2003.12a / Pulp Literature

2003.12.2 (Tue)

ニコルソン・ベイカー『フェルマータ』(1994)

フェルマータ(103x160)

★★★
Fermata / Nicholson Baker
岸本佐和子 訳 / 白水uブックス / 1998.8
ISBN 4-560-07124-1 【Amazon

時間を止めて性的欲望を満足させる男が自叙伝を書く。服を脱がして女性の陰毛を眺めたり、自作のポルノ小説を相手の持ち物に仕込んで読ませたり。

「フェルマータ」は「女性の裸への渇望」が生んだ時間停止能力。能力を発動するには波があって、一度その波を掴んだら何時間も時を止めていることができる(*1)。しかし、このような特権的な力を持っているにもかかわらず、やることは『インビジブル』【Amazon】のようにセコイというのが、この小説の枠組みになっている。独自の倫理観から逸脱できないところに可笑しみをおぼえる反面、女性と歪んだ繋がりしか持てない性癖に病的なものを感じる。『中二階』における物の氾濫といい、『もしもし』における希薄な人間関係といい、ニコルソン・ベイカーの小説は、滑稽さの裏にけっこうな悲しみも備えている。

で、例によって性的エピソード群はいまいちぴんとこなかった。強いていえば、作中作『図書館司書マリアン』(*2)のくだらなさにかろうじて笑ったくらい。思えば、トム・イーウェルが妄想を繰り広げる『七年目の浮気』【Amazon】も駄目だったので、個人的にこういう笑いが苦手なのだろう。ただ、今回は対話形式の『もしもし』と違って、語り手の思索が生々しく伝わってくる形式なのが救いだった。

以下、ネタバレ。

途中まで語り手の露悪趣向に興じる小説だと思っていたので、ラストで回復の物語に帰結するのには驚いた。しかも、女性をリアリスティックに描かないことで、この結末が語り手の願望妄想かもしれないという悲劇的な可能性を残しているところにぞっとする。溜飲を下げつつもやや苦い後味だった。

*1: そういえば、『ジョジョの奇妙な冒険』に「10秒も時を止めていられないくせに世界征服を企んだ吸血鬼」がいた。
*2: ルビは「マリアン・ザ・ライブラリアン」と振ってある。この名前を読んだ瞬間、『パロディ放送局UHF』【IMDb】の「コナン・ザ・ライブラリアン」を思い出したのは私だけではあるまい。

2003.12.5 (Fri)

パトリシア・ハイスミス『リプリーをまねた少年』(1980)

★★
The Boy Who Fllowed Ripley / Patricia Highsmith
柿沼瑛子 訳 / 河出文庫 / 1996.12
ISBN 4-309-46166-2 【Amazon

リプリー・シリーズ4作目。トム・リプリーの元に父親殺しの少年がやってくる。

トム・リプリーが少年の保護者を演じる。全編がリプリーに寄り添った三人称で統一されているので、少年が何を考えているのか分からないようになっている。おそらく、ティーンエイジャーの心の複雑さを外から照射する試みなのだろう。けれども、本作ではそれが成功しているようには見えなかった。

原因は少年の不透明さと、行き当たりばったりで展開する筋の不安定さにある。確かに、幾多の予感を作ることでサスペンスが成立しているのだけど、同時にそれが少年の不透明さと相俟って、オチを唐突なものにしている。父殺しの罪悪感と失恋による傷心。これらが少年の心に深刻な陰を落としているようには見えず、読んでいて首を傾げたくなってしまう。

思えば、『生者たちのゲーム』【Amazon】も似たような趣向だったけれど、こちらは本作と違って相手が不透明だった記憶がない。これは2人を対等の立場でディスカッションさせていたからで、その結果、内面の見通しがよくなっていた。翻って本作は、トム・リプリーの立場が強すぎて、少年のアピールが弱かった。

2003.12.7 (Sun)

ニコルソン・ベイカー『室温』(1984,90)

室温(108x160)

★★★
Room Temperture / Nicholson Baker
岸本佐和子 訳 / 白水社 / 1998.8
ISBN 4-560-04694-8 【Amazon

赤ん坊を見ている男のめくるめく考察。

前作『中二階』のライト版といった感じ。例によって話題が脱線していくものの、前作ほど先鋭的ではない。大きな違いは、注釈がないのと家族愛を軸にしているところで、読者獲得のためにとっつきやすくしたような印象がある。

やはり注釈がないのは大きくて、前作の緻密な雰囲気が気に入った人にとっては、本作はぬるく感じるのではないだろうか。かといって、前作のようなテンションで続けられてもそれはそれで飽きてしまう。困ったものだ。