2004.5a / Pulp Literature

2004.5.4 (Tue)

マイケル・オマーラ・ブックス編『ミステリアス・エロティクス』(1996)

ミステリアス・エロティクス―恐怖と官能の物語

★★★★
Mysterious Erotic Tales / Michael O'Mara Books Ltd
伏見威蕃ほか訳 / 扶桑社 / 1998.6
ISBN 4-594-02508-0 【Amazon

「恐怖と官能」をテーマにしたアンソロジー。ルース・レンデル「秘密の副業」、アンディ・ハリスン「コレットのコラム」、ロバート・ブロック「死なざる者」、J・K・ハーデラック「エルヴァラはかんたんなはず」、フィリップ・ロビンスン「エンジェル」、パトリシア・ハイスミス「待ち焦がれた男」、アリック・ニューマン「昔のよしみ」、フランク・フィンチ「むしられて」、ブラム・ストーカー「ふさやかな金髪」、シドニー・グレイ「キャサリンのあやまち」、エリザベス・ケイ「愛のレッスン」、エドガー・アラン・ポー「ベレニス」、リン・ウッド「ありふれた茶色の封筒」の全13編。

以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(13編中4編につけた)。

ルース・レンデル「秘密の副業」

女性を脅かすことで快感を得る男が、ラストで皮肉的な出来事に遭遇する。男性の劣等感が根底にあるところが特徴的。

アンディ・ハリスン「コレットのコラム」

ビジネスセミナーの講師のところへ女性のコラム書きがやってくる。この女は男と肉体関係を結んで油断させ、その秘密を暴露するというとんでもない業師。その業師の表裏を、男の体験とできあがったコラムからあぶり出すやり口に面白味がある。

ロバート・ブロック「死なざる者」

ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」をモチーフにした掌編。こういう恐怖小説はたまに読むと良い。アンソロジーの中でのスパイスみたいな位置づけ。

J・K・ハーデラック「エルヴァラはかんたんなはず」

SF。仮想空間の娼婦とセックスする。娼婦とのコミュニケーションと、メビウスの輪みたいなどんでん返しの構造が面白かった。触覚に力点が置かれたエロ描写も読ませる。☆。

フィリップ・ロビンスン「エンジェル」

女性上位のSM系。奴隷求むとか。謎があってそれが解かれる。情念系だけどちと平凡かも。ただ、濡れ場はけっこう濃い。

パトリシア・ハイスミス「待ち焦がれた男」

思いこみの激しい青年のちょっとした変化。青年の一途さは、長編『愛しすぎた男』【Amazon】の主人公(ストーカー!)を彷彿とさせる。自分の鏡像のような女性を見た後の微妙な心理が良い。すっぱり諦めないところがハイスミスらしいと思う。

アリック・ニューマン「昔のよしみ」

不倫男が昔の知人(女)とポルノ写真のモデルになる。主人公の逃亡と森の破壊、文明(カメラ)と自然(森)という風に、自然方面への関心がたぶんポイント。

フランク・フィンチ「むしられて」

1420年のイングランド農村部。牧歌的な風景と素朴な男女の戯れが楽しい。抜群の臨場感で描かれる、急転直下のオチも秀逸。血しぶきの赤、鮮血の赤。視覚に訴えかけてくる表現が効果をあげている。☆。

ブラム・ストーカー「ふさやかな金髪」

日常か超常かの二者択一で途中まで引っ張る。☆。

シドニー・グレイ「キャサリンのあやまち」

不倫中の男女の心理を活写した小説。奈落に突き落とされるような逆転の構図が素晴らしかった。本書のなかではこれがベスト。☆。

エリザベス・ケイ「愛のレッスン」

架空の共産国を舞台にした話。自由主義陣営の学者が捕虜になって女に尋問されるのだが、その女はセックスはおろか男女の性差も知らない。で、あれこれ教えて恋に落ちる。設定が願望妄想のようで乗れなかったが、オチは儚くてけっこう味わいがあった。

