2003.4b / Pulp Literature

2003.4.12 (Sat)

フョードル・ドストエフスキー『貧しき人びと』(1846)

★★★
Бедные Люди / Фёдор М. Достоевский
木村浩 訳 / 新潮文庫 / 1969.6
ISBN 4-10-201006-8 【Amazon

小役人と小娘の往復書簡。

「外套」の意匠をパロディ的に取り入れたドストエフスキーの処女長編。「男は浪漫主義で女は現実主義」という紋切り型の人物造詣が気になるものの、書簡による生の感情のぶつかり合いが、それを帳消しにするほどのリアリズムを生み出している。2人の喜怒哀楽に富んだ文面は素朴で庶民的。本作が赤貧ロシア人の生活と心情を明け透けに綴ったとして評価されているのも頷ける。手紙形式なので小娘の本心を行間から読み取るしかない、というのがポイントだろう。とにかく小役人がマヌケ過ぎて泣ける。

>>Author - フョードル・ドストエフスキー

2003.4.15 (Tue)

アレクサンドル・プーシキン『スペードの女王・ベールキン物語』(1830,34)

スペードの女王・ベールキン物語(114x160)

★★★
Povesti Belkina / Alexandr Sergevich Pushkin
神西清 訳 / 岩波文庫 / 1967.5
ISBN 4-00-326042-2 【Amazon

短編集。「スペードの女王」と「ベールキン物語」を収録。後者は「その一発」、「吹雪」、「葬儀屋」、「駅長」、「贋百姓姫」の5編からなっている。

以下、各短編について。

「スペードの女王」(1834)

伯爵夫人がカードで大勝ちする秘訣を知っているという。ドイツ人の青年ゲルマンが彼女のもとを訪ねる。

スペードの女王が微笑むことで有名な幻想譚。予備知識なしで読んだので、例の有名な瞬間にはぞっときた。いやー、絶妙のタイミングで目的を果たした女王の笑みは、きっと改心の笑みだったに違いない。してやったりって感じの、にんまり口の端をつり上げた面容を思い浮かべてしまう。

ところで、こういうのを読んで毎回考えるのは、もし青年が一回勝っただけで満足して、賭けをそこで止めたらどうなったのだろう? ということだ。要するに、教訓話のように最後まで突っ走らず、中途半端に欲望を抑制したらどうなったか? 物語の流れとして一番自然なのは、「不思議な磁力が働いて賭けから逃れられなくなる」というものだろう。断固たる意志にも拘わらず、青年は賭けに引きずり込まれてお決まりの結末を迎える……。どうもこの手の小説を読むと、あり得るべき別のルートを探ってみたくなる。

「ベールキン物語」(1830)

ベールキンの遺作集という設定。ご丁寧に「刊行のことば」までついている。

「その一発」

射撃の名人にまつわる決闘話。

あまりに漫画ちっくな名人芸なので、『ドラえもん』の「のび太」を思い起こした。昔のヨーロッパ人はちっぽけなプライドを守るために、くだらないことで決闘して命を落としている。

独身のころは怖い者なしの鉄砲玉だったけれど、結婚して子どもをもうけてみると昔のようにはいかない。さくらんぼを口に入れて余裕こいてたあの頃は、若さゆえに刹那的で恐れを知らなかったのだろう。まさしく「これが若さか……」である。

「吹雪」

駆け落ちを計画していたカップルの物語。

昔話らしい運命的な筋立てだった。

「葬儀屋」

葬儀屋が亡者たちと新宅祝い。

葬儀屋には葬儀屋の悩みがあった。

「駅長」

駅長と娘の別れ話。

これは駅長の悲劇を聞いたあとの語り手の心情の変化が良い。具体的にはラスト一文。悲劇自体はありきたりなのだけど、その外側でやってくれた。

「贋百姓姫」

いいとこの娘が百姓娘に変装して青年に近づく。

変装によって当初の目論みが混乱する喜劇だった。解説によると、マリヴォーの『愛と偶然との戯れ』の作り替えであるらしい。

2003.4.18 (Fri)

トーマス・マン『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』(1903,12)

★★★★
Tonio Kroger, Der Tod In Venedig / Thomas Mann
高橋義孝 訳 / 新潮文庫 / 1967.9
ISBN 4-10-202201-5 【Amazon

中編集。「トニオ・クレーゲル」、「ヴェニスに死す」を収録。

「トニオ・クレーゲル」(1903)

少年のころから芸術家気質だったトニオ・クレーゲルは、詩人として名を成したのち、船で旅行することになる。その道中、偶然にも学生時代の憧れだった男女2人を目撃する。

これはかなりの小説だった。トニオは学生時代から浮いた存在で、以降、市民的なものと芸術家的なものの間で悩んでいた。それが今回の旅によって一応の決着をつける。トニオの孤独というのは、芸術家に限らず誰でも抱えているもので、その傾向の強い人が「文学」に迷い込むのだろう。つまり、本書を手に取るような人とすこぶる相性の良い小説なのだと思う(変な言い方だけど)。

それにしても、本作といい、ヘッセの小説といい、ドイツの学生たちは同性同士のコミュニケーションが密でびっくりする。男2人が当たり前のように腕を組んだりしているのだけど、これって普通の友人関係なのか、それともホモエロティックな関係なのか、読んでいて判断に困ってしまう。★★★★★。

「ヴェニスに死す」(1912)

ドイツの国民的作家がヴェニスに滞在し、そこで見かけた美少年に心を奪われる。折しもヴェニスでは不穏な空気が漂い始めていた。

ヨーロッパの「闇の奥」みたいな非現実的な雰囲気が良かった。ゴンドラの船頭は腹に一物ありそうでえらい不気味だし、町ぐるみで何かを隠蔽している気配があってすごく怪しい。★★★★。