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- 22 : バリー・ユアグロー『セックスの哀しみ』(1995)
- 23 : 伊藤左千夫『野菊の墓』(1906)
- 26 : ウィリアム・L・デアンドリア『ウルフ連続殺人』(1992)
- 28 : 山田風太郎『かげろう忍法帖』
2004.5.22 (Sat)
▲バリー・ユアグロー『セックスの哀しみ』(1995)
★★★
The Sadness of Sex / Barry Yourgrau
柴田元幸 訳 / 白水社 / 2000.2
ISBN 4-560-04685-9 【Amazon】
超短編集。全90編。
今回は『一人の男が〜』よりも長文の割合が増えていて、全体の印象としてはやや緩慢。前作ほどのキレは感じられなかった。レギュラーキャラの不在も大きく、前作で顕著だった奇妙な可笑しみが薄れている。
以下、気に入った短編について。
「人魚たち」
肉体から意識が乖離して、冷静に自らの受難を叙述する語り口が良い。
「大暴れ」
女の発狂で始まる書き出し。女を救おうとする「私」の勇敢さとやさしさ。それを恐る恐る見守る群衆のラスト。
「タブー」
「私」と食人種の女との恋。会話のナンセンスぶりが楽しめた。
「風船ガム」
男性の持つ女子校願望を反映した短編か。「私」の情けなさが哀しい。女子校の臭いが強烈。
「家庭内諜報」
頭蓋を取り外して心の中身を確認するという設定と、ラストの皮肉な女のセリフが愉快だった。
「角笛」
全裸の野生少女との接触。「私」と少女の間で、不穏な空気が流れる瞬間の描写が秀逸。
「首に」
理由のない首締めの怖さと、それを物ともしない機知の可笑しみ。
「貯蔵室」
女たちの体が貯蔵室に積まれているという設定。視覚的な不気味さが堪能できる。
「頭部」
彫刻との会話。
「楡」
女の性器が股間から飛び出して悪さするという、ニコライ・ゴーゴリばりの奇抜さが笑える。悪さの内容も、周囲の反応も面白い。
「島」
これも「風船ガム」同様、男性の持つ女子校願望を反映した短編か。波に飲まれるラストの描写が印象的。
「時計職人の工房で」
心臓に鳩時計という絵面が可笑しい反面、故障して修理を受けざるを得ない男たちが哀しい。
2004.5.23 (Sun)
▲伊藤左千夫『野菊の墓』(1906)
★★★
新潮文庫 / 1955.10
ISBN 4-10-104801-0 【Amazon】
旧家の子供(15歳)がいとこの女の子(17歳)といい仲になる。しかし、世間体を気にした家族によって仲を引き裂かれ、1年後には死別してしまう。
悔恨の念が語り手のみならず、その家族にまで波及しているところが印象的。個人に帰せられるかもしれない責任が、遙か社会背景による悲劇にまで押しやられて有耶無耶になっている。さらに、作中に悪人らしい悪人がいないところもポイントで(まあ、嫂は微妙だけど)、罪を被せる人間がいないからこそ、この小説はやるせなかったりする。これは偏見かもしれないけれど、戦争の悲劇を扱った小説に、こういうのが多いのではなかろうか。責めるべき個人がいなくてもやもやする小説というか。
2004.5.26 (Wed)
▲ウィリアム・L・デアンドリア『ウルフ連続殺人』(1992)
★★★
The Werewolf Murders / William L. DeAndrea
斉藤健一 訳 / ベネッセ / 1994.6
ISBN 4-8288-4051-6 【Amazon】
ニッコロウ・ベイネデイッテイ教授シリーズ。国際科学オリンピックで連続殺人が起きる。
頻繁に視点人物が移動するフーダニット。……なのだけど、どうもこの著者は本気で犯人を隠蔽するつもりはないようだ。形式的には犯人が誰であるかは伏せられているものの、もはやその正体は「公然の秘密」状態になっている。思えば、傑作として名高い『ホッグ連続殺人』も、犯人が容易に推測できるミステリだったので、著者はその方面では勝負していないのだろう。実際、『ホッグ連続殺人』の勘所は、ミッシングリンクの応用の仕方と、犯人と犯行を結びつけるロジック、さらにある謎が解かれるラスト一行にあった。そして、本作の勘所も同様の部分にある。特にラスト一行は衝撃的だ。
