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- 13 : ベルンハルト・シュリンク『ゼルプの欺瞞』(1992)
- 15 : 石田衣良『骨音』(2002)
- 17 : 川端康成『雪国』(1935)
2002.11.13 (Wed)
▲ベルンハルト・シュリンク『ゼルプの欺瞞』(1992)

★★★
Selbs Betrug / Bernhard Schlink
平野卿子 訳 / 小学館 / 2002.10
ISBN 4-09-356332-2 【Amazon】
69歳の探偵ゼルプが行方不明の女子大生を捜索する。その過程で、在独米軍基地への爆弾テロや、毒ガスなどが絡んでくる。
『ゼルプの裁き』(未読)の続編。失踪した娘を捜索して思わぬ展開を迎える。本作と『朗読者』で判断する限り、この著者はナチスの戦争犯罪をガジェットとして取り込むのが特徴のようだ。『朗読者』のヒロインはナチスの元看守だったし、本作のゼルプはナチスの元判事だしね。さらに、テロのメカニズムもドイツならではのもので予想外だった。
2002.11.15 (Fri)
▽石田衣良『骨音』(2002)

★★★★
文藝春秋 / 2002.10
ISBN 4-16-321350-3 【Amazon】
ISBN 4-16-717408-1 【Amazon】(文庫)
短編集。「骨音」、「西一番街テイクアウト」、「キミドリの神様」、「西口ミッドサマー狂乱」の4編。
『少年計数機』の続編。今回驚いたのは、語り手の表現力が飛躍的にアップしていることだ。彼の見たもの・感じたものが、体感的に伝わってくるような言葉遣い。瑞々しさに拍車がかかっており、縦横無尽に言葉を紡いでいる観さえある。語り手のレベルが上がっているということは、イコール著者のそれも上がっているわけで、石田衣良は作家として確実に成長しているのだなと思う。
ただ、本書ではGボーイズが必殺仕事人っぽくなり、プロットがマンネリ化してきている。今のところは巧みな主観描写で読めているものの、今後シリーズが続くとしたら、この傾向は危ういのではなかろうか。
2002.11.17 (Sun)
▲川端康成『雪国』(1935)

★★★
新潮文庫 / 1986.7
ISBN 4-10-100101-4 【Amazon】
無為徒食の島村が、雪国で芸者の駒子と良い関係になる。しかし、駒子は師匠の息子と許嫁の関係にあり、病床の彼の治療費を工面すべく芸者になったという。さらに許嫁の妹・葉子も登場、島村は彼女に惹かれていく。
たまに日本情緒が懐かしくなって川端の本を読んでしまう。でも、正直あまり面白くないんだよね。何せ日本的な奥ゆかしい作風だから。同時代の作家だったら、谷崎とか三島のほうが好きだったりする。確かに粘着質な観察がときに淫靡な味わいを覗かせていて、そのむっつり具合が魅力的だったりするけれど、私みたいな快楽主義者はそこからのブレイクスルーを期待してしまう。歳食って落ち着いたら、川端の良さも分かるようになるんだろうか?
親の財産で暮らしている島村は、駒子が読書メモをとったり、治療費のために働いたりするのを、「徒労」の二文字で片づけている。孤独な島村にとっては、生きること自体が「徒労」に感じられるようだ。ところが、駒子の「徒労」は力強い生命の証であり、その「徒労」は実は「美しい徒労」だった。認識を改めた島村が、駒子の一途さに救いを求める気持ちは非常によく分かる。たとえ意固地で気まぐれな性格でも、元気な人間は側に置いて愛でたい。それが人のサガというものである。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。(p.5)
ところで、上記は有名な書き出し。「国境」を何と呼ぶかで議論があるそうだ。通説によると、「国境」とは上野国と越後国の境という意味であり、その場合「くにざかい」と呼ぶのが一般的なのだという。しかしながら、「くにざかい」では語呂が悪いので、ここはやはり「こっきょう」が適切ではないか。この際由来なんか無視して、自分の美的感覚に従うことにする。