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2003.6.21 (Sat)
▼ウィリアム・ゴールディング『我が町、ぼくを呼ぶ声』(1966)
★★
Pyramid / William Golding
井出弘之 訳 / 集英社文庫 / 1983.1
ISBN 4-08-760092-0 【Amazon】
舞台はイギリスの田舎町。オックスフォード大学への入学が決まっている少年の家に、深夜、憧れの少女が助けを求めにやってきた。何でも、少年の隣人にして少女の彼氏である男が、自動車を池に落としたのだという。少年はしぶしぶ引き揚げ作業を手伝い、それがきっかけで憧れの少女とお近づきになる
ゴールディングの長編6作目。この小説は連作短編集のような3部構成で、上記のあらすじはその中の第1部に相当する。主人公は幼少時代に音楽家の道を志して断念しており、本作は「音楽」が作品を結ぶ縦糸として重要な位置を占めている。
ジャンルは一風変わった青春小説といったところ。思春期にありがちな身勝手な征服欲と、女性にまつわるほろ苦い思い出などが語られる。……のだけど、話はそう単純ではない。各部は主人公を取り巻く人物・事件が違うため、先の展開が読めないし、また全体としてどういうテーマを扱っているのかも予想できない。たとえば、第1部では憧れの女の子との恋愛ストーリーが語られていたのに、第2部ではがらりと代わって音楽会のエピソードに移り、さらに第3部では恩師にまつわる悲しい話にまで跳んでしまうのだ。繋がりが見えてくるのが時制を遡った第3部、それも終盤なので、冒頭で述べたあらすじは紹介文としてほとんど無意味。繋がりが見えないから終始ちぐはぐな印象を受ける。
お馴染みの「獣性」は第1部でちらとほのめかされる程度だし、展開の仕方は予備知識なしで読むとかなり散漫に見える。独創的な小説であることは認めるものの、『蝿の王』【Amazon】で期待した人にはかなりきついだろう。まあ、ゴールディングは普通の青春小説も書いていたのだな、ということで。
ところで、タイトルの「ピラミッド」ってどういう意味だったのだろう?
2003.6.24 (Tue)
▼ジョン・ル・カレ『われらのゲーム』(1995)
★★
Our Game / Johan le Carre
村上博基 訳 / ハヤカワ文庫 / 1999.6
ISBN 4-15-040916-1 【Amazon】
英国情報部の元スパイが元部下の起こした対ロシア政府の詐欺事件に巻き込まれる。
ロシアの民族問題(イングーシ人)をクローズアップした社会派小説。あるいは、「強者に蹂躙される弱者」というもう少し広い枠で括れるだろうか。政府の弾圧を受けるマイノリティ、冷戦終了と同時に解雇されたスパイ、人生を奪われた二重スパイ。本作では強者のエゴによって犠牲を強いられた人たちがドラマを形成する。物語は典型的な巻き込まれ型で、それまで盲目だった主人公が民族問題と元部下に対する認識を改めていく。
と、そういう「イイ話」なのだけど、あまりのめり込むことができなかった。民族問題に関しては良くも悪くもお勉強の域を出ていないし、相当の分量を費やした主人公と元部下の愛憎関係も、一人称の話者がフラッシュバック的に過去を回想しながら先へ進む構成のため、散漫で見通しが悪い。民族問題に対する熱い憤りは感じられるものの、それ以前に読み物として問題があるんじゃないかと思った。
2003.6.26 (Thu)
▲サラ・ウォーターズ『半身』(1999)

★★★
Affinity / Sarah Waters
中村有希 訳 / 創元推理文庫 / 2003.5
ISBN 4-488-25402-0 【Amazon】
ISBN 1-573-22873-7 【Amazon】(原書)
1874年のロンドン。父を亡くした令嬢マーガレットが、テムズ河畔にあるミルバンク監獄を慰問する。そこで不思議な女囚シライナに遭遇、彼女は霊媒だった。マーガレットはシライナに惹かれていく。
オール日記形式のゴシックロマン。監獄、霊媒、同性愛と、ゴシックらしい(?)耽美な意匠に包まれている。
