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2003.7.21 (Mon)
▼チャールズ・ディケンズ『リトル・ドリット』(1857)
★★
Little Dorrit / Charles Dickens
小池滋 訳 / ちくま文庫 / 1991.1
ISBN 4-480-02521-9 【Amazon】
ISBN 4-480-02522-7 【Amazon】
ISBN 4-480-02523-5 【Amazon】
ISBN 4-480-02524-3 【Amazon】
債務者監獄で暮らすドリット一家。献身的なリトル・ドリットと、紳士のアーサー・クレナムが懇意になる。
『二都物語』も『大いなる遺産』も人物造詣が過剰だったけれど、本作ではそれがよりエスカレートしている。監獄時代に蓋をするウィリアム・ドリット、上塗りの名人ジェネラル夫人、「意識の流れ」で演説するフローラ、攻撃的なボケ老人・Fの伯母さん、蒸気船に喩えられるパンクス、薬物投与好きの暴力夫フリントウィンチ……。全てが忘れがたい強烈な印象を残す。また、文章も負けず劣らず過剰だ。というのもこの小説、ストーリー進行を犠牲にしてまで、人物の対立や場面場面をうんざりするほど濃密に描くのである。本作を読んで、「漫画においてはすべてが過剰である」(p.11)という『漫画原論』の一節を想起せずにはいられなかった。
2003.7.22 (Tue)
▲チャールズ・ディケンズ「炉ばたのこおろぎ」(1845)
★★★
The Cricket on the Hearth / Charles Dickens
皆河宗一 訳 / 河出書房 / 1989.10
"Christmas Books"の3作目。幼なじみと強欲老人の心ない結婚を阻止。ついでに盲目少女の目が見えるようになる。
ざっとネットで調べたところ、この中編には定番と呼べる訳本はなさそう。ちなみに私は、「河出世界文学全集」の皆河宗一訳で読んだ。他にどんな訳本があるかは、ディケンズ・フェロウシップが参考になる。
本作は"Christmas Books"ということで、「クリスマス・キャロル」系統の改悛話。物語が終わる頃には、強欲老人は改心し、夫婦の誤解は解け、死んだと思っていた幼なじみが現れてめでたしめでたし……、などといういささか出来過ぎの大団円を迎える。驚いたのは、『リトル・ドリット』では鬱陶しかった過剰な文章が、本作では見事に物語と調和しているところだ。ディケンズの過剰さは、中編でこそ威力を発揮するらしい。
2003.7.23 (Wed)
▲エド・マクベイン『ビッグ・バッド・シティ』(1999)
★★★
The Big Bad City (1999) / Ed McBain
山本博 訳 / 早川書房 / 2000.7
ISBN 4-15-001691-7 【Amazon】
87分署シリーズ49作目。(1) 修道女の絞殺体が発見される。その女は豊胸手術をし、金に困っていた。(2) 犯行現場にクッキーを残していく空き巣・クッキーボーイを追う。(3) 『寡婦』でキャレラの父親を殺害した黒人が、キャレラを殺そうと付け狙う。
(1)について。このプロットでは証言者による物語の捏造が見られる。(2)について。クッキー・ボーイが空き巣に入った先で殺人事件に遭遇する。クッキー・ボーイの小市民的なキャラクターと相俟って、この部分にはユーモラスな味わいがある。
(3)について。これは別にどうでもいいかな。犯人が強迫観念にとり憑かれた精神異常者であり、なおかつ主人公格に関わるイベントなのだけど、(1)(2)と比べてプライオリティが低いように見える。
2003.7.28 (Mon)
▲ウィリアム・シェイクスピア『ロミオとジュリエット』(1595)
★★★
Romeo and Juliet / William Shakespeare
中野好夫 訳 / 新潮文庫 / 1994
ISBN 4-10-202001-2 【Amazon】
ロミオとジュリエットのロマンス。両家は対立していて、恋愛もままならない。
ロミオとジュリエットにリチャード・ベイマーとナタリー・ウッドをイメージして臨んだので(*1)、本作のジュリットが数え年で14歳なのに驚いた。14歳といったら現代日本では中学生であり、いい歳こいた大人がこれに懸想したらロリコンの誹りは免れない。そりゃあ、昔はその年齢で一人前だったのだろうけど(*2)、それにしても、14歳がこんな情熱的なロマンスを演じるとは俄に想像がつかない。
カップルの悲劇については、饒舌で、極端で、詩的な感情表現についていけなかった。それどころか、言ってることがいちいち白々しいとさえ思っていた。しかし、この悲劇を引き金にして、対立する両家に平和がもたらされる展開は気に入った。2人が死ぬことで世界が浄化されるという皮肉。彼らはまるで生贄ではないか! この戯曲は神話的な趣さえあると思う。
2003.7.29 (Tue)
▲ウィリアム・シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』(1599)
★★★
Julius Caesar / William Shakespeare
福田恆存 訳 / 新潮文庫 / 1968.3
ISBN 4-10-202006-3 【Amazon】
ブルータス一党がジュリアス・シーザーを暗殺する。
タイトルに反して本作の主人公はブルータスであり、物語はシーザー暗殺とその後の顛末を扱っている。ブルータスはやたら高潔な人物として描かれているものの、歴史的英雄を裏切った保守派という点で、「感情移入できない主人公」の部類に入る。自分はシーザーを裏切ったくせに、誰にも裏切られなかったことに充足感を得ているところがとても滑稽。こういう前向きな姿勢は見習いたいものである。
アントニーの扇動やブルータスの最後などが本作の見所とされているけれど、他にもそれらに匹敵する名シーンとして、「民衆の暴動」が挙げられる。反逆者と同姓という理由で詩人を拘引するなんてまさに「衆愚」を地でいく所業だ。この下りは、民衆の残酷さを描いた『二都物語』を彷彿とさせて寒気がする。
2003.7.31 (Thu)
▲ウィリアム・シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』(1606-7)
★★★
Anthony and Cleopatra / William Shakespeare
福田恆存 訳 / 新潮文庫 / 1972.3
ISBN 4-10-202010-1 【Amazon】
クレオパトラに心を奪われたアントニーがオクティヴィアス・シーザーと戦う。
権力闘争と愛欲劇を『ロミオとジュリエット』式のすれ違いで味付けした話。『ジュリアス・シーザー』では持ち前の機知で民衆を扇動していたアントニーも、本作では女にうつつを抜かした愚人と化している。何だか悲しい。
歴史上の一大事件に材をとりながらも、あくまで個人の物語として終始するところが面白い。クレオパトラの死によって、建国300年のプトレマイオス朝は滅亡するのに、本作はそういった歴史のダイナミズムをまったく感じさせないのである。こういうのを読むと、我々はテレビによる劇場型政治に毒されているのだななと思う。ブラウン管を通すと、何でもかんでも事件になってしまう。