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2004.1.1 (Thu)
▲オーギュスト・ル・ブルトン『男の争い』(1953)
★★★
Du Rififi Chez Les Hommes / Auguste Le Breton
野口雄司 訳 / 早川書房 / 2003.12
ISBN 4-15-001745-X 【Amazon】
宝石を巡ってアラビア人のヤクザ三兄弟と戦う。
旧世代と新世代の生存競争を描いている。一方は戦前から活躍していた世代で、彼らはヤクザ世界の掟を尊重する。もう一方は戦後に台頭してきた世代で、彼らは旧世代の倫理観から逸脱した行動をとる。戦争で旧世代が退潮を余儀なくされた結果、犯罪世界のルールがアメリカナイズされた。旧世代に属する主人公は、新たな勢力に淘汰されないよう、武器を持って新世代に立ち向かう。
主人公は5年の刑期を終えて出所したばかりで、作中で何度か犯罪世界の変容を嘆いている。
あのアラブ野郎ども! ……やつらは何をしても許されると思っていやがる。(中略)戦前にパリで生活していたアラブ野郎どもは、確かに、この決まりを守っていた。しかし、新たにやってきた連中ときたら……(p.33)
仁義が守られていた古き良き時代の終焉。極論すれば、主人公が戦っているのはアラビア人三兄弟ではなく、いわゆる「時代の変化」というやつなのだろう。時の移ろいから逃れることのできない、ヒーローの寂寥感が印象に残ったのだった。
なお、映画版【Amazon】は未見。原作は殺すか殺されるかの抗争が主体だけれど、映画版は金庫破りにウエイトが置かれているようだ。
2004.1.2 (Fri)
▲エド・マクベイン『でぶのオリーの原稿』(2002)
★★★
Fat Ollie's Book / Ed McBain
山本博 訳 / 早川書房 / 2003.11
ISBN 4-15-001742-5 【Amazon】
87分署シリーズ52作目。(1) 市長選に出馬予定の政治家が射殺される。(2) オリー・ウィークス(88分署刑事)の小説原稿が盗まれる。(3) 麻薬取引の手入れ。
今回は作中人物の小説が結構な役割を果たすせいか、まるで著者の本音のような小説周りの皮肉が多かった。ベストセラーリストの大半を占めるのが女性作家であること。昔は警察小説なんて誰も書かなかったのに、今ではたくさん出回っていること。読者は複雑なプロットを理解する能力がないこと(言うまでもなく、「複雑なプロット」とはこのシリーズのことだろう)。amazon.comの書評が皆、小学生の感想文並であること。話者を操る作者の影が感じ取られて面白い。
以下、各プロットについて。
(1)はフーダニット。犯人を観念させるロジックが上手い。正統的な警察小説の場合、推理だけの犯人指摘では不十分で、警察は犯人を起訴するに足る証拠を示さなければならない。今回はその指摘に妙味がある。(2)は犯人側の視点が盛り込まれた形式。妄想に囚われる様が滑稽であるものの、作中作にいまいち乗れなかった。(3)も犯人側の視点が盛り込まれている。こちらは激安犯罪者グループの間抜けぶりが面白い。特に取引現場を急襲する場面は涙なくしては読めない。というわけで、作中作に苦しめられたのだった。
2004.1.4 (Sun)
▽歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』(2003)
★★★★
文藝春秋 / 2003.3
ISBN 4-16-321720-7 【Amazon】
語り手が知人の依頼で探偵活動をする。おじいさんが保険金目的で殺されたかどうか。
結論からいうと面白かった。本作のサプライズは作者によるある技巧があってこそ成り立つものだけど、読み返してみると、まっとうな伏線のなかに突っ込み度の高い伏線が混じっていて笑わされる。ミスリードのさせ方も、感心させられるものとそりゃねーぜの類が混在。似たようなトリックの小説にマーガレット・ミラーの某作があるけれど、本作はそのエレガントさに遠く及ばない。ミラーの某作を都会のスポーツカーとすれば、さしずめ本作は田舎の改造バイクといった感じだ。しかしこの荒々しさが、作品の雰囲気、さらには作中に込められた前向きな主張に合致している。今日的な問題に一つの解答を示した本作が、ベストセラーになったのもまあまあ納得できる。
難点は文章。『世界の終わり、あるいは始まり』【Amazon】もそうだったけれど、本作もライトノベルによくありそうな紋切り型の過剰さが気になった。作品全体にオタクっぽいノリが遍在していて、隔靴掻痒といった感覚に襲われる。
2004.1.5 (Mon)
▲ノーマン・レブレヒト『だれがクラシックをだめにしたか』(1996,97)
★★★
When The Music Stops / Norman Lebrecht
喜多尾道冬・他 訳 / 音楽之友社 / 2000.12
ISBN 4-276-21741-5 【Amazon】
クラシック音楽を消費財化した業界に苦言を呈している本。演奏家本位からエージェント本位に移行した歴史を追う。
適当に拾い読みした本なので評価は保留(暫定的に3つ星をつけた)。本書は作曲家についてはあまり触れられておらず、もっぱら演奏家とエージェントに焦点が絞られている。金儲け主義を批判するのが目的で、カラヤンを「泥棒指揮者」呼ばわりしたりと表現が辛辣。ゴシップめいた記述が信頼感を損ねているものの、基本的には業界の裏面を告発する正義感に溢れている。
中間業者の搾取とスターへの富の集中はこの業界でも起こっているようで、そういう知識を漠然と受け取るにはうってうけの本かもしれない。中和の意味で、別視点の本を読みたいところだけど、エージェント絡みの歴史について書かれた本は他にないらしい。
なお、2001年2月には佐野眞一『誰が「本」を殺すのか』【Amazon】が出版されている。おそらく本書とは関係ないだろう。
2004.1.7 (Wed)
▲アガサ・クリスティ『満潮に乗って』(1948)
★★★
Taken at the Flood / Agatha Christie
恩地三保子 訳 / ハヤカワ文庫 / 1976.7
ISBN 4-15-070009-5 【Amazon】
ポアロもの。遺産を受け継いだ女と、受け継げなかった一族たちの確執。
ロス・マクっぽい世界観だった。父親的存在を失って一族と後家の間に緊張関係が生じ、賢明な観察者である娘(リン・マーチモント)によって、一族に内在する歪みが浮き彫りにされる。……といっても、似たような状況設定でもロス・マクとは転がる方向が決定的に異なっていて、その異なる部分が面白かったりするのだ。というわけで、推理小説としての技巧よりも、「歪み」をどう決着させるのかに目がいってしまった。
ところで、本作で示されるポアロの人間観は酷いもので、彼の主張するところの「人間は変わることはできない」は、パズルの構造を分かりやすくするための、言ってみれば都合の良い方便にしか思えなかった。しかも、「名探偵」の物言いは結果的に正しいため、その反動として釈然としない思いが増幅される。推理小説は、作者の都合が見え隠れすると途端に興醒めするから難しいものだ。