ところで、「狼男」と「連続殺人」の組み合わせにはカーを連想させるし、事件を通じて男女が結ばれるところなんかはクラシカルなミステリ小説を思わせる。こういうノスタルジー入った雰囲気も、魅力の一つかもしれない。
2004.5.28 (Fri)
▽山田風太郎『かげろう忍法帖』

★★★★
ちくま文庫 / 2004.4
ISBN 4-480-03951-1 【Amazon】
忍法帖短篇全集の1巻目。「忍者明智十兵衛」、「忍者石川五右衛門」、「忍者向坂甚内」、「忍者撫子甚五郎」、「忍者本多佐渡守」、「忍者服部半蔵」、「『今昔物語集』の忍者」、「忍者帷子乙五郎」の8編。
以下、各短編について。
「忍者明智十兵衛」(1962)
越前一乗谷。朝倉家に仕える明智十兵衛は、斬られた腕を生やす<忍法人蟹>の使い手だった。このたび忍術を披露した褒美として、重臣の娘沙羅を所望するも、彼女は浪人土岐弥平次に惚れている。一方、弥平次は身分違いとの理由で彼女の恋心を拒んでいた。
沙羅と結ばれたい十兵衛に、立身出世の夢を叶えたい弥平次。十兵衛が弥平次に取引を持ちかけて、物語は急展開する。これはプロット操作が並外れていて、荒唐無稽な忍術話をみごと史実に接続させている。ミステリらしいのは、篤実だった弥平次のキャラが一変するところだろう。人物の内面が記号化され、歯車の一つとしてプロットに還元される。この冷血さは癖になる。★★★★★。
「忍者石川五右衛門」(1961)
見目麗しい芸人と情事にふけった淀君が、女陰に仕込んでいた「楊貴妃の鈴」を盗まれる。これがないと太閤秀吉に浮気がばれてしまうので、淀君はすぐさま追っ手を差し向ける。
悲恋もの。忍術がどうのというよりは、五右衛門とヒロインの報われぬ関係がメイン。世の中の幸福を考えると、自分の幸福が疎かになってしまう。このジレンマが時代状況とマッチしていて儚い。★★★。
「忍者向坂甚内」(1962)
北条家再興を狙う3人の忍者たち。服部半蔵が2人を帰順させるものの、リーダー格の向坂甚内だけは従わない。
崇拝した相手への情念が凄い。奇妙奇天烈な忍術が上手くドラマにはまっている。このオチを作るために忍術を設定したのだろうか。向坂の弱点を説明するのに精神分析学まで持ち出しているし……。★★★★。
「忍者撫子甚五郎」(1963)
関ヶ原の戦い前夜。家康は小早川と内応の約束を取り付けていたが、ぎりぎりになっても信じることができない。腹の内を探るべく、服部半蔵を差し向ける。
徳川方の忍者と石田方の忍者が協力するという体裁。しかし、裏では熾烈な騙し合いが展開する。忍者とはいえ、他人の本心なんて分かるわけないのに(小早川の場合、形勢を見て有利な方につくわけだし)、そこを押してドラマを作るのが面白い。
それにしても、忍法「交合転生」には参った。屍姦で生命を移動させるとは……。『ドラゴンボール』【Amazon】に出てくるギニュー隊長よりえぐい。というか、ギニュー特選隊って忍者がモデルだったのだな。★★★。
「忍者本多佐渡守」
本多正信が忍者を使って大久保長安を陥れる。
捻りが利いていて面白かった。組織運営に差し支えがあればどんな功臣でも取り除く。外様はおろか、譜代の謀臣だって例外ではない。徳川家の安泰を優先する非情な世界観、そして皮肉な展開に舌を巻いた。★★★★★。
「忍者服部半蔵」(1964)
伊賀忍者の当主服部半蔵は現在3代目。彼には京太郎という歳の離れた弟がいた。京太郎は忍者を小馬鹿にしながら遊蕩にふけっている。
やるときゃやるぜという話だけど、忍者の能力まで開眼するのはちょっと。さすがに責任感だけでは地力は伸びないだろう(スーパーサイヤ人じゃあるまいし)。それともあれか。半蔵を襲名するともれなく忍術がついてくるとか? ★★★。
「『今昔物語集』の忍者」(1964)
エッセイ。『今昔物語集』【Amazon】を面白エピソードを紹介している。
意外と軽妙な話でびっくり。現代人が読んでも娯楽小説(?)として楽しめそう。今まで古文の教材というイメージがあったけれど、現代語訳だったら読んでみたい。
「忍者帷子乙五郎」(1961)
大奥勤めの忍者帷子乙五郎が、同じく大奥勤めの娘に恋をする
ラストのグロ描写にやられた。なるほど、魚に発揮したあの能力は人間にも応用可能なのか。これって映像だとおぞましい光景に映るけれど、文章だと美しく感じるから不思議だ。★★★★。