2003.5b / Pulp Literature

2003.5.12 (Mon)

イアン・フレミング『007/死ぬのは奴らだ』(1954)

★★★
Live and Let Die / Iam Fleming
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 1998.3
ISBN 4-15-171352-2 【Amazon

007シリーズ長編2作目。英国秘密情報部のジェイムズ・ボンドがニグロ組織のボス・ミスター・ビッグと対決する。ニューヨーク経由でカリブ海の島へ。

このシリーズを読むのは今回が初めて。本作はうわさ通りの荒唐無稽な小説だった。ヒーローが得体の知れない組織をやっつける勧善懲悪ストーリーは、スパイ小説というよりは冒険小説といったほうがふさわしい。

気になったのは山場が捏造臭いところ。ヒーローは自身の危機管理の甘さから窮地に陥るのだけど、そこをプロットの妙で切り抜けるわけでなく、ほとんど強運としか言いようがないアクションで脱出する。これが作者によって無理矢理生かされているような印象を強くしていてすっきりしない。また、ヒーローと相対する敵組織も、その実態が具体的に描かれているわけではないので、強さや恐ろしさの説得力に欠ける(たとえば、アガサ・クリスティの『ビッグ4』【Amazon】のように)。

ただ、自然との戦いは大迫力で読み応えがある。海底を潜る描写はきめが細かくて臨場感抜群だし、海洋生物との闘争も手に汗握る緊張感を生んでいる。

そんなわけで、まあまあ楽しんだのだった。

特別企画「ボンドのライバルたち」。

名前はミスター・ビッグ。でかくてマッチョな黒人。ブードゥー教の指導者として恐れられている。★★★。

2003.5.13 (Tue)

イアン・フレミング『007/ドクター・ノオ』(1958)

★★★
Dr No / Iam Fleming
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 1998.10
ISBN 4-15-171355-7 【Amazon

007シリーズ長編6作目。英国秘密情報部のカリブ海域主任とその秘書が行方不明になったので、ジェイムズ・ボンドがジャマイカへ調査に行く。チグロ(中国系黒人)組織のボス・ドクター・ノオと対決する。

途中の3作を飛ばしてしまったけれど、基本的なコンセプトは『007/死ぬのは奴らだ』とさほど変わっていなかった。どちらかというと、人間との戦いよりは動物との戦いが主眼になっている。

長編6作目の本作は、シリーズを重ねているせいか2作目よりも工夫が見られる。ストーリーには申し訳程度に意外性が備えてあるし(豪華な幽閉)、ボンドと悪党の対面にはちょっとした駆け引きもある。タカビー(死語?)な野生児というボンドガールの造詣も鮮烈。荒唐無稽な枠組みにもかかわらず、冒険の背景を為す特殊情報(グアノ石)が詳細で臨場感がある。元ジャーナリストの作家というのは、得てしてこの辺が強いのだな。

ボンドは相変わらず無理矢理生かされているけれど、今回は悪役がボンドの底力を見誤るという展開のせいか、『007/死ぬのは奴らだ』ほど気にはならなかった。

特別企画「ボンドのライバルたち」。

名前はドクター・ノオ。孤島に自分の王国を建設するひきこもり系の悪党。または内面の弱さを外面に向けた荒木飛呂彦的悪党といったほうが適切だろうか。死に様が滑稽。★★。

2003.5.14 (Wed)

イアン・フレミング『007/ゴールドフィンガー』(1959)

★★★★★
Goldfinger / Iam Fleming
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 1998.2
ISBN 4-15-171351-4 【Amazon

007シリーズ長編7作目。ジェイムズ・ボンドがゴールドフィンガーの犯罪計画を阻止する。

英国冒険小説の収穫ともいうべき傑作。自然との戦いに重点を置いた前回に対し、今回は賭博やゴルフといった悪役との直接バトルを主体にしている。イカサマで相手を出し抜くコンゲーム的プロット、国家レベルの壮大なストーリー、スパイ小説らしい捻りの効いた展開。本作には娯楽要素がこれでもかと詰め込まれている。

悪役の造詣も素晴らしい。金持ちのくせにイカサマ賭博で小銭を稼ぐゴールドフィンガー。武闘派朝鮮人(空手の達人)を腹心に持つゴールドフィンガー。女体に金粉を塗りたくってお楽しみのゴールドフィンガー(ただし、伝聞形)。「きみの口から本音をしぼりだして見せるつもりだよ」なんてぞくぞくするようなセリフを吐くゴールドフィンガー。豪華なプロットや巧緻な描写も去ることながら、ボンドがこういう魅力的な悪党と渡り合うから盛り上がる。

それにしても、ゴルフをここまでスリリングに描いた小説ってたぶん他にないだろう。というか、この著者だったら、勝負と名のつくものは何でも面白く書けたのではないか。イカサマの持ち込み方がとてつもなく巧妙でびっくりする

