2003.10c / Pulp Literature

2003.10.21 (Tue)

ウィリアム・シェイクスピア『あらし』(1611-2)

★★
The Tempest / William Shakespeare
福田恆存 訳 / 新潮文庫 / 1972.1
ISBN 4-10-202009-8 【Amazon

孤島に流された元国王が魔法を使って復讐する。(1)敵の息子と自分の娘が恋仲。(2)敵の中に暗殺を企む裏切り者。(3)魔女の子と敵の二人組によるお笑い劇。

シェイクスピア最後の作にして、クローズドサークルを舞台にした倒叙系復讐物語。復讐者の存在を中心として、上記の三筋が並行する(復讐者=神のごとき存在)。実は二ヶ月前に読んだので記憶が薄れている。

本作の特徴は、復讐計画の全貌を読者(観客)に明かさないことと、元国王の性質(善人なのか悪人なのか)が曖昧になっているところだろう。前者は露骨に計画の核を隠しているし、後者は島を乗っ取る悪徳エピソード(*1)とその後の展開にかなりのギャップが生じていて人物像が絞りきれなくなっている。

計画隠蔽に関しては読者(観客)の興味を繋ぐ手段だからいいとしても、人物像の変化に関しては洒落になっていないのではないかと思った。なぜかというと、この変化は人物の多面性や深みを引き出すタイプのものではなく、ストーリーの要請のために引き起こされた、言ってみれば場当たり的なものだからだ。これは『お気に召すまま』の「改心」に匹敵する唐突さであり、しかも本作の場合、変化の対象が主人公であるぶん、余計にアンバランスさが目立っている。すべては「閉じた世界」でドラマを作るための措置なのだろうけど、それを勘案しても釈然としないものが残った。

*1: 騙し討ちで島を乗っ取り、魔女の子を奴隷にする。ただ、当時の英国では土人に対してなら何をやっても許されるという価値観が存在していたみたいで、だから、これを「悪徳」とするのは無理がある。

2003.10.25 (Sat)

カトリーヌ・アルレー『目には目を』(1960)

目には目を(120x160)

★★★★★
Le Talion / Catherine Arley
安堂信也 訳 / 創元推理文庫 / 1961.1
ISBN 4-488-14005-X 【Amazon

女が財産目的で夫を殺し、金持ちと結婚する。

悪女の造形が鮮烈なサスペンス小説。欲望に忠実な天然系悪女による陰謀劇が、4人の男女の独白体で綴られる。特徴的なのは、それぞれが相手をどう思い、これからどう行動しようとしているのかが、読者に対してオープンになっているところだ。誤魔化しの効かないストレートな視点が、登場人物の感情──特に悪女の異常な思考を生々しく伝えてくる。『響きと怒り』では白痴の一人称、『キラー・オン・ザ・ロード』【Amazon】ではサイコパスの一人称が使われていたけれど、本作の悪女もそれらに匹敵するほどのインパクトがある。

ところで、本作を読んで思い起こしたのが、ジェームス・M・ケインの『郵便配達夫は二度ベルを鳴らす』【Amazon】。両者は殺人の動機が「財産」と「愛情」という風に対照的であるものの、運命的な展開で幕を閉じるところが共通している。これはもうある種の様式美のようだ。

2003.10.28 (Tue)

パトリシア・ハイスミス『変身の恐怖』(1969)

変身の恐怖(112x160)

★★★
The Tremor of Forgery / Patricia Highsmith
吉田健一 訳 / ちくま文庫 / 1997.12
ISBN 4-480-03326-2 【Amazon

チュニジアに滞在中のアメリカ人作家に、殺人の疑惑がかけられる。

『リプリー』【Amazon】系統のサスペンスではなく、展開がひどく緩慢な文学指向の小説。欧米人をアフリカに放り込んだ小説にコンラッドの『闇の奥』【Amazon】があったけれど、本作はその系譜に連なる小説なのかもしれない。『闇の奥』でヨーロッパの文明が相対化されたように、本作ではアメリカの倫理観が相対化されている。近景にゲイとクリスチャン。遠景にベトナム戦争。『闇の奥』におけるコンゴと本作におけるチュニジアは、「異世界」と「異文化」ぐらいの開きがある。

なぜ、『妻を殺したかった男』【Amazon】の冤罪で破滅する善人に同情できないのか。答えは空気が読めない奴だから。なぜ、本作のカトリック的価値観を信じる堅物に鬱陶しさをおぼえるのか。答えは空気が読めない奴だから。要領の悪い奴が損をするのは、動物的な生存競争という意味ですこぶる妥当なわけで、だからハイスミスの小説ではしばしば善玉に感情移入できないのだろう。社会的な生き物にとって、罪悪とは空気が読めないことなのだ。

2003.10.31 (Fri)

松本清張『ゼロの焦点』(1959)

★★★
新潮文庫 / 1971.2
ISBN 4-10-110916-8 【Amazon

新婚1週間で失踪した夫を探す。そして、連続殺人事件が発生する。

謎めいた夫の過去を探っていくというストーリー。最近読んだ『眼の壁』よりも社会派要素の演出に優れていた。終戦直後を考察した談話が、犯人のコンプレックスと焦燥を冷徹に炙り出していたのである。やはり、社会問題をセンセーショナルに扱うには、第三者が謎をじわじわ剥いでいくのがベストなのだろう。推理小説の醍醐味は「ホワイダニット」にあると思う。

今回は「社会派」の部分が割と納得のいく内容だったものの、「推理小説」の部分がいまいちお粗末だった。主人公が録音に気づかないのは、『点と線』で刑事が簡単なアリバイトリックに気づかないのと同種の不自然さだろう。こういう部分がちくちく刺さって気になるのが、著者の小説の特徴だったりする。今まで読んだ限りでは、どうして一時代を築いたのかが分からない。大して面白くないじゃんね。