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2003.6.11 (Wed)
▽パーシヴァル・ワイルド『悪党どものお楽しみ』(1929)
★★★★
Rogues in Clover / Percival Wilde
巴妙子 訳 / 国書刊行会 / 2000.11
ISBN 4-336-04246-2 【Amazon】
元イカサマ賭博師を主人公にした連作短編集。「シンボル」、「カードの出方」、「ポーカー・ドッグ」、「赤と黒」、「良心の問題」、「ビギナーズ・ラック」、「火の柱」、「アカニレの皮」の8編、プラス「エピローグ」。
ホームズ&ワトスン役の形式を踏襲したユーモア小説。農夫の主人公がワトスン役に巻き込まれる形でゲームに関係し、賭博師の経験を生かして相手のイカサマを暴いていく。ほとんどが地味な物理トリックで、手品の裏側を見るような楽しみがある。また、相手のトリックを逆手に取ったり、意外な展開を見せたりと、どれも捻りが効かせてあって小気味良い。
以下、各短編について。
「シンボル」"The Symbol"
同業者に騙された主人公が6年ぶりに田舎へ帰る。賭博から足を洗って腰を落ち着けようというのだ。ところが、息子の変わりように腹を立てた父が許してくれない。そこで居住権を賭けてポーカーの勝負をするが……。これはやっぱりアイテムの使い方が上手いとしか言いようがない。後から考えるとタイトルの付け方も計算されていたのだな、と感心してしまう。このエピソードによって、連作における主人公の属性が高らかに宣言されたわけだ。★★★★。
「カードの出方」"The Run of the Cards"
農夫生活をしていた主人公が、偶然知り合った婦人の頼みでイカサマ賭博師と対決することになる。カードをチェンジする前にひたすらレイズを繰り返していくところは、まるで『ジョジョ』第三部のダービー戦【Amazon】(魂を賭けるポーカー勝負)のよう。小切手まで持ち出して多額の財産を賭ける場面なんて、仲間全員の魂を一気に賭けた承太郎を彷彿とさせる。本作はイカサマのトリックもさることながら、そこからもう一捻りあるところが良い。★★★★。
「ポーカー・ドッグ」"The Poker Dog"
婦人の頼みでニューヨークへ。何でも、目印を使って特定のカードを配ったのに、イカサマのそぶりすら見せずにカードが替わってしまったという。そいつのトリックを暴く。この小説も、やっぱり犬の使い方が面白いとしか言いようがない。なるほどそこに関係するのか、みたいな。★★★★。
「赤と黒」"Red and Black"
ルーレットで13回連続で黒に入って大損こいた男が、イカサマを暴くよう依頼してくる。依頼人がもの凄く嫌な奴であるため、それならではの捻りがある。イカサマの謎はまあまあ普通かな。★★★。
「良心の問題」"A Case of Conscience"
会員になるのが超難関の、由緒正しいウィンザー・クラブ。そこで金持ちと貧乏な男がカシーノで勝負し、後者が常に勝つという異常事態が発生した。その謎を暴く。カシーノは全てのカードを使用するためイカサマがやりづらい。なのにどうやってこういう一方的な結果になったのか? トリック方面についてはちょっとパワーダウンか。ウィンザー・クラブを巡る物語に可笑しみがあるくらい。会員になるのに30年も掛かるとか、子供の代になってやっと会員になれたとか。それにしてもラストの持ち上げっぷりには苦笑した。みんな感動し過ぎだって。★★★。
「ビギナーズ・ラック」"Beginner's Luck"
イカサマ暴きで有名になった主人公のもとに依頼の手紙が大量に舞い込む。その中から気になるものが一通あって、主人公はワトスン役を送り込む。ポーカーの名プレイヤーというのは、イカサマの達人のことではなく、ブラフの達人のことなのだな。この短編ではワトスン役が大活躍。勇気を振り絞って名プレイヤーを脅迫するところが健気だ。★★★。