エドガー・アラン・ポー「ベレニス」

宗教的な小道具を使っておどろおどろしさを出している。

リン・ウッド「ありふれた茶色の封筒」

あまりの性的興奮に彼岸の領域までイってしまう女性。仮面を脱ぎ捨てるとか、本性をさらけ出すとか、そういうのがテーマか。抑圧から開放されて性的興奮に没頭するのだけど、快楽に浸っている場所は、皮肉にもトラックという閉じた世界なのだった。

2004.5.8 (Sat)

カトリーヌ・アルレー『死の匂い』(1953)

死の匂い

★★★★
Tu Vas Mourir! / Catherine M. Arley
望月芳郎 訳 / 創元推理文庫 / 1963.10
ISBN 4-488-14004-1 【Amazon

大富豪の娘と青年医師の危険な結婚生活を、娘の回想形式で描く。

語り手は夫を溺愛しているが故に、夫婦間の主導権を握ろうとする。ところが、その行動が裏目に出て事態は不穏な方向に。オセロ・ゲームのつもりが、いつしかサバイバル・ゲームにまで発展する。

悪女を越える悪とは何か? それは善意や正義感である。夫は万人を救おうという志を持った立派な医師だけど、同時に、目的のためには手段を選ばない独善的な人物だ。「他人の幸せ」という大義名分を振りかざして、人間としての一線を越えている。しかも、「他人の幸せ」のために行う研究が、実はとんでもない自己満足で、「自分の幸せ」を追及するための道具でしかなかった。つまり、「他人の幸せ」は「自分の幸せ」を満たすための方便でしかなかったのだ。善意の裏に潜むエゴイズムが恐ろしい。

「夫への溺愛」が苦難を通して昇華されるところが圧巻。語り手は夫を愛しているが故に、行動が制約されてしまう。

難点は中だるみ。この小説は、途中まで短いアテンション・スパンの連続で引っ張っているので、筋が単調になると、途端に間延びしているように感じてしまう。一人称の語り口も、情念を発露するところが少々くどい。傑作『目には目を』に比べると、まだまだ洗練されていないように見える。

2004.5.9 (Sun)

エド・マクベイン『カリプソ』(1979)

No Image

★★★★
Calypso / Ed McBain
井上一夫 訳 / ハヤカワ文庫 / 1989.7
ISBN 4-15-070786-3 【Amazon

87分署シリーズ。カリプソ歌手が射殺される。黒人の売春婦が射殺される。

金持ち女の不幸にスポットを当てた本作は、マクベインがロス・マクナルドに接近した小説だと言えるだろうか。即ち、ハードボイルド小説である。たとえば、雨の中傘もささずに捜査するという絵面がハードボイルドっぽいし、ダーティーな街の風俗をしっかり描写するところもハードボイルドっぽい。文章表現も、奇をてらった素っ頓狂な比喩がハードボイルドっぽい。「拳銃は淫売のハートみたいに空っぽだった」(p.31)なんて、そのままミッキー・スピレインの小説に出てきそうだ。

過去のとある出来事によって、気が狂ってしまった金持ち女。精神に障害のあるこの犯人像は、70年代においても既に使い古されたモチーフだと思う。しかし、さすがに使い古されるだけあって、上手く描いてあれば、今読んでもその迫力は損なわれない。障害の背景に相応の物語があるからこそ、身につまされる思いが立ち上ってきて、こちらの感情が刺激される。このキチガイ像は、『隣の家の少女』【Amazon】並に怖い。

本作は早い段階で読者に犯人が明かされるため、いかにして警察が犯人に近づくかという興味と、監禁されている男はどうなるのかというスリルの、2つで引っ張ることになる。前者は解説で指摘されている通り、あり得ない偶然が絡むのが玉に瑕だけど、後者は犯人のキチガイぶりが凄まじくて興味をそそる。また、その他にも何気ない刑事たちの掛け合いや、職務を離れたプライベートを巡る思索なども読ませる。重すぎず軽すぎず、軽快かつ貫禄のある小説だった。