ヴィクトリア朝は階級制度に則った窮屈な時代。と同時に、まだ科学に空白のある時代でもあった。宗教も心霊術も今ほどリアリティを失っていない。抑圧された女たちは、「日常」という監獄に慰めを見出そうと、心霊術という夢の世界に逃避している。とにかく人形でいることから解放されたかったのだ。抑圧とロマンが入り交じったこの雰囲気は、ヴィクトリアン好きには堪らないものがあるだろう。社会の要請によって、あるべき女性像が定まっていた時代。周囲の監視によって、行動が著しく制限されていた時代。本作は女の内面を赤裸々に綴っているせいか、当時の生活に臨場感があって引き込まれる。
ただ、ミステリ的な仕掛けは見え見えなので、目の肥えた読者ならすぐにネタが割れそう。この小説の教訓は、「日記なんて書くもんじゃない」ということか。でも、覗き見する人間からしたら、日記ほど面白いものはないんだよね。ましてや、フィクションだと作者の技巧が凝らされているわけだし。騙してやる〜、騙してやる〜、みたいな綱渡り的筆致。マーガレットが実は義理の妹に色目を使っていたなんて、それまでの記述ではまず分からなくて、思わず「おいおい」と突っ込んでしまった。他者の眼差しを反射することでようやく露わになる事実。マーガレットもシライナも、一人称を隠れ蓑にして禁断の愛を育んでいる。
今思えば、強面の看守もレズビアンだったのだろうか。確か途中で怪しげな振る舞いをしていたし。むしろ登場人物全員が、実は同性愛者とかだったら、それはそれで衝撃的だったかもしれない。ミルバンク監獄はゴモラの園だった! みたいな。満月の夜には肉体の饗宴が繰り広げられており、家庭から逃げたいマーガレットはふらふらと吸い寄せられていく。「監獄」から監獄へ。ミッションオーバー。
(2003/08/02 追記)
2ちゃんねるによると、誤訳のせいで結末とテーマが変わっているらしい。以下、抜粋。
194 :ネタバレありかも:03/07/04 01:32
サラ・ウォーターズ「半身」(創元推理文庫)の誤訳
1 最後の1行
"Remember," Ruth is saying, "whose girl you are."
翻訳 「言ってごらん」ルースはいった。「おまえは誰のものか」
正しい訳 「忘れないで」ルースが言っている。「あなたが誰の恋人か」
理由 ルースはこの前の部分で相手を「あなた」と言っているのに、ここで急に「おまえ」と言うような変化が原書にはない。ルースはほかの女性のベッドへ行く同性愛の恋人に、横から、「ほんとの恋人は自分だよ、心変わりしないでよ」と言ってる。面と向かって「言ってごらん」というところではない。
2 後ろから2つ目の日記の最後に近いところ。
...you have the last thread of my heart.
翻訳 わたしの心臓をこの世につなぎとめる、あなたの指先の糸は最後の一本になった。
正しい訳 あなたの手にあるのは、わたしの心(心臓も可能)をつなぎとめる最後の糸。
理由 指先の糸なんてスパイダーマンか。これでは相手が糸を何本ももっていて、最後の糸になったみたいだが、実際は、これまでに赤い糸で結ばれたと思った人がたくさんいたが、みんなに裏切られ、最後の恋人のあなたにも裏切られた、だからあなたが最後の赤い糸、という意味。
どちらも作品のテーマを変えてしまうような誤訳。困った。
Amazonのレビューにも似たような指摘があった(日付から察するに同一人物だろうか?)。翻訳に誤訳はつきものとはいえ、ここまで致命的なのは珍しいと思う。
2003.6.29 (Sun)
▲チャールズ・ディケンズ『二都物語』(1859)
★★★
A Tale of Two Cities / Charles Dickens
中野好夫 訳 / 新潮文庫 / 1967.1
ISBN 4-10-203003-4 【Amazon】
ISBN 4-10-203004-2 【Amazon】
フランス革命下のパリ。品行方正の元貴族が革命政府に捕まる。
正義の暴走や民衆の凶暴性をシニカルに描いた小説。民衆による憎悪の奔流と、それに対置する主人公サイドの崇高さが、対比効果となって感動を生む。さらに、主人公サイドの自発的な自己犠牲と、革命市民の強制的な自己犠牲の対比が、立場によって変わる人間の都合よさみたいなものを浮き彫りにする。ドストエフスキーはディケンズに影響を受けたらしいけれど、確かに本作の「庶民」、「自己犠牲」といった要素は、いかにも彼好みという感じがする。あと、過剰な人物造詣も。