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2003.2.11 (Tue)
▲ローレンス・ブロック『泥棒は図書室で推理する』(1997)
★★★
The Burglar in the Library / Lawrence Block
田口俊樹 訳 / 早川書房 / 2000.8
ISBN 4-15-001692-5 【Amazon】
泥棒バーニイ・シリーズ8作目。英国風カントリーハウスに滞在のバーニイが、「嵐の山荘」式の連続殺人事件に巻き込まれる。
英国ミステリのパロディということで、やたら頼りになる退役軍人や知能の低い使用人、天真爛漫なお子様などが登場する。事件の構造はこのタイプの小説としては中の下くらいで、あざとい煙幕が判明する真相暴露の段はけっこう腹立たしい。しかしそれでも、解決後のエピローグ部分に捻りがあって後味が良い。泥棒というアンチヒーローを主人公にしながらも、不思議と感情移入できてしまうのは、彼がある面において潔癖なモラリストであるからだろう。ラストで彼が下す決断はとても格好よく、卑しき街を行く現代の騎士を彷彿とさせる。
事件の解決方法はいつも通り泥棒のスキルを利用したもの。探偵役がわざわざ聞き込みをしなくても、実力手段に訴えれば簡単に証拠が集まるという、このシリーズならでは面白味がある。つまり、バーニイは心理的手法によらず、即物的手法によって他人の本性を暴いているわけだ。ふと思ったのだけど、これって極めて都会的な態度なのではなかろうか。都会はバックグラウンドの不明な人間の集積地なので、本質的には誰も信用できない。信用するなら客観データが必要になる。そういう風潮を反映しているというか。そもそも主人公のバーニイからして、古本屋の仮面を被った泥棒なのだし……。
今回のお宝は、チャンドラーがハメットに送ったサイン入りの『大いなる眠り』【Amazon】。当然のことながら稀覯本で、もし現存すれば二万五千ドルの値打ちがあるそうだ。本作は英国ミステリネタやチャンドラーネタといった、いつも通りの小ネタも読ませる。ジョン・ダニングのクリフ・シリーズ(*1)の味が好きなら、きっとこのシリーズも気に入ることだろう。
2003.2.13 (Thu)
▲P・D・ジェイムズ『ある殺意』(1963)
★★★
A Mind To Murder / P. D. James
青木久恵 訳 / ハヤカワ文庫 / 1998.8
ISBN 4-15-076610-X 【Amazon】
ダルグリッシュ警視シリーズ2作目。診療所の地下室で女性事務長の他殺死体が発見される。現場には書類が散乱し、死体は心臓をノミで一突きされていた。
論理や意外性といったミステリ要素よりも、殺人事件を軸にした人間関係をメインにしている。舞台は精神科専門の診療所。警視が聞き込みによって事件の構図を整理しつつ、視点の切り替えによってスタッフたちの本性を明らかにしていく。各自にはそれぞれ思惑があって、一つの絵が複眼的に語られていくところが面白い。たとえば、ある人物は用務員に辞めてもらいたいと思っているのだけど、その用務員は絵画関係の奨学金を得たので、近いうちにおさらばするつもりでいる。用務員にはモデル兼愛人の女がいて、彼は早く別れたいと思っているのだけど、彼女の方はどうやら違う見解を抱いている……。
「この事件は動機が分かれば、犯人に結びつくという、めったにない事件の一つ」(p.289)という警視のセリフ通り、この小説は人間関係に内在する動機を重視している。まるで普通小説のような濃度で、各自の個性を丁寧に書き分けている。人によって物の見え方・捉え方が違い、視点が移ることで新たな一面が見えてくる。そういった人間関係の描写に、地に足がついたような現実感があって読ませる。
ミステリ要素のほうはレッドヘリングが明らかに一枚足りないのだけど、これがないおかげでジャンル特有の「作り物臭さ」が緩和されているような気もする。どちらかといえば支持かな。
2003.2.15 (Sat)
▽アルベール・カミュ『異邦人』(1942)
★★★★
L'etranger / Albert Camus
窪田啓作 訳 / 新潮文庫 / 1964.9
ISBN 4-10-211401-7 【Amazon】
ママンを亡くしたばかりの青年ムルソーが、仲間たちと海辺に遊びに行く。そこで喧嘩に巻き込まれてアラビア人を射殺する。裁判の席でアラビア人殺しの動機を、「太陽のせいだ」と言って失笑を買う。
久しぶりに再読したけれど、やはり普遍的な小説だなあ。本作は社会の同調圧力の怖さを鋭くえぐった問題作。語り手のムルソーは母親の葬儀で悲しいそぶりを見せなかったうえ、葬儀の後で女と海水浴まで楽しんだ。裁判の席で彼はそのことを弾劾され、ギロチンによる社会からの抹殺を宣告されてしまう。つまり、事件とは直接関係のない個人の資質によって、彼に有罪が下されようというのだ。母親の葬儀で悲しいそぶりを見せる、葬儀の後は喪に服しておとなしくする。そういった慣習を守らなかっただけで、「社会の敵」扱いされてしまうのだから恐ろしい。はっきり言って理不尽でアホなことだと思うけど、しかしそれがルールとしてまかり通っているのだから洒落にならない。
ムルソーが情状酌量を得るには、改悛の仕草を見せる必要があった。ところが、空気の読めないムルソーはありのままに自らの心情を述べてしまう。我々は社会の圧力によって常に嘘をつかなければならないのであり、それが出来なければ窮極的には「死」を賜る結果となってしまう。「ひとは誰も神を信じている」と自分の常識を押しつけてくる神父や、涙を流さなかっただけで「精神的に母親を殺害した」と糾弾する検事。ムルソーは演技を怠ったために彼らの餌食にされてしまう……。人間社会に頑として存在する、目に見えない桎梏を暴いた本作は、やはり凄い小説だなと改めて思った。
それにしても、アラビア人を射殺するまでのシーンはとんでもなく臨場感がある。動機には共感できないけれど、太陽が異様な存在として迫ってくる、そのプレッシャーみたいなものは伝わってくる。