2004.3c / Pulp Literature

2004.3.21 (Sun)

イアン・マキューアン『贖罪』(2001)

贖罪(110x160)

★★★★
Atonement / Ian McEwan
小山太一 訳 / 新潮社 / 2003.4 / 全米批評家協会賞
ISBN 4-10-543101-3 【Amazon
ISBN 978-4102157237 【Amazon】(文庫)
ISBN 978-4102157244 【Amazon】(文庫)

物書き志望の少女が、誤解と偏見で他人を陥れる。

前半はアガサ・クリスティの小説世界を緻密にしたような雰囲気。郊外の名家を舞台にしながらも、決して牧歌的にならないところに好感をおぼえる。子供のささやかな楽しみは壊されるし、人間関係には疲れるし、各自の思いはものの見事にすれ違う。三人称による視点の切り替えが映画的な時間の錯綜を生み、各人物の心理描写が、やや鬱陶しいながらもこれまでにない世界の広がりを見せつける。嫌な奴は救いようがないほど嫌な奴。鬱屈した雰囲気の前半は、ミステリ小説の導入部と言われても違和感のない仕上がりになっている。

本作の「贖罪」とは、もちろんキリスト教の価値観に基づいたものだ。日本人だったら腹かっさばいて誠意を見せるところを、ヒロインは物書きならではの方法で行う。率直にいってこの贖罪は、宗教的ヒロイズムに裏打ちされたただの自己満足にしか見えない。けれども、それが一個の大河小説の枠に縁取られると、感動の黄金パターンに変貌してしまう。やはり、時間の不可逆性をネタにした悲劇には、普遍的な重さがあるのだな。漫画なら『タッチ』とか。

そういうわけで、やれやれと思いながらもけっこう満足したのだった。

>>Author - イアン・マキューアン

2004.3.24 (Wed)

東野圭吾『殺人の門』(2003)

殺人の門(108x160)

★★
角川書店 / 2003.9
ISBN 4-04-873487-3 【Amazon

少年期から青年期まで、1人の男に翻弄され続けてきた主人公。その転落人生を描く。

「殺意から殺人に至るには何が必要か?」という命題を軸に、『白夜行』【Amazon】を思わせる犯罪行、パトリシア・ハイスミス的な同性間の緊張、戸梶圭太式の「駄目な奴は何をやっても駄目」などをぶち込んでいる。

さすがに筋運びが上手くてすいすい読めたけれど、その反面、予定調和な筋を上手さによって読まされたという印象も拭えなかった。なぜか? それは本作がアメとムチの対による、サイクルの積み重ねでできているからだ。小説全体のネタは見通せなくても、目前にあるイベントの帰結は何となく予想できてしまう。

といっても、これは構成それ自体が悪いわけではない。たとえば、連城三紀彦の『流れ星に遊んだころ』は、本作同様、サイクルの積み重ねでできた小説だ。にもかかわらず、こちらは各サイクルの論理操作がべらぼうに優れているため、終始楽しんで読むことができる。それに対して本作は、男の狡猾さも詐欺の手口もあまり目新しくないため、ありきたりの手続きを読まされているような感覚に陥ってしまう。時間芸術としては本作のエピソード量はたぶん必然なのだろうけど、そのエピソードの大半が充実したものかといえば、私にはそうは思えなかった。

>>Author - 東野圭吾

2004.3.26 (Fri)

ローレンス・ブロック『殺し屋』(1998)

★★★★★
Hit Man / Lawrence Block
田口俊樹 訳 / 二見文庫 / 1998.10
ISBN 4-576-98136-6 【Amazon

連作短編集。「名前はソルジャー」、「ケラー、馬に乗る」、「ケラーの治療法」、「犬の散歩と鉢植えの世話、引き受けます」、「ケラーのカルマ」、「ケラー、光輝く鎧を着る」、「ケラーの選択」、「ケラーの責任」、「ケラー、最後の逃げ場」、「ケラーの引退」の10編。

殺し屋ケラーの行状を綴った連作短編集。前の短編で語られた経験が後に思わぬ形で絡んでいく、連作ならではの仕掛けが味わえる。非情な殺し屋が人間味のある男として描かれているのがポイントで、その葛藤したり一途になったりする部分がストーリーの核になっている。もちろん、一連の小説は個々の短編としても優れており、特にある人物によって揺れた心が、皮肉的な形で元に戻る展開が素晴らしい(そういうのが数編ある)。

視点は殺し屋を中心とした三人称。殺し屋は寡黙で冗談に疎く、また、色々と影響を受けやすい性格をしている。出張先に定住したいという願望や愛犬への執着、切手蒐集の楽しみなど、空虚さを埋めようとする様子が、本書では殺しそのものよりも重視されている。何だか精神分析的な読みを誘う設定だけど(実際、作中で精神科医にかかっている)、敢えてそれに乗るならば、これはお馴染みの「都会の孤独」が大きな影を落としているのだろう。特に歪んだ使命感に燃える「ケラー、最後の逃げ場」を読むと、このロンリー・キラーはカルト宗教にはまるタイプなのでは、と思ってしまう。

殺しの技量はピカイチだし、経済的にも満たされてはいるのだけど、精神面で何かが足りない。ケラーの揺曳を描いた本作は、いかに趣味が人生に潤いを与えてくれるのかを実感させる。ココロのスキマは各自で適当に埋めていくしかないのだ。ただし、思想には気をつけろ! それと、喪黒福造にもな!

>>Author - ローレンス・ブロック