2004.4c / Pulp Literature

2004.4.21 (Wed)

ピーター・ケアリー『イリワッカー』(1985)

★★★
Illywhacker / Peter Carey
小川高義 訳 / 白水社 / 1995.10
ISBN 4-560-04478-3 【Amazon
ISBN 4-560-04479-1 【Amazon

139歳のイリワッカー(ペテン師)が語るバジャリー家3代の物語。

「嘘」がキーワードの本作は、ポストコロニアルの系譜に連なる小説であるらしい。ポストコロニアルって何じゃろか? という疑問があるけれど、それはともかく措いといて、本作はバジャリー家周辺のミクロレベルの生活を通して、オーストラリアのアイデンティティ問題がシニカルに描かれる。国のアイデンティティとは対外姿勢に集約されるものなのか、槍玉に挙げられているのは主に商品の輸出入。独立後も外国に搾取されっぱなしなところが悲しみを誘う。

といっても、これらはバジャリー家の物語のほんの遠景に過ぎなくて、もちろん主眼は彼らの波瀾万丈の生き様にある。3代に渡る物語といえば、『ドラゴンクエストV』【Amazon】を思い出すけれど、本作はああいった英雄冒険ものとはまるで毛並みが異なる。また、オーストラリア版『百年の孤独』【Amazon】と銘打たれているけれど、あそこまで壮大ではないし奇抜でもない(魔術は出てくるがなー)。軽妙な語り口に反して暗いイベントが目白押しで、後に語り手の息子が経済的な成功を収めるものの、基本的には食うや食わずの一庶民のお話である。車のセールスマンをしたり、見せ物興業に従事したり、もう地に足がつきまくり。

自らを嘘つきと称していたり、知るはずもない他人の過去を克明に描写していたり、本作は語り口がかなり胡散臭い。けれども、その割にはレトリックや語りの妙といった饒舌系特有の面白みが無い。どちらかというと、語り口で読ませるというよりは、イベントで読ませるタイプの小説だろう。自己中の詩人気取りや独善的な共産主義者、キレた行動で取り返しのつかない結果を招く語り手など、感情移入できないキャラたちがドラマを盛り立てている。その長大さと相俟って、精神的な疲労感をおぼえながら読んだのだけど、終盤で語り手に関わる仕掛けがあって、それがけっこう衝撃的だったりして、つまり仕掛けのおかげで救われた思いがした。何だか『琥珀捕り』みたいなパターンだ。しばらくは大長編を読むのは自粛しよう。

2004.4.26 (Mon)

夏目漱石『三四郎』(1908)

三四郎(112x160)

★★★
新潮文庫 / 1948.10
ISBN 4-10-101004-8 【Amazon

熊本から上京してきた三四郎の大学生活。奥手の三四郎は謎めいた女・美禰子に惚れるが……。

前期3部作の1作目。この時代は女性が近代的自我に目覚めたものの、自由恋愛の思想はさほど普及していなかったようだ。結婚は家同士の利害のために行われるもので、当事者にはまだまだ選択権が十分に与えられていない。と、そんな時代背景があるので、メインの失恋劇がやや複雑になっている。

「田舎の学問より京の昼寝」を思わせるような生活描写が面白い。上京後の三四郎は、旧弊な田舎時代を第一世界とし、都会や学問といった新しい空間を第二世界とし、女性に代表される煌びやかな世界を第三世界とする。そして、その3つを統合して次のようなことを理想と考える。

――要するに、国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、そうして身を学問にゆだねるにこしたことはない。

第一世界にどっぷり浸かっていた人間が、第三世界へ羽ばたこうとして失敗し、予期せぬ肩透かしを食らうことになる。要するに、田舎もんが翻弄されるほろ苦い筋立てだけれど、しかし上手くいかないことがあるからこそ人間は成長するものだし、日常で一癖も二癖もある人たちと接するからこそ刺激も受ける。本作は失恋の儚さが味わえると同時に、都会で暮らすことの素晴らしさも実感できる。作中では都会の暗部として、「人々の無関心」(責任逃れの風潮)や「女性の進歩」(独身男性の増加)などが否定的に描かれているけれど、そんなことは日常で得られる経験値と比べれば些細な問題でしかない。失恋も良い経験であり、つまるところ今も昔も田舎暮らしじゃ見識は広がらないって話なんだな。インターネットが普及したからって安心しちゃいかんのだよ、田舎もんは。

>>Author - 夏目漱石

2004.4.30 (Fri)

ガブリエル・ガルシア=マルケス『十二の遍歴の物語』(1992)

予告された殺人の記録・十二の遍歴の物語(113x160)

★★★
Doce Cuentosr Pregrinos / Gabriel Garcfa Marquez
旦敬恵介 訳 / 新潮社 / 1994.12
ISBN 4-10-509006-2 【Amazon
ISBN 4-10-509013-5 【Amazon】(新装版)

短編集。「大統領閣下、よいお旅を」、「聖女」、「眠れる美女の飛行」、「私の夢、貸します」、「『電話をかけに来ただけなの』」、「八月の亡霊」、「悦楽のマリア」、「毒を盛られた十七人のイギリス人」、「トラモンターナ」、「ミセズ・フォーブスの幸福な夏」、「光は水のよう」、「雪の上に落ちたお前の血の跡」の12編。

ヨーロッパを舞台にした短編集。各話の焦点となる人物は全て南米出身で、本作はお馴染みの「迷信」や「奇跡」を、西洋的合理主義の世界へ持ち込むという趣向が散見される。「聖女」では腐敗しない死体、「私の夢、貸します」では予知夢、「トラモンターナ」では死の迷信。さらに、「毒を盛られた十七人のイギリス人」では30年間の昏睡状態、「雪の上に落ちたお前の血の跡」では薔薇の棘による止まらない出血……。今だったら「びっくりニュース」として、面白おかしく紹介されそうなネタばかりである。

