Page Topics
- 01 : ブライアン・フリーマントル『城壁に手をかけた男』(2002)
- 02 : 山田風太郎『野ざらし忍法帖』
- 04 : アガサ・クリスティ『雲をつかむ死』(1935)
- 05 : フョードル・ドストエフスキー『白夜』(1848)
- 08 : 伊坂幸太郎『チルドレン』(2004)
- 09 : 戸梶圭太『あの橋の向こうに』(2003)
2004.6.1 (Tue)
▼ブライアン・フリーマントル『城壁に手をかけた男』(2002)
★★
King of Many Castles / Brian Freemantle
戸田裕之 訳 / 新潮文庫 / 2004.5
ISBN 4-10-216547-9 【Amazon】
ISBN 4-10-216548-7 【Amazon】
チャーリー・マフィン・シリーズ。条約を結ぶためにモスクワに訪れたアメリカ大統領夫妻。到着セレモニーのさなか、ロシア大統領とアメリカ大統領夫人が狙撃された。犯人が亡命イギリス人の息子であったため、チャーリーが関わることになる。
舞台は『流出』【Amazon】以降お馴染みのロシア。今回はイギリス、アメリカ、ロシアの三つ巴の駆け引きが焦点になる。イギリスとロシアは自国の責任を回避すべく策を練り、アメリカは捜査の主導権を握って優位に立ちたいと望む。そもそも、アメリカとロシアの会談自体が、選挙のための相互利益的なアピールだったのだから気が抜けない。アメリカ大統領には選挙資金を巡るスキャンダルがあり、ロシア大統領には共産主義台頭による危機感がある。で、そんな政治情勢のなか、3ヶ国よる合同捜査本部が設置され、チャーリーがイギリス代表として捜査官の一員になる。チャーリーにはロシアで高官を務める内縁の妻がいるため、情報を得るという意味ではそうとう有利な立場にいる。と同時に、舞台がロシアであるため、現場では盗聴による捜査情報の漏洩という不利も抱えている。その他、チャーリーを嫌う上層部からの圧力なんかもあって、状況は困難を窮めている。
それで、捜査上の駆け引きが満載の上巻は面白く読めたけれど、残念なことに事件が収束していく下巻がつまらなかった。陰謀の構図が見え透いていていつもの「驚き」がなかったし、チャーリーのライバルがみんなマヌケ過ぎて緊張感がない。たとえば、共犯の確定となる例の映像解析は、普通の犯罪捜査のプロセスに組み込まれていないものなのだろうか? このシリーズは、主人公が意外な手段で窮地を脱するという、ロジカルな部分が見所であって、本作みたいに捻りのない終わり方をしてしまうと拍子抜けするのである。やっぱりチャーリーには、普通の人間だったら抜け出せないようなどん底に追い込まれて、そこから不死鳥のごとく鮮やかに逆転してもらいたいのだ。本作みたいな話だったら、ダニーロフ&カウリー・シリーズでやれば良いじゃんと思ってしまう。
以下、チャーリー・マフィン・シリーズのリスト。
- 『消されかけた男』(1977)【Amazon】
- 『再び消されかけた男』(1978)【Amazon】
- 『呼びだされた男』(1979)【Amazon】
- 『罠にかけられた男』(1980)【Amazon】
- 『追いつめられた男』(1981)【Amazon】
- 『亡命者はモスクワをめざす』(1985)【Amazon】
- 『暗殺者を愛した女』(1987)【Amazon】
- 『狙撃』(1988)【Amazon】
- 『報復』(1993)【Amazon】
- 『流出』(1996)【Amazon】
- 『待たれていた男』(2000)【Amazon】
- 本作
一応、全部読んでいる。
2004.6.2 (Wed)
▲山田風太郎『野ざらし忍法帖』

★★★
ちくま文庫 / 2004.5
ISBN 4-480-0395X-2 【Amazon】
忍法帖短篇全集の2巻目。「忍者車兵五郎」、「忍者仁木弾正」、「忍者玉虫内膳」、「忍者傀儡歓兵衛」、「忍者枯葉塔九郎」、「忍者梟無左衛門」、「忍者帷子万助」、「忍者野晒銀四郎」、「忍者枝垂七十郎」、「『甲子夜話』の忍者」、「忍者鶉留五郎」、「大いなる幻術」の12編。
以下、各短編について。
「忍者車兵五郎」(1962)
車兵五郎のもとに次々と敵討ちがやってくる。彼は惚れた女の亭主を殺していたのだった。