特別企画「ボンドのライバルたち」。

名前はゴールドフィンガー。エリート犯罪者にしてスメルシュの手先である。金持ちとして雄大に構えているくせに、意外とセコイところが素敵だ。★★★★★。

2003.5.15 (Thu)

イアン・フレミング『007/サンダーボール作戦』(1961)

★★★
Thunderball / Iam Fleming
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 1998.4
ISBN 4-15-171353-0 【Amazon

007シリーズ長編8作目。犯罪組織・スペクター(*1)にNATOの核爆弾が盗まれた。ジェイムズ・ボンドがバハマへ飛ぶ。

娯楽超大作だった前作とは打って変わった標準的なスリラー。今回は人間(テロリスト)との戦闘と動物(バラクーダ)との戦闘がバランスよく配置されている。戦闘シーンは相変わらず描写が綿密で迫力があるし、悪役とのカード賭博も駆け引きの妙があって楽しめる。

特別企画「ボンドのライバルたち」。

名前はエミリオ・ラルゴ。スペクターの首領ブロフェルドが全幅の信頼を寄せる実力者である。★★★。

*1: ザ・スペシャル・エグゼクティヴ・フォー・カウンターインテリジェンス・テロリズム・リヴェンジ・アンド・イクストーション。

2003.5.16 (Fri)

イアン・フレミング『007/わたしを愛したスパイ』(1962)

★★★★
The Spy Who Loved Me / Iam Fleming
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 1998.6
ISBN 4-15-171354-9 【Amazon

007シリーズ長編9作目。「わたし」の窮地にジェイムズ・ボンド。

女性の一人称で語られるシリーズ異色作。事件の内容もスケールダウンし、ハーレクイン要素が前面に出ている。イアン・フレミングは人物を掘り下げて描くのが巧い作家だけれど、本作の情緒に湿った叙述を読んで、ますますその認識を深くさせられた。人物の履歴のみならず、微に入り細に渡る心理描写が冴えている。また、今回は事件のスケールが小さいせいか筋運びも手堅い(といっても、ボンドのミスはわざとらしい)。

凡人の主観視点でヒーローを照射した本作は、コナン・ドイルのホームズものを思い出させる。「わたし」から見たジェイムズ・ボンドには、ワトソンから見たシャーロック・ホームズのような安心感・期待感が漲っている。従来の三人称視点では薄かったボンドのヒーロー性が、この手法のおかげで何倍にも膨れ上がっているのだ。視点も、フェリックス・ライターではなくヒロインを使うところが慧眼で頭が下がる。

特別企画「ボンドのライバルたち」。

今回は2人組みで、名前はスラグシーとホラー。いかにもやられ役といった感じの下っ端ギャングである。有り体に言えば「雑魚」。★。

2003.5.17 (Sat)

イアン・フレミング『女王陛下の007』(1963)

★★★★
On Her Majesty's Secret Service / Iam Fleming
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 1999.1
ISBN 4-15-171356-5 【Amazon

007シリーズ長編10作目。ジェイムズ・ボンドがスペクターの首領・ブロフェルドのいるスイスへ。

ボンドがフランスのマフィアに拉致されるというユニークな導入部。今回は物語の重要な部分に繋がる展開だったため、『007/サンダーボール作戦』で懸案のちぐはぐさは解消されていた。それどころか、部分的にカットバックを使ったりと構成が野心的。スキーによる逃避行とボブスレーによる追跡行は相変わらず迫力があるし、身分を偽って単身悪党の巣に乗り込むところもスリルがある。脂が乗ってるって感じでかなり面白い。

今回はボンドが人殺しに嫌悪感を抱いたり、スパイの立場に思索を巡らせたりと、何かと「不信」を露わにするのが印象的だった。初期からはだいぶ雰囲気が変わってる。

特別企画「ボンドのライバルたち」。

名前はブロフェルド。即物的な怪人かと思いきや爵位を欲しがる俗物だった。悪の魅力大幅ダウン。★★。

2003.5.18 (Sun)

イアン・フレミング『007は二度死ぬ』(1964)

★★
You Only Live Twice / Iam Fleming
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 2000.1
ISBN 4-15-171357-3 【Amazon

007シリーズ長編11作目。ジェイムズ・ボンドが日本に潜入、九州の城でブロフェルドと対決する。

毎年二万五千人の日本人が自殺している。これを恥ずべき統計だと考えているのは官僚だけだ。それに、自殺のやり方が派手なほど、あたたかく迎えられるんだ。(p.105)

ボンドが「轟太郎」を名乗ってサムライの国で活躍する。キーワードは、芸者、切腹、忍術、海女、神風、自殺。やや誇張のきらいがあるものの、日本の特徴をしっかり掴んでいるのには驚く。たとえば、当時の日本で自殺が一種の美徳とされていた風潮を、切腹、神風の延長上と捉えているところが、日本にゆかりのない外国人とは思えないほど鋭い。

