2003.3b / Pulp Literature

2003.3.11 (Tue)

マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』(1876)

★★★
The Adventures of Tom Sawyer / Mark Twain
大久保康雄 訳 / 新潮文庫 / 1953.10
ISBN 4-10-210601-4 【Amazon

腕白小僧のトム・ソーヤーと浮浪児のハックルベリィ・フィンが冒険をする。

冒険といっても、山賊ごっこ、恋愛、ぷち家出、洞窟探検、殺人の目撃といった日常生活からはみ出ないものが多く、良くも悪くも地に足がついている。日常の世界から飛び出した『ハックルベリィ・フィンの冒険』とは対照的。昔のアメリカではどういう迷信が子供世界を支配していたのか、という意味で参考になる小説だった。

そういうわけで、お子様小説のスタンダードといった感じの可もなく不可もないような話なのだけど、同じ枠組みで書かれた『少年時代』【Amazon】を読んでしまうと、やはり本作には物足りなさを感じてしまう。というのも、本作のイベント群は今読むとちゃちなのだ。その点、『少年時代』は、後発のアドバンテージを生かした洗練されたイベントと、現代小説ならではの空想的描写が取り入れられていて読み応えがある。『少年時代』は『トム・ソーヤーの冒険』に代わる現代の神話として、歴史に残るべき小説なのだと改めて確信した。

2003.3.12 (Wed)

マーク・トウェイン『ハックルベリィ・フィンの冒険』(1884)

★★★
Adventures of Huckleberry Finn / Mark Twain
村岡花子 訳 / 新潮文庫 / 1959.3
ISBN 4-10-210602-2 【Amazon

浮浪児のハックルベリィ・フィンが、逃亡奴隷のジムと一緒にミシシッピ川を旅する。

ハックの視点を通して当時の社会状況を切り取った小説。文明批評やら倫理問題やら批評的な読みどころが多く、古来から批評家の評価も高いらしい。

個人的にはハックが身分詐称するところに興味を惹かれた。本作のハックは死の捏造、身分の偽造、トムとの入れ替わり、自作自演(*1)と、必要に迫られて人を瞞着する。冒頭の地の文、

僕の知っているかぎりではだれだってたまには嘘の一つや二つは吐くもの。(p.5)

は、『トム・ソーヤーの冒険』の作者マーク・トゥエインのことを語ったものだけど、同時にこれは語り手自身のエクスキューズと解釈できるだろう。ハックが身分を詐称して冒険するところは、主人公が裏街道を突っ走る犯罪小説のようなスリルがある。犯罪小説といえば、パトリシア・ハイスミスの『リプリー』【Amazon】も、本作と同様アイデンティティの交換が行われる話だった。どうやら「貧乏」と「変身」は切っても切れない関係にあるようだ。

*1: この件に関しては、トムが首謀者であることと、吐かなくてもいい嘘であることから、他と同列に扱うのは筋違いになるかもしれない。

2003.3.15 (Sat)

ブライアン・フリーマントル『亡命者はモスクワをめざす』(1985)

★★★★
Charile Muffin and Russian Rose / Brian Freemantle
稲葉明雄 訳 / 新潮文庫 / 1988.9
ISBN 4-10-216515-0 【Amazon

チャーリー・マフィン・シリーズ。刑務所暮らしのチャーリーがイギリス情報部と取引きをしてソ連に偽装亡命する。

チャーリーがソ連のスパイ学校の講師になり、教科書では教えない生き延びるためのスパイ術なるものを講義する。この趣向は後に『報復』【Amazon】(傑作!)で弟子を相手に再現されるけれど、どちらもスパイ術という特殊情報が臨場感抜群に描かれていて面白い。思えば、凄腕探偵の弟子が活躍するドン・ウィンズロウの『ストリート・キッズ』【Amazon】や、ニューヨークのアンダーグラウンドを捏造したアンドリュー・ヴァクスの『フラッド』【Amazon】なども、そういう特殊情報に対する好奇心を満たしてくれる小説だった。

>>Author - ブライアン・フリーマントル

2003.3.18 (Tue)

アガサ・クリスティ『カリブ海の秘密』(1964)

★★★
A Caribbean Mystery / Agatha Christie
永井淳 訳 / ハヤカワ文庫 / 1977.5
ISBN 4-15-070022-2 【Amazon

ミス・マープルもの長編9作目。西インド諸島で転地療養中に殺人。毒殺。浴槽の花嫁。噂。

魔の村セント・メアリ・ミードを離れたおかげで、本作は田舎の匂いが消えてすっきりしている。ミス・マープルの鬱陶しい人物評も抑えめ。冒頭から「浴槽の花嫁」を引き合いに出してスリルを煽ったりと掴みもいい。中でも素晴らしいのが伏線で、後から読み返すと最初から既に重大な事実が書かれていることが分かって驚かされる(というか、クリスティの小説はみんなそうか)。

ところで、とある人物のとある設定が、「誤って殺される」ためだけの設定だったのには苦笑した。それと不自然なまでに錯綜した裏の人間関係も、けっこう無茶してることが分かって笑える。クリスティの小説って、現実的なようで意外と張りぼてなのが面白い。