『ジョジョ』【Amazon】のスタンドバトルは忍法帖がモデルなのだなと改めて実感。忍法の性質上、水辺では無敵を誇るから、刺客も考えて普通の通りで襲っている。正体がバレバレだと、ファーストコンタクトで不利になるわけだ(といっても、実はリサーチ不足で刺客は返り討ちに遭う)。
ラストバトルは頓知が利いていて、決着には思わず膝を打った。なるほど、同じ技であのダメージなら、五体満足のほうが勝つわな。★★★。
「忍者仁木弾正」(1961)
由比正雪の一党が、忍者を使って伊達家を分裂させようとする。
日本史は『信長の野望』【Amazon】でおぼえたクチなので、この時代のことはよく分からない。由比正雪って名前だけは聞いているけれど、何をやった人かは全然知らないしなあ。どうやら伊達家には複雑な事情があるようで、史実を知っていればより楽しめたかもしれない。★★★。
「忍者玉虫内膳」(1964)
将軍の威信を傷つける奇怪千万な死者たち。彼らの妻や恋人は大奥に召し上げられ、将軍のお手つきになっていた。黒幕を探るべく、玉虫内膳が懸想している女を差し出す。
個人的な生理としてこういう忍術(黒幕が使うやつ)は苦手。思えば、吸血鬼が美女の首筋を噛むのも駄目なんだよな。人体に小さい穴があいて、そこから血が流れていくようなイメージ。そういうのが頭に浮かぶと、顔をしかめながら悶えしてしまう。★★★。
「忍者傀儡歓兵衛」(1963)
男のもとに歓兵衛がやってきて、妻の人形を作らせてくれと頼んできた。
実物そっくりの蝋人形で、抱きしめると人間みたいな感触になるという。まるで未来のダッチワイフみたいでわくわくするけれど、実はそれ以上の機能があった。今回はアイディアもさることながら、ラストの捻りが利いていて物語としても満足だった。人間色に狂うとろくなことにならんね。★★★★。
「忍者枯葉塔九郎」(1963)
家老の娘と駆け落ちした筧隼人が、仕官の口を得るべく武家での試合に臨もうとする。しかし、刀が貧弱でとうてい武家の前には出られない。そこで筧は、お前を遊女屋に預けて金を作り、新しい刀を買いたい、仕官できたらお前を買い戻す、と妻にうち明ける。それを密かに聞いていた枯葉塔九郎が、妻と引き替えに金を融通しようと申し出る。
門に突っ込もうとしたら先客があるとかいうのに笑った。細密に描写するのではなく、的確な比喩を一つ二つ決めているだけなのが良い。★★★。
「忍者梟無左衛門」(1963)
上司の娘が田沼山城守の愛妾として召し上げられることになった。それを忍法で阻止する。
子宮をひっくり返す忍法<袋返し>。使えるんだか使えないんだかよく分からん忍法だ。こういう事態も想定しているということで、伊賀忍者の多様性は瞠目すべきである。★★★。
「忍者帷子万助」(1963)
公儀隠密として戸祭藩を探っていた帷子万助が、忍法<枯葉だたみ>を使って窮地を脱する。
体中の水分を排出して胎児ほどの大きさになるという。忍法ってシンプルであればあるほどドラマと相性がいいと思う。万助は腹の中で何を思ったのだろう? ★★★★。
「忍者野晒銀四郎」(1963)
修行から帰ってきた野晒銀四郎が、主君の愛妾(銀四郎の初恋でもある)の依頼で「あるもの」を取り戻す。
忍者はつれーなー。恋は実らないし、手柄は報われないし。忍術って子供の夢みたいな部分があるけれど、術をおぼえたらそれに伴う十字架を背負わなければならない。人海戦術の世界にようこそ。★★★。
「忍者枝垂七十郎」(1961)
お庭番の変装所として蔵を貸している呉服屋。そこの娘が忍者に恋をするも、彼は枝垂七十郎を倒さない限り、お庭番を抜けられないと言う。
周到な短編だった。結婚から究極の選択に持っていくところが凄い。従業員の子弟を奉公させるという呉服屋のシステムを説明した下りは、枝垂の意志が継続されていることへの補助線になっている。見事だ。★★★★。
「『甲子夜話』の忍者」(1964)
『くノ一紅騎兵』の項を参照。
「忍者鶉留五郎」(1964)
伊賀組同心の鶉留五郎の元に借金取りがやってきた。返す当てはないので娘を売るはめになるも、急きょ御用が入ったので一ヶ月待ってもらう。御用をこなせば、借金を返して余りある大金が入るのだった。