「火の柱」"The Pillar of Fire"
ビーチでポーカーのイカサマを暴く。まず読心術についてのエピソードが複数語られ、続いて実践編とばかりにそれに絡んだ探偵劇が起きる。浜辺で水着姿というイカサマに向いてないシチュエーションで、どんなトリックを用いたのか。本作はトリックを逆手取ったやりとりが素晴らしい。★★★★。
「アカニレの皮」"Slippery Elm"
最後はチェス。クラブの鼻つまみ者を追い出すべく、主人公が策略を巡らせる。クラブの最弱メンバーをいかにして鼻つまみ者(けっこう強い)に勝たせるか、が興味の焦点。主人公はチェスのことを全く知らない。今までは得意ジャンルでの活躍だったが、果たして未知のジャンルにチャレンジする今回はどうなるか。本作はトリックがどうのこうのというより、クラブを構成するキャラクターたちの所業が面白い。心理戦と称して嘘の報告で敵を攻めるところなんか、けっこうえぐくて苦笑してしまう。★★★。
2003.6.13 (Fri)
▽パーシヴァル・ワイルド『探偵術教えます』(1947)
★★★★
P. MORAN, Operative / Percival Wilde
巴妙子 訳 / 晶文社 / 2002.11
ISBN 4-7949-2734-7 【Amazon】
連作短編集。通信教育で探偵講座を受講している運転手が、あれよあれよと事件を解決していく。「P・モーランの尾行術」、「P・モーランの推理法」、「P・モーランと放火犯」、「P・モーランのホテル探偵」、「P・モーランと脅迫状」、「P・モーランと消えたダイヤモンド」、「P・モーラン、指紋の専門家」の7編。
生徒と教官による往復書簡形式。生徒のおつむがかなり弱いため、言葉の意味を取り違えたり、極端な行動に出たり、滅茶苦茶やらかすところに面白味がある。さらに、そんなボンクラに対して、教官はビジネスライクな態度で応対するのだけど、話が進んでいくうちに利己的な本性を現していくところが笑える。直接顔を合わせないからこそ、2人の応酬が精彩を放っているわけで、書簡形式を上手く使っているなと思った。
以下、各短編について。
「P・モーランの尾行術」"P. MORAN, Shadow"
イタリア人を尾行したら、何とそいつは麻薬の密売人だった。女の子と知り合いになって、その売人の車に乗せられてさあ大変、という事態になる。主人公の天然っぷりが遺憾なく発揮された短編。通信講座の教官が、主人公に賞金の山分けを持ちかけてくるところが笑える。★★★。
「P・モーランの推理法」"P. MORAN, Deductor"
新しく入ってきた使用人の女の子とドライブし、寡黙な男と知り合う。その後、雇い主の家でパーティがあり、そこで事件が起きる。ダメ人間の癖に射撃が得意なんてのび太みたいだ、と思った輩が全国に10万人はいると見た。シャーロック・ホームズの職業当ては、元々がギャグにしか見えないような代物だったので、どんな風に使っても可笑しみが生まれる。かなりおいしいネタだということが分かった。★★★。
「P・モーランと放火犯」"P. MORAN, Fire-fighter"
自分を訪ねてきた女の子に、建物を泊まり込みで見張るよう依頼される。何でも、その建物は放火の危険があるらしい。とある偶然による悪党の逮捕と、その後のもう一捻り。電報の字数を気にしたり、料金に文句をつけたり、通信講座の教官との争いも面白い。★★★★。
「P・モーランのホテル探偵」"P. MORAN, House Dick"
大金持ちが宿泊するホテルで探偵のアルバイトをする。教官の皮肉を文字通り受け取る主人公のマヌケさ! 危ないと見たら蜥蜴の尻尾切りも辞さない教官のしたたかさ! 遠く離れた2人は、ステージで漫才するお笑い芸人以上の名コンビだ。★★★。
「P・モーランと脅迫状」"P. MORAN, and the Poison Pen"