今回は「ニッポン」を紹介することが眼目にあったせいか、観光小説といった趣きが強く、冒険小説としては小粒だった。見所はブロフェルドとのちゃんばらくらい。外国人から見た日本という意味では興味深く読めたけれど、その他の要素がいまひとつだった。

特別企画「ボンドのライバルたち」。

名前はブロフェルド。『007/サンダーボール作戦』『女王陛下の007』に続いて3作目の登場である。今回は城に引きこもって東洋風の甲冑と日本刀を装備している(ただし、対決時には甲冑を脱いでいる)。それにしても、このブロフェルドは登場するたびに悪党としての株を下げているような気がする。犯罪哲学も安いし。★。

2003.5.19 (Mon)

イアン・フレミング『007/黄金の銃をもつ男』(1965)

★★★
The Man with the Golden Gun / Iam Fleming
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 2000.2
ISBN 4-15-171358-1 【Amazon

007シリーズ長編12作目にしてシリーズ最終作。洗脳されたジェイムズ・ボンドを再洗脳してキューバへ。殺し屋スカラマンガを暗殺する。

ジェイムズ・ボンドはスパイとして致命的な欠陥を抱えている。それは悪党といえども無防備な人間を殺せないということだ。『007/わたしを愛したスパイ』ではそれが原因でヒロイン共々危うく殺されかかっているし、本作でもそのおかげでしなくてもいい苦労をしている。この設定は有り体にいえば冒険を盛り上げるためのご都合主義だけど、しかし同時に騎士道ヒーローの類型を守る意味もあるわけで、色々と大変なんだなと思う。本作でもヒーローの純潔を守るために、決着はけっこう無理してるし……。ともあれ、シリーズもので一番大切なのは様式美かもしれない、と本作を読んで思ったのだった。

特別企画「ボンドのライバルたち」。

名前はスカラマンガ。「黄金の銃をもつ男」の異名を持つ。特に言うことはない拳銃使い。★★★。

2003.5.20 (Tue)

レイモンド・ベンスン『007/ゼロ・マイナス・テン』(1997)

007/ゼロ・マイナス・テン(91x160)

★★
Zero Minus Ten / Raymond Benson
小林浩子 訳 / 早川書房 / 2002.11
ISBN 4-15-001723-9 【Amazon

ベンスン版007シリーズ長編1作目。オーストラリアで核爆発。香港で怪事件。ジェイムズ・ボンドが中国返還10日前の香港へ飛ぶ。

かねがね不可解でならなかったんだ。アクション映画ではどうして悪いやつらがヒーローを即座に片づけないのかとね。拷問にしろ処刑にしろ、必ず手のこんだやり方をするのが決まりだ。ヒーローはその猶予を利用して、結局、最後には脱出してしまう。だから、いますぐきみを射殺すべきだ、そうだろう? (p.230)

著者のレイモンド・ベンスンは3代目ボンド作家(2代目はジョン・ガードナー)。本作は映像化されることを念頭においたような派手派手スリラーだった。ボンドが香港、中国、オーストラリアと忙しく飛び回り、書類を盗んだり、捕虜になったり、中国の悪党どもとばちばち殺し合ったりする。プロットも、黒幕は誰で目的は何か? という謎で読者を引っ張る構造をとっていて刺激的。ハリウッドで奨励されてそうな教科書通りの小説という感じだった。

しかし、本作は場当たり的な盛り上がりを重視したせいか、筋書きに隙が多いのが引っ掛かる。黒幕の正体が判明すると同時に、それまでのレッド・ヘリングとおぼしき行動が不自然になるのは些細なミスだとしても、黒幕が核爆弾を仕掛けるためにわざわざ現場に出向くという意図が解せない。そんなところにいたらあンたも危険だろう、と。何のために預金をスイスの隠し口座に移したのだ、と。おとなしく部下に任せとけよ、と。また、ヒーローがやたらリベラルな立場を強調するところや、悪党と友情で結ばれる展開(実はイイ奴だった!)などが、スクリーンプレイを意識しているようで鼻につく。

小説技術の巧拙で言うなら巧い部類に入るものの、冒険譚としては現代ハリウッドのスリラー映画のように空疎なのでカタルシスがない。そういうわけで、本家007シリーズのような素朴でロマンチックな小説を期待すると肩透かしを食うだろう。何だか時代の差というのを感じる。

特別企画「ボンドのライバルたち」。

今回は黒幕の正体が興味の焦点になっているので名前は伏せる。特徴を一言でいえば、「キチガイ」。冒頭で引用したセリフを吐いているにも拘わらず、ヒーローに猶予を与えて脱出されている。★★。