5ページの小品。江戸も半ばを過ぎると、伊賀忍者が凋落していて悲しい。経済的な困窮もさることながら、土壇場での胆力が失せている。★★★。
「大いなる幻術」(1966)
「忍者枯葉塔九郎」の漫画版。水木しげるが絵を描いている。
2004.6.4 (Fri)
▲アガサ・クリスティ『雲をつかむ死』(1935)
★★★
Death in the Clouds / Agatha Christie
加島祥造 訳 / ハヤカワ文庫 / 1978.11
ISBN 4-15-070040-0 【Amazon】
ポアロもの。飛行機の中で殺人。
乗り物内で事件が起きるところは、『オリエント急行の殺人』【Amazon】を彷彿とさせる。限定的な状況下の殺人であるため、一見すると簡単に解決できそうだけど、終盤まで重要な設定が伏せられていて難易度は高い。さらに三人称による心理描写も、小憎らしいほどの匙加減でなかなか付け入る隙を見せない。
クリスティの小説を読んで毎回感心するのはミスディレクションの上手さで、かくいう本作も、トリックや動機などでこちらの裏をかくような仕掛けが施されている。道具に着目するところといい、怨恨に注意を向けるところといい、その手口は巧妙。そもそもポアロの捜査自体、途中までミスディレクションの一翼を担っているのだから油断できない。今回は作者レベルの騙しと犯人レベルの騙しが、程々に噛み合っていると思う。クリスティは騙しの神。
2004.6.5 (Sat)
▲フョードル・ドストエフスキー『白夜』(1848)
★★★
Белые Ночи / Фёдор М. Достоевский
小沼文彦 訳 / 角川文庫 / 1958.4
ISBN 4-04-208702-7 【Amazon】
空想癖のある青年が悪漢に絡まれていた女の子を助ける。青年は女の子と親しくなるが……。
『貧しき人びと』のバリエーション。男女が偶然出会い、男は女を愛するのだけれども、女のほうは友情以上の気持ちを表さない。女には結婚を約束した相手がいて、そちらのほうに愛情が傾いている。男の造詣はドストエフスキー小説にありがちな社会性に乏しいインテリ青年。女の造詣もまたドストエフスキー小説にありがちな清純系の女の子。悲劇のヒロインを気取る女に、一途な男が翻弄されるという図式は、『貧しき人びと』とよく似ている。
視点が男の一人称であるため、男の狂おしい情念は伝わってくるのだけど、一方で女が何を考えているのかよく分からない。あり得ないほどの純情な態度をとる女。何だかんだ言いながらちゃっかり男を利用している女。愛情に葛藤した様子を見せつつも、しっかり優先順位が決まっている女。男のことを慮っているようで実は自己中心的なこの女は、やはり天然系の悪女と言うべき存在だ。終盤における気持ちの切り替えの早さもそれを裏書きする。
空想に彩られた主人公の世界(ペテルブルク)が、振られた途端に色褪せるという情景描写が秀逸。人物は年老い、建物はくすむ。さらに、悪漢から女を助けるという出会いの仕方も妄想ぽくって良い。
2004.6.8 (Tue)
▲伊坂幸太郎『チルドレン』(2004)
★★★
講談社 / 2004.5
ISBN 4-06-212442-4 【Amazon】
連作短編形式。エキセントリックな人物を軸とした軽めの人情話。
主人公は既成の価値基準に縛られないエキセントリック・キャラクター。どれくらいエキセントリックなのかと言うと、「ハレルヤ、俺は飛べる!」と叫びながらマンションの9階から飛び降りそうなほど。そして、飛び降りてもしっかり生きていそうなほど。他作品でいうと、『オーデュボンの祈り』の「桜」や『重力ピエロ』の「春」のような規格外の生き物である。
はた迷惑な性格でありながらも根は良い奴である主人公は、物事に対して直感的な行動で対処する。そして、その対処はいつも結果的に正しい方向に転ぶ。現実の我々は窮屈な価値基準に縛られて生活しているわけで、この小説はそういった現実を暴力的に切り崩すところに眼目があったのだろう。それを踏まえると、父親を殴るという行為がずいぶん象徴的に見える。
青臭い主張や人情話などにはあまり興味が持てなかったけれど、「バンク」や「レトリバー」のような世界のありかたを問う部分は面白く読めた。主役を巡るあれこれというモチーフは、本作にも引き継がれている。