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- 02 : エドガー・アラン・ポー『ポー詩集』
- 06 : 東野圭吾『ゲームの名は誘拐』(2002)
2002.12.2 (Mon)
▲エドガー・アラン・ポー『ポー詩集』

★★★
阿部保 訳 / 新潮文庫 / 1956.11
ISBN 4-10-202803-X 【Amazon】
ISBN 4-00-323062-0 【Amazon】(岩波文庫)
詩集。「大鴉」、「夢の夢」、「ヘレンに」、「海中の都市」、「死美人」、「レノア」、「不安の谷間」、「円形戯場」、「ヅァンテ島の歌」、「幽鬼の宮」、「勝利のうじ虫」、「幻の郷」、「ユウラリイ」、「ユラリウム」、「ヘレンに贈る」、「黄金郷」、「アナベル・リイ」、「鈴の歌」の18編。
随所に怪奇小説の面影が見られて興味深かった。1人の人間から生まれる以上、小説も詩もさほど違わないということだろうか。
以下、各詩について。気に入った詩には末尾に☆をつけた(18編中5編につけた)。
「大鴉」(1845)"The Raven"
夜半に部屋の戸を叩く音が聞こえた。開けてみると目の前は闇ばかり。続いて鎧戸を開けると大鴉が入ってきた。
昔の詩は言葉の質量が分からないから難しい。本作では「またとない(Nevermore)」という慣用的な繰り返しが用いられるのだけど、これがどれだけの重さを備えているのか判然としない。異様な雰囲気に包まれながらも、深奥にまでは入れないという感じで、若干のもどかしさがある。☆。
「夢の夢」(1827)"A Dream within A Dream"
神に訴える。現実は夢の夢にすぎない。
指の間から砂がこぼれ落ちる。その1粒だけでも波から救いたい。儚さを表すたとえが絶妙。☆。
「ヘレンに」(1831)"To Helen"
女への愛情を歌っている。
美しさを表すのにギリシャ神話を持ち出すのがトレンドなんだろうか。
「海中の都市」(1831)"The City in the Sea"
死者の国を表現した詩。
描写力と想像力が発揮されていて面白かった。天上からは一筋の光も差してこない。しかし、青白い海からは光がのぼっている。海中の都市は塔を備えており、それがビジュアル面での特徴をなしている。
「死美人」(1831)"The sleeper"
墓の下の婦人を歌った詩。
「レノア」(1831)"Lenore"
女の死を嘆いた詩。
ああ、金の皿は毀れた――永遠に酒は零れた。(p.38)
比喩を用いた書き出し。覆水盆に返らずってやつだ。☆。
「不安の谷間」(1831)"The Valley of Unrest"
人の住んでいない無言の谷について。
「円形戯場」(1833)"The Colosseum"
古代ローマのしるしコロッセウムについて。
「渺茫」とか「幽暗」とか凄い単語持ってくるなあ。翻訳家は小説家以上に語彙力が必要とされる。
「ヅァンテ島の歌」(1837)"To Zante"
イオニア諸島のなかのヅァンテ島について。
歴史ある島には、夥しい思い出と情景が詰まっている。
「幽鬼の宮」(1839)"The Haunted Palace"
王宮を歌っているのかと思いきや……。
王宮の裏には実は1人の狂人が隠れていた! 旗も塁も紅玉も宮殿も全て比喩だったのだ。目の前の意味を鮮やかにすり替える。象徴詩とは恐ろしいものだと思った。☆。
「勝利のうじ虫」(1843)"The Conqueror Worm"
天使の一群が戯場で道化芝居を観る。
これはオチが強烈。血糊と罪悪に彩られたこの劇は、実は○○を題材にしていた! ☆。
「幻の郷」(1844)"Dreamland"
遠いチウレの国からこの郷にやってきた。
夜という妖怪が、真黒い王座によって
悠々とあたりを覆い、
只悪心の天使ばかりうろつく、
朦朧と淋しい道を通り、
遠く仄暗いチウレから――
空間と時間を超えて
荘厳にひろがる荒涼と怪しい郷から
漸く私はこの国に着いた。(p.59)
冒頭の句がラストで活かされていて、充実した読後感が味わえる。☆。
「ユウラリイ」(1845)"Eulalie"
花嫁になったユウラリイについて。
「ユラリウム」(1847)"Ulalume"
霊と肉との対話だとか。
「ヘレンに贈る」(1848)"To Helen"
セーラ・ホイットマン夫人に捧げた詩。
「黄金郷」(1849)"Eldorado"
エルドラドについて。
ポーの遺作。エルドラドとは遂げ得ない希望の象徴だとか。
「アナベル・リイ」(1849)"Annabel Lee"
早世した妻を歌った詩だという。
天上の幸及ばぬ天使らは
女と私を羨んでたち去った。(p.83)
キリスト教の詩は、当然のごとく天使を持ち出せるから便利だ。美術から音楽まで、やはりあの文化は強い。
「鈴の歌」(1849)"The Bells"
「鈴」と書いて「りん」と読む。りん、りん、りんと鈴の音が鳴る。
2002.12.6 (Fri)
▼東野圭吾『ゲームの名は誘拐』(2002)

★★
光文社 / 2002.11
ISBN 4-334-92375-5 【Amazon】
ISBN 4-334-73885-0 【Amazon】(文庫)
人生をゲームだと割り切っている会社員が、ひょんなことから狂言誘拐に手を染める。
もう少し詳しく書くと、男が取引き先の副社長に仕事を干されてしまって憤慨していた矢先、偶然その副社長の娘と接触した。娘と利害が一致したので、2人で狂言誘拐というゲームをプレイすることになる。
要するにおれが女たちに求めているのは肉体ではなく、刺激的で高度なゲーム性なのだ。セックスは、それに勝利したことに対するご褒美にすぎない。(p.51)
今回は物語の中心にある演劇的な要素にいまいち馴染めなかった。演劇的というのは、引用文に象徴されるような作り物めいたキャラによる劇のことである。この作風が著者の特徴であることはよく言われることだけど、今回は前述の設定のほかにも、仮面というキーワードを軸にしており、登場人物の演じている感がより強くなっている。いくら荒唐無稽な捻りを組み込むためとはいえ、こうまであからさまだとさすがに退いてしまう。