2003.5c / Pulp Literature

2003.5.21 (Wed)

ブライアン・フリーマントル『嘘に抱かれた女』(1991)

★★★★
Little Grey Mice / Brian Freemantle
染田屋茂 訳 / 新潮文庫 / 1995.11
ISBN 4-10-216527-4 【Amazon

東西統一前のドイツ。KGBのセックススパイが西ドイツ高官の女秘書に接近する。

国際謀略を背景に据えた心理サスペンス。スパイが秘書を篭絡する過程を軸としながらも、スパイとその妻、スパイと秘書、秘書とその姉、秘書と上司(高官)、スパイと上司(KGB)などと複数の対立項を設定し、それぞれのパワーバランスを動かすことで緊張感を煽っている。フリーマントルは元ジャーナリストならではの国際感覚のみならず、人物描写、とりわけ心理描写に優れた作家なので、こういう手法が見事にはまる。文庫で661ページという長尺を弛緩させずに書ききっているところが素晴らしい。

この著者の本は、シリーズもの以外も注目すべきだと思った。昔読んだ『スパイよ さらば』【Amazon】も傑作だったし。

>>Author - ブライアン・フリーマントル

2003.5.30 (Fri)

マイケル・ギルバート『捕虜収容所の死』(1952)

捕虜収容所の死(112x160)

★★★★
Death in Captivity / Michael Gilbert
石田喜彦 訳 / 創元推理文庫 / 2003.5
ISBN 4-488-23802-5 【Amazon

1943年7月。イタリア国内にある、英国人将校用の捕虜収容所で、捕虜の1人が何者かに殺害された。死体が掘削途中のトンネル(脱走用)内で発見されたため、将校たちはひとまずそれを移動する。

これは面白かった。捕虜収容所という究極の閉鎖空間を舞台に、不可能趣味の謎と、脱走劇のスリルを両立させている。被害者はスパイ疑惑のかかっていた男だから、誰が犯人であってもおかしくない。当局の追及をかわしつつ、捕虜側は内密に犯人探しを進めていく。また、彼らは脱走用のトンネルを抱えており、絶対にその秘密を守らなければならなかった。

収容所ものの面白さの一つに、その場所ならではの生活描写が挙げられる。何といっても極端に自由を制限される空間だから、娑婆の人間にとってはすべてが興味深いのだ。特に今回の捕虜収容所だと、最高指揮官を筆頭に捕虜が組織化されているのが目を惹く。彼らは自主性が尊重されており、ある程度の独立した意志決定が許されている。そして、何がどこまで許されるのかというのが、相手の機嫌をはかるバロメーターになっている。

捕虜の待遇は国際条約によって人道的に扱うよう規定されているのだけど、それにはいくらでも抜け穴があるのだから恐ろしい。気に入らない捕虜に濡れ衣を着せて外に連れ出し、「事故」として処理することだってできる。本作では捕虜を支配する敵の大尉が、紳士の仮面を被った卑劣漢であるため、常に命の危機と隣り合わせにある。

というわけで、収容所ならではのスリルを堪能したのだった。謎解きものの面白さとしっかり絡み合っているのが良い。