2004.1c / Pulp Literature

2004.1.22 (Thu)

呉智英『言葉につける薬』(1994)

言葉につける薬(110x160)

★★★
双葉文庫 / 1998.1
ISBN 4-575-71110-1 【Amazon

言葉関連のコラム集。

「日本語の乱れを指摘する」というのがテーマ。ジャンルとしては雑学本の類に入るだろうか。ただし、雑学本とはいっても、最近流行しているトリビア系のような、実用性の低いものではない。語源を参照して正しい意味を示すプロセスはけっこう参考になる。

ミステリ読みとして興味を惹いたのは、「巴旦杏、香ばしいか酸っぱいか」の項。ここでは「ある無名の推理作家」の小説にあった間違いを取り上げ、その無知をここぞとばかりに晒しあげている。何でもその推理作家は、青酸カリと胃液が反応してできるシアン化水素の匂いを、「アーモンドに似た香ばしい匂い」と勘違いしていたらしい。正しくは「巴旦杏に似た甘酸っぱい匂い」で、このことを著者は、「推理錯家」なる造語でもってバカにしている。

2004.1.25 (Sun)

中条省平『文章読本―文豪に学ぶテクニック講座』(2000)

文章読本―文豪に学ぶテクニック講座(111x160)

★★★★★
中公文庫 / 2003.10
ISBN 4-12-204276-3 【Amazon

文豪の文章技術を解析している本。ミステリ系では、江戸川乱歩の「人間椅子」【Amazon】、夢野久作の「瓶詰地獄」【青空文庫】、久生十蘭の「姦」【Amazon】を取り上げている。

分析能力というのは応用が利くもので、これが高い人はたとえ専門外の物事に当っても、相応の鋭い見解を示してくれる。この『文章読本』も、そんな分析能力の高い本だ。著者はフランス文学が専門のようだけど、本書では国内作家の小説からテクニックを摘み取って、その妙味を分かりやすく説明している。

たとえば、江戸川乱歩『人間椅子』の項。ここでは作中から一部を引用し、その特徴的な語法に注目したあとで、以下のような見解を述べている。

 さて、いま述べた「ございます調」の媚びへつらうような、もってまわった、しかし粘着的で、相手より優越的な立場に立とうとするいいまわしは、秘密の触覚的快楽という小説の主題にみごとに呼応しています。というのは、相手が知らないうちに、相手の体を愛撫するという行為は、その優越/劣等の関係において、あなたは知らないけれども、世の中にはこんな快楽があるのですよと相手に知らせる手紙と、まったく同一の心理的構造を背景に持っているからです。(……)これはまた、視姦者(覗き屋)の快楽は、まなざしによって他者の優位に立ち、他者を支配しようとするサディストの快楽であると論じたサルトルの鋭利な存在論的分析とも通じあう問題です。

だいたい小説を読むときは、作者が凝らした文章上のテクニックには無自覚になりがちで、直感的に良いと思っても、大して分析せずに読み進めてしまう。消費社会に生きる我々は、一つの小説を隅から隅まで味わい尽くすなんて滅多にしない。一通り読み終わったら、すぐに別の快楽へ移行してしまう。本書のストイックな態度は、そういった性向が読み手の視野を狭めているのを、それとなく気づかせてくれる。

本書は「文章読本」を名乗ってるくせに、「てにをは」の使い方や「オノマトペ」の是非、句読点の打ち方などといった基本事項はない。けれども、観賞のポイントを示したものとしては一級品で、大いに刺激を受ける本だった。

2004.1.29 (Thu)

中村明『悪文―裏返し文章読本』(1995)

★★★
ちくま新書 / 1995.5
ISBN 4-480-05632-7 【Amazon
ISBN 4-480-09042-8 【Amazon】(文庫版)

悪文を矯正するためのあれこれ。

本書では「悪文」を「へたな文章」と規定し、文脈上の必要や、書き手の個性といった要素を棚上げにしている(ちゃんとその旨を明記している)。そして、その「へたな文章」を矯正すべく、文体から論理までを網羅的にフォローしている。「へたな文章」とは結局、読みづらい文章、分かりづらい文章のことなので、本書の扱う範囲で不足はないだろう。内容自体は特筆すべきものでもないけれど、こういう本は悪文矯正のモチベーションを高めるのにちょうどいい。

2004.1.31 (Sat)

戸梶圭太『トカジャクソン』(2003)

トカジャクソン(109x160)

★★★
光文社 / 2003.9
ISBN 4-334-92405-0 【Amazon

短編集。「涙でベストセラー」、「Alexander」、「映画監督ゆみこ」、「110番通報倶楽部」、「君に会いたくて」、「木岐ノ町貝塚組」、「歌舞伎町スラッシュ」、「ジャッジ・ザ・ナスティー」、「いらずらクルッパー」の9編。

面白かったのが「映画監督ゆみこ」。素人監督がフレンチ・コネクション方式で映画を撮るというエネルギッシュな話で、現実的なアクションから超現実的な暴力へ移行する様が爽快だった。物語の中で世界がエスカレートするという意味では、ラストでカタストロフィを迎える「木岐ノ町貝塚組」も、同様の趣向と言えるかもしれない。「君に会いたくて」は外国の犯罪映画を思わせる群像劇。走行中の車が別の車に干渉してドタバタする様が描かれる。スラップスティック的なネタは物語を回転させるための道具という感じで、見所はカットバックの間隔が狭くなる部分だろう。「涙でベストセラー」は乙武くんネタ。「ジャッジ・ザ・ナスティー」は裁判官ネタ。どちらも流されやすい大衆を風刺している。総じて、最近の長編よりは高品質で楽しめた。