は津田の旧友なのだけど、貧乏と孤独ゆえに世間を逆恨みし、その矛先を身近な津田に向けている。失うものが何もない彼は、津田の余裕を糾弾することで逆に彼を軽蔑しているのだ。お互いに嫌いあってるくせに、何かと津田の前に立ちふさがってくる小林。彼のせいで津田の生活は余計な緊張を強いられるようになる。
というわけで、個人的興味から以下に小林の名ゼリフを抜き出してみた。彼がどれだけねじ曲がった人物であるのか、少しでも伝われば幸いである。
「君は僕が汚い服装(なり)をすると、汚いと云って軽蔑するだろう。又たまに奇麗な着物を着ると、今度は奇麗だと云って軽蔑するだろう。じゃ僕はどうすれば可いんだ。どうすれば君から尊敬されるんだ。後生だから教えてくれ。僕はこれでも君から尊敬されたいんだ」
津田へのセリフ。愛されない人間の悲哀が凄い。デフレスパイルならぬ軽蔑スパイラルが発生している。日頃から軽蔑されている小林は、今となっては何をしても軽蔑されてしまうのだ。
「勿体ない事をいうな。君の落ち付けないのは贅沢だからさ。僕のは死ぬまで麺麭を追懸けて歩かなければならないんだから苦しいんだ」
津田へのセリフ。「衣食足りて礼節を知る」ということわざがあるけれど、小林は衣食が決定的に不足しているから、当然のごとく礼節を知らない。裕福な津田に対し、やたら攻撃的な態度を貫いている。
「僕だって朝鮮三界まで駆落のお供をしてくれるような、実のある女があれば、こんな変な人間にならないで、済んだかも知れませんよ。実を云うと、僕には細君がないばかりじゃないんです。何にもないんです。親も友達もないんです。つまり世の中がないんですね。もっと広く云えば人間がないんだとも云われるでしょが」
「僕は昔から津田君に軽蔑されていました。今でも津田君に軽蔑されています。先刻からいう通り津田君は大変変わりましたよ。けれども津田君の僕に対する軽蔑だけは昔も今も同様なのです。毫も変わらないのです。これだけはいくら怜悧(りこう)な奥さんの感化力でもどうする訳にも行かないと見えますね。尤もあなた方から見たら、それが理の当然なんでしょうけれどもね」
「奥さん、僕は人に厭がられるために生きているんです。わざわざ人の厭がるような事を云ったり為たりするんです。そうでもしなければ苦しくって堪らないんです。生きていられないのです。僕の存在を人に認めさせる事が出来ないんです。僕は無能(やくざ)です。幾ら人から軽蔑されても存分な讎討が出来ないんです。仕方がないから責めて人に嫌われてでも見ようと思うのです。それが僕の志願なのです」
以上3つはお延へのセリフ。小林の心の闇が全開になっていて何ともやりきれない。人間は貧乏と孤独が重なるとここまで壊れてしまうのだ。
「君の様な敏感者から見たら、僕如き鈍物は、あらゆる点で軽蔑に値しているかも知れない。僕もそれは承知している。軽蔑されなても仕方がないと思っている。けれども僕には僕で又相当の云草があるんだ。僕の鈍は必ずしも天賦の能力に原因しているとは限らない。僕に時を与えよだ、僕に金を与えよだ。しかる後、僕がどんな人間になって君等の前に出現するかを見よだ」
津田へのセリフ。「貧すれば鈍する」を体現しているのが小林である。
「どうだ解ったか、おい。これが実戦というものだぜ。いくら余裕があったって、金持に交際があったって、いくら気位を高く構えたって、実戦に於て敗北すりゃそれまでだろう。だから僕が先刻から云うんだ、実地を踏んで鍛え上げない人間は、木偶の坊と同なじ事だって」
津田へのセリフ。とても金を借りる立場とは思えない天晴れな態度である。