以下、各短編について。

「大統領閣下、よいお旅を」

軍事クーデターによって政権を奪取され、マルティニーク島に亡命した南米の元大統領。その彼が手術のためにジュネーヴに滞在し、そこで同郷の救急車運転手と知り合う。

元大統領のくせに貧乏暮らしで、手術代すらままならないというのが随分と哀れだ。運転手の妻は大統領を偽善者だと思って嫌っているのだけど、いつしか彼に対する見方も変わり、あれこれ世話を焼くことになる。本作は地味なストーリーのわりに、哀切と暖かみが感じられて妙にぐっとくる。前向きな姿勢のラストの手紙が良い。★★★★。

「聖女」

コロンビアの寒村。ダム建設のために墓を掘り起こしたら、まったく腐敗していない無傷の死体が出てきた。死体は7歳の娘で、埋葬されてから11年経っているという。その死体を聖別してもらうべく、娘の父親がローマへ赴く。しかし、教皇はいつまで待っても会ってくれない……。

父親と下宿で一緒だった男が、ジャーナリスティックな距離感で語るわけだけど、これが時の流れ系のせつない余韻がある。語り手の下した結論がすごい。★★★★。

「眠れる美女の飛行」

今世紀最大の積雪によって運行の遅れた飛行機。男が美女の隣りの席に乗り合わせる。彼女は睡眠薬を飲んで8時間ぐっすりと眠る。

男が勝手に隣りの美女を気にしているだけの掌編で、距離は近いのに決して手は届かないという皮肉めいた可笑しみがある。美女と対比されるおばちゃんの存在も可笑しい。

なお、川端康成への言及あり。というか、「眠れる美女」にインスパイアされたとか。★★★。

「私の夢、貸します」

予知夢を見て生計を立てる女の話。

ただのハッタリかと思いきや、その予知夢がきっちり当たるのだから胡散臭い。金持ちに気に入られて財産分与までされてしまうし、さらに終盤では、能力にまつわる意外な出来事に遭遇するし。こんな超能力者から面と向かって「予言」されたら普通はびびる。

なお、ボルヘスへの言及あり。★★★。

「『電話をかけに来ただけなの』」

バルセロナへ車で向かう女だったが、途中、荒涼地で故障にみまわれる。そこで1時間ほど立ち往生した後、通りがかりのバスに乗せてもらう。ところが、たどり着いた先はサナトリウムで、女は患者として収容されてしまう……。

ろくに女のことを調べずに、彼女の主張を精神病の発作と決めつける職員がおっかない。しかもその職員、職権を濫用して彼女に迫ってくるのだからおっかない。電話をかけに来ただけなのに、こんな酷い目に遭うとは……。一度レールに乗ってしまったら容易に抜け出せなくなる。そんな恐怖が味わえる。★★★。

「八月の亡霊」

アレッツォ。友人が買い取ったというルネサンス期の城に遊びに行く。そこは地元の人たちから幽霊が出ると噂されていた……。

2ページほどの掌編。大昔に殺人があったとかで、確かにそういう噂を立てられても仕方がないような状況にある。ゴシックな雰囲気にマッチしたオチもなかなか。★★★。

「悦楽のマリア」

バルセロナ。老婆が墓所を買うべく葬儀会社の男と交渉する。

彼女は今の姿からは想像できない意外な職業についていた。そのときの思い出が語られつつ、ラストも意外ところに落ち着く。老婆はやたら敬虔で、神に祈ったり、予告の夢を信じたりしている。たぶん、これは結末も含めて宗教的な話なのだろう。彼女が飼っている、涙を流す犬が印象に残る。★★★。

「毒を盛られた十七人のイギリス人」

ナポリ。南米からやってきた72歳の老婆は、30年間も昏睡状態にあった夫を亡くした。彼女は教皇の告解を受けようとするが……。

異邦人って感じのカルチャーギャップとちょっとした運命のすれ違い。イタリアでは夜の9時でも太陽が出ているらしい。★★★。

「トラモンターナ」

バルセロナ。トラモンターナ(カダケスに吹く強風)を避けてきたカリブ出身の男が、スウェーデン人に囲まれる。男はカダケスに死の匂いを感じていた。スウェーデン人たちはそれを迷信だとして、男を連れ出そうとする。

スウェーデン人たちの傲慢さは他人事ではない。迷信というのは、信じている本人にとっては世界の重要な構成要素なのだな。★★★。

「ミセズ・フォーブスの幸福な夏」

海辺の別荘。兄弟を世話するドイツ人の女性家庭教師は抑圧的。嫌いな食べ物を無理矢理食わされた弟が遂にぶちキレる。

兄弟の父親がカリブの作家で、ヨーロッパへのコンプレックスからドイツ人を家庭教師に雇ったというのが面白い。あと、家庭教師が軍人風というのも、いかにもドイツ人っぽくて面白い。堅苦しい態度の裏にはとんでもない秘密が! ★★★。

「光は水のよう」

子供たちが親にボートを買ってもらい、女中部屋にまで運び込む。夜、電球のガラスを割り、ボートで光の中を航海する。

幻想的なシチュエーションと、境界を乗り越えるオチが素晴らしい。いかにも子供の世界という感じで微笑ましくなる。★★★★。

「雪の上に落ちたお前の血の跡」

薔薇の棘が指に突き刺さって以来、出血が止まらなくなってしまった女性。夫が車で医者に運ぶが……。

こういうレアな現象に対しては、自然も、10年ぶりの大雪というレアな現象で応えてくれるのだな。★★★。

>>Author - ガブリエル・ガルシア=マルケス