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2002.10.23 (Wed)
2002.10.25 (Fri)
▲アントニイ・バークリー『ウィッチフォード毒殺事件』(1926)

★★★
The Wychford Poisoning Case / Anthony Berkeley
藤村裕美 訳 / 晶文社 / 2002.9
ISBN 4-794-92733-9 【Amazon】
ロンドン近郊の町ウィッチフォード。実業家の妻ジャクリーヌ・ベントリーが、夫を毒殺したとして逮捕された。しかし、ロジャー・シェリンガムは無実を直感、友人のアレックらとともに調査に乗り出す。
人間心理に重点を置き、論理的に間違えながらも道筋をつけていく。プリズムのような手並みは相変わらずだった。今回は砒素の性質によって推理の幅が広がっている。砒素は化粧品にも使われるし、強壮剤にもなるんだとか。また、砒素中毒の症状は胃腸炎に似ているという。材料を余さず使っていて読み応えがあった。
ロジャーとアレックのやりとりは、『レイトン・コートの謎』を読んでいると実に感慨深い。普通ああいう出来事があったら気まずくないか? ロジャーは振る舞いに注意しなければならないだろうし、アレックはアレックで引け目に感じるだろうし。事件への言及もしづらいと思うのだけど、ロジャーはおかまないなしに持ち出している。それだけ両者に包容力があるのかな。
2002.10.29 (Tue)
△ジョン・ファウルズ『魔術師』(1965)

★★★★★
The Magus / John Fowles
小笠原豊樹 訳 / 河出文庫 / 1991.11
ISBN 4-309-46086-0 【Amazon】
ISBN 4-309-46087-9 【Amazon】
ISBN 0-099-47835-8 【Amazon】(原書)
イギリス人のニコラスが、教師としてギリシャの孤島に赴任する。そこで奇妙な老人コンヒスと出会う。彼は大金持ちにして芸術に通暁したディレッタントだった。ニコラスは誘われるがままにコンヒスと交流し、「異世界」の存在を仄めかされる。
まるで世界はこの三日間に突如として、既に発見された状態から未発見の状態へと変貌したかのようだった。
タイトル通りの魔術的な小説だった。隠遁者のコンヒスは底の知れない怪人であり、語り手に対してあからさまに何かを隠している。しかし、真相がまったく見えてこない。おりかど秘密を暴いたと思っても、新たな理屈が出てきてのらりくらりとかわされてしまう。何が本当で何が嘘なのか分からない。まるで鏡張りの迷路を手探りで歩くような状況で、語り手はおろか、読んでいるこちらまで翻弄されてしまう。この小説は、大戦の記憶や女たちの肖像など、細部がしっかりしていて本気度が高い。高いがゆえにますます不気味さが増している。
結末は神懸かっているとしか言いようがないなあ。壮大なストーリーから一転して、鋭い一刺しを見舞っている。虚構につぐ虚構を破綻させずにまとめているのがすごいし、夢から覚めたような虚脱感も半端ではない。「自己啓発セミナー」を軽々と越えるアイロニーが備わっている。「自由」をめぐる哲学とあいまって、すこぶる刺激的な読書体験だった。
それにしても、この陰謀論的な世界観はエロゲーっぽい。誰かにお膳立てされている不安な状況って、ある意味定番だと思うし。遊園地ばりの大掛かりな奇想といい、黒幕が演出する知的な遊技性といい、似たようなのをエルフあたりが作ってそうだ。ラストのインパクトもテレビゲームにぴったりである。