銀行の支配人の元に脅迫状が届いたので犯人を捜す。脅迫の内容は、金を出さないとお前の過去をばらす、みたいなもの。これはわりとトリック重視なフーダニットで、今までの連作とは違った面白さがあった。報奨の見込みがないと踏むや、あっさりと介入を諦める教官も良い。★★★。
「P・モーランと消えたダイヤモンド」"P. MORAN, Diamond-Hunter"
パーティでダイヤモンドが紛失したため捜索する。コナン・ドイルやダシール・ハメットといった探偵小説を手本にドタバタやらかす話。脅迫にびびる教官に参った。★★★。
「P・モーラン、指紋の専門家」"P. MORAN, Fingerprint Expert"
指紋鑑定キットで遊んでいるうちに事件に巻き込まれる。この主人公は女の子に騙されてばかりだ。してやったりのオチが素晴らしい。★★★★。
2003.6.17 (Tue)
▲チャック・パラニューク『インヴィジブル・モンスターズ』(1999)
★★★
Invisible Monsters / Chuck Palahniuk
池田真紀子 訳 / 早川書房 / 2003.5
ISBN 4-15-208493-6 【Amazon】
ライフルで顎を吹っ飛ばされてモンスターになった女性が火事場で過去語り。
『ファイト・クラブ』【Amazon】でデビューし、一躍脚光を浴びた著者の事実上の処女作。内容は「信頼できない語り手」による時系列錯綜劇(跳びまくり)で、作中に充満する閉塞感というか、切迫感というか、そういう感覚は相変わらずだった。語り手を含む登場人物がやたら電波で、偏執的で、実在感が備わっていないところが、いい意味で読み手に緊張を強いていると思う。丹念に伏線が張られた筋書きに、支離滅裂な電波小説の衣装をまとわせる手並みが巧妙だった。
「ぼくが言いたいのは」セスが言う。「ひょっとしたらテレビは人を神にするということだ」セスは言う。「そして、ぼくらは神のテレビ番組にすぎないのかもしれないということだ」(p.66)
この小説を支配する閉塞感の源は、たぶん方々で指摘されている「消費社会」なのだろうけど、その構成要素として「神の不在」が大きな役割を負っているのではないかと思った。それは精神的な意味でもそうだし、特に今回は性転換やその他外科手術に象徴される通り、肉体レベルでの「神の不在(=反自然とか。人が神になったとか)」が強調されている。時系列が錯綜する構成も、上に引用したような「神になった人」によるザッピングを意識したものなのだろう。本作は『ファイト・クラブ』の原点という意味で興味深かった。
2003.6.19 (Thu)
▲山田風太郎『飛騨忍法帖』(1960)
★★★
文春ネスコ / 2003.4
ISBN 4-89036-178-2 【Amazon】
幕末。野心家の飛騨忍者が講武所でトラブルをおこす。その後は宗像主水正に仕えるも、早々に主君が暗殺されてしまう。殺したのは主君の同僚だった。飛騨忍者は未亡人の仇討ちに随行する。
正式名称は『軍艦忍法帖』(本書のは旧題)。普通の時代小説みたいな話だった。悪党が「情欲」を行動原理にしているのがいかにも忍法帖らしいけれど、今回は幕末という大きな時代のうねりを背景にしていて、その枠組みに飲み込まれる形でプロットが進行している。そもそも、忍者が1人しか出てこないところが珍しい。主人公は飛騨幻法を駆使をする腕っこきの忍者。1人で何十人もの兵をなぎ倒す豪の者だったが、女に惚れたことで忍法に翳りが生じてしまう。と、そんな不備な状況のなかで、鉄砲や大砲といった近代兵器に立ち向かうことになる。
勝海舟や芹沢鴨など、実在の有名人と関わりを持ち、さらに5年というまとまった時間が流れる。まるで大河ドラマみたいで刺激的だった。勝海舟はとんでもなく懐の深い男で、自分と敵対する人物を日本のために役立てようと働きかける。未亡人と忍者を庇護する反面、仇討ちの対象も人材として取り込もうとするのだから半端じゃない。仇討ちという個人の利益が、維新という公共の利益と交錯し、そしていつしかその目的意識が揺らいでしまう。歴史的事実を個人に重ねていく手腕が絶妙だった。