2004.6b / Pulp Literature

2004.6.13 (Sun)

アガサ・クリスティ『死者のあやまち』(1956)

★★★★
Dead Man's Folly / Agatha Christie
田村隆一 訳 / ハヤカワ文庫 / 1983.6
ISBN 4-15-070072-9 【Amazon

ポアロもの。旧家の敷地内で推理祭りが行われ、死体役の少女が殺される。さらに旧家の細君が失踪する。

女流作家オリヴァに呼び出されたポアロが殺人事件に遭遇する。被害者は、財産もなければ怨恨もなさそうなごく普通の少女。そのため、少女が死んで誰が利益を得るのか? といういつもの推理が本作ではやりづらくなっている。被害者は口封じのために殺されたのだろうか。だとしたら、犯人の何を目撃したのだろうか。そういった少女殺しの謎が、事件と同時期に失踪した細君の謎と絡みあう。

一癖も二癖もある人物のパーソナリティが魅力的だけど、その反面、無駄に登場人物が多いような気がした。これはたぶん、あまり怪しくなそうな人物が、これ見よがしにレッド・ヘリング的行動をとっていたからそう感じたのだろう。特にある夫婦のプロットなんか、「これイラネ」と突っ込みたくなるほど。正直、2〜3の登場人物はその存在自体に首を傾げたくなった。

一方、真相の組み立てはそういった不満をうち消すほど秀逸。些細な事象から意味の逆転を導き、そこから芋蔓式に材料を繋いでいく手際が鮮やかだった。

2004.6.15 (Tue)

東野圭吾『幻夜』(2004)

幻夜

★★
集英社 / 2004.1
ISBN 4-08-774668-2 【Amazon

阪神大震災で知り合った男女の犯罪行。

『白夜行』【Amazon】の凄みは「書かないこと」から生まれていたと思うけど、今回はある程度舞台裏を見せる趣向になっていて、そのせいか犯罪行が嘘臭く(漫画っぽく)なっているのが気になった。非情な女とバカな男という組み合わせはともかく、男の心理描写が安手の悪女ものといった風情なのが何とも。男が圧倒的に足りないところやプロットが予定調和なところなど、主要エッセンスが『殺人の門』と重複しているのが気になる。

そういうわけで、『白夜行』との関連を探るような読み方しかできなかったわけだけど、こちらは想像力をくすぐるようなヒントのばらまき方だったので面白く読めた。実は鈴木その子(クリックは自己責任で)って「美の化身」だったのだなあ、と変なところで感心。『白夜行』からの繋がりを考えさせる部分は、色々と目のつけどころが良いなと思った。

>>Author - 東野圭吾

2004.6.18 (Fri)

ギ・ド・モーパッサン『モーパッサン傑作選』(1998)

モーパッサン傑作選

★★★★
太田浩一 訳 / ハルキ文庫 / 1998.12
ISBN 4-89456-482-3 【Amazon

短編集。「剥製の手」、「聖水係の男」、「シモンのパパ」、「水の上」、「わら椅子なおしの女」、「マドモワゼル・ココット」、「宝石」、「初雪」、「雨傘」、「髪の毛」、「火星人」、「あだ花」、「女主人」、「すくわれたわ」、「ロンドリ姉妹」の15編。

幻想小説から艶笑譚まで、道徳的な内容から洒脱な内容まで、幅広いジャンルの短編を収録している。O・ヘンリーのような軽いノリでとても読みやすかった。

以下、各短編について。

「剥製の手」(1875)

剥製の手が悪さする幻想小説。ビジュアル的には、『ドラゴンクエストIII』のマドハンドを思い起こす。人間のパーツというのは、それが独立して存在するととても不気味だ。持ち主の怨念が籠もっているような気がしてしまう。★★★。

「聖水係の男」(1877)

生き別れになった親子を巡る良い話。別に神を描写しているわけではないのだけど、舞台が教会ということで自然とそういうのを連想させる。★★★。

「シモンのパパ」(1879)

父なし子を巡る良い話。身投げをしようとして思い止まるシーンが素晴らしい。昔見た死者の目が穏やかだったことから、ふらふらと彼岸の域へ入りかけるも、穏やかな自然の営みを前にして踏み止まる。死にたくなるほどの深刻な悩みが、ちょっとしたことで一時的に雲散される様子が感動的だった。★★★★。

「水の上」(1881)

幻想小説。視界を封じられるシチュエーションというのもなかなか怖くて、確か荒木飛呂彦(神の漫画家)は怖いものリストに「闇」を挙げていた。本作で恐怖感を煽るのは霧。霧が船の上の男の視界を遮る。★★★。

「わら椅子なおしの女」(1882)

恋する女の悲劇。度を越した愛情をそそぐ女も凄いが、男の浅ましさのほうがもっと凄い。やはり今も昔も厚顔無恥は最強のようだ。★★★★。

「マドモワゼル・ココット」(1883)

犬を巡るちょっと怖い話。この雌犬というのが面白くて、雄を引き連れてハーレムを形成するのである。まさに魔性の犬であるが、この「魔性」は別の部分でも発揮される。飼い主の気が狂うラストの描写が激しく喜劇っぽい。★★★★。

「宝石」(1883)

イミテーションの宝石を集めている妻が死んだ。その宝石を巡るちょっと不思議なお話。宝石を売ってあぶく銭を得た夫は、小説の中だと卑小な存在に見えるけれど、実は現実だとこんなものだろうと思わせる。自然主義というのは、つまり卑小なものを卑小に描くということなのだろうか。★★★。

「初雪」(1883)

夫のエゴの犠牲になった妻。暖房くらい買ってやれや、という話。★★★。

「雨傘」(1884)

今度は逆に妻のエゴ。ケチんぼのおばちゃんが、たかが雨傘のために保険会社をだまくらかす。おばちゃんにありがちな図々しさが活写されている。こういう人、現実にいてもおかしくない。★★★。

「髪の毛」(1884)

屍姦症の男の日記。医者が放つラストのセリフは、20世紀のサイコ時代を予見しているようで面白い。もう、「キチガイ」の一言じゃ済まないよ。★★★。

「火星人」(1887)

男が宇宙を語る。19世紀の小説とは思えないほど宇宙に関する定見・蘊蓄が凄い。ところで、タイトルの「火星人」は「キチガイ」のメタファーなのかな。★★★。

「あだ花」(1890)

抑圧された妻の反撃。子作りマシーンの役割を強制されていた妻が、夫に一矢報いる。子供が多数いることを利用した反撃方法も面白いのだけど、それよりも人間の生殖行動に関する定見が、19世紀の小説とは思えないほど先鋭的で驚いた。★★★。

「女主人」(1884)

下宿人と女主人の微笑ましい話。身近なあの人と……といった感じの妄想っぽさが出ている。★★★。

「すくわれたわ」(1885)

またもや抑圧された妻の反撃。「あだ花」よりはこちらのほうが爽快感がある。証人を引き連れて現場を押さえるところがドタバタしていて面白いし、ラスト一行もユーモラスで良い。★★★★。

「ロンドリ姉妹」(1884)

男2人が旅先で知り合ったイタリア女と行動を共にする。しかし、なぜか女は無愛想で、男を困惑させっぱなしでいる。いったいこの女は何者なのだろう、という興味で引っ張っていく。★★。