2004.7c / Pulp Literature

2004.7.21 (Wed)

マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』(1983)

★★★★★
El Beso De La Mujer Arana / Manuel Puig
野谷文昭 訳 / 劇書房 / 1994.4
ISBN 4-08-760151-X 【Amazon

自身の同名小説を元にした戯曲。舞台はブエノスアイレスの監房。ゲイの中年男が、革命家の若い男に映画の話を始める。そして、時が過ぎていくにつれて、2人は親密になっていく。

集英社文庫の小説版【Amazon】は未読。解説によると、筋書きはほとんど同じであるようだ(当たり前か)。

価値観の違う2人が惹かれ合うという筋書き。コミュニケーションによる心の接近と、相手に献身する精神の美しさみたいなものに比重が置かれている。映画の話が一種の象徴的な意味を帯びて語られつつ、監獄の細々とした日常での助け合いによって、こつこつと恋愛ポイントが溜まっていく。ゲイの中年男の中には、マイノリティの境遇と母親に対する複雑な想いが渦を巻いており、革命家の若い男の中には、理想主義の思想と、それに相反する恋愛感情がせめぎ合っている。本作はそんな2人が心を開き、さらにとある利己的な打算を乗り越え、「キス」という象徴的行為で1つに統合されるところに感動がある。

興味深いのは、セックスよりもキスのほうが概念として上位にあるところで、統合の象徴をセックスに置かなかったからこそ、心揺さぶる味わいが生まれているのだと思う。肉体よりも精神の繋がりを重視した物語は、欲望にオープンな現代でも有効であるということなのだ。本作のようなピュアな物語は、人類が存続する限り永遠に無くならないような気がする。

2004.7.23 (Fri)

白石公子『僕の双子の妹たち』(2004)

僕の双子の妹たち(110x160)

★★★
集英社 / 2004.6
ISBN 4-08-774700-X 【Amazon

両親を事故で亡くした僕と妹たち。大学生の実のりは教師と不倫し、専門学校生の穂のかはブラザーコンプレックスを抱えている。そして、郵便配達夫の僕は元カノに未練たらたら。そんななか、父の愛人だった女が現れ……。

女性作家らしいせつない人間関係。両親を亡くした悲しみとか、うまくいかない恋愛とか、兄妹それぞれが噛みしめる苦みを描いている。総じてエピソードが類型的で物足りなかったけれど、妹萌え小説としてはなかなかツボを押さえた内容だった。屈託のない「お兄ちゃん」のダブルパンチにはついくらっときてしまう。何せただの「お兄ちゃん」じゃないんだぜ? 似たような顔の双子が揃って「お兄ちゃん」言うんだぜ? これぞ男子の本懐ではなかろうか……。また、語り手が傷ついた年上女を癒すところにくらっときてしまう。というのも彼女は親父の愛人だったわけで、これから親子丼が始まるのかとドキドキしながら読んだ。

語り手はうじうじしてて鈍感。社会的地位は低いものの、実はイケメンで女にモテる。こういうのっていかにも女性が書きそうだなと思った。恋愛という経済行為は、顔の良い人間の間でしか行われない。これは別にケチをつけているわけではなく、恋愛の捉え方や性の評価にも男女差があるよねって話。

2004.7.28 (Wed)

ジェフリー・ユージェニデス『ミドルセックス』(2003)

ミドルセックス(111x160)

★★★★
Middlesex / Jeffrey Eugenides
佐々田雅子 訳 / 早川書房 / 2004.3 / ピュリッツァー賞
ISBN 4-15-208554-1 【Amazon

半陰陽者の自伝。ギリシャ系移民の家庭に生まれたカリオペ・ステファニデスが、家族の肖像と思春期の悩みを物語る。彼は小さい頃、女の子として育てられていた。

これはたとえるなら、『百年の孤独』【Amazon】の「豚のしっぽ」が、自分のルーツを探るために祖父の代から語っていく、変則的な自分探し小説といったところだろう。自分の特異性を読者に知ってもらうため、時間を遡って祖父の代から語り起こす。主人公不在のファミリーサーガは、その激動の時代背景と相俟ってぐいぐい引き込まれる。前半を読んで、他人の人生って面白いなー、と岸辺露伴みたいな感想を抱いた。

前半で激動のファミリーサーガに慣らされたぶん、後半に入って語り手の思春期物語に転調したのには戸惑った。ただ、慣れればこの部分も無知と勘違いがサスペンスを煽っていて面白い。ファミリーサーガのほうは何が起こるか予測不可能だったのに対し、思春期物語のほうはある程度悲劇が予見できる構成になっていて、その手綱の使い分けに感心。この小説は自嘲的な語り口も去ることながら、語られる内容も時代性が感じられて興味深く読める。

ところで、イアン・マキューアンの『愛の続き』を読んだときにも引っ掛かったのだけど、映画関係の人って妙な急展開を挿入しがちだと思った。終盤のやたらスリリングな誘拐劇なんて、いかにもハリウッド映画という感じ。正直、この部分は本気なのか冗談なのか判断に苦しんでしまった。

2004.7.30 (Fri)

山田風太郎『忍法破倭兵状』

忍法破倭兵状(113x160)

★★★
ちくま文庫 / 2004.6
ISBN 4-480-03953-8 【Amazon

忍法帖短篇全集の3巻目。「忍法鞘飛脚」、「忍法肉太鼓」、「忍法花盗人」、「忍法しだれ桜」、「忍法おだまき」、「忍法破倭兵状」、「忍法相伝64」の7編。

『野ざらし忍法帖』の続き。

以下、各短編について。

「忍法鞘飛脚」(1965)

眼と耳と舌と四肢を失った自称インテリ忍者が、その顛末を物語る。医学を学んだ彼は、酒井雅楽頭の命で志摩藩に潜入するが……。

インテリ忍者の捨て駒っぷりが何とも言えない。笑うべきか悲しむべきか、その中間あたりで感情の靄が漂っている。忍者の非情な世界、グロテスクな肉刑、そして、インテリ忍者の滑稽な性癖。喜劇と悲劇の混じり合いが絶妙だ。美女に近づくともれなく勃起し、そのうえ包茎と童貞を煩っているとは凄い設定である。★★★。

「忍法肉太鼓」(1964)

忍者・六波羅十蔵が、酒井雅楽頭の命で大奥に忍び込む。彼の任務は妾たちを孕ませることだった。子のいない家綱の種ということにして、綱吉に跡を継がせないよう企んでいる。

皮肉の効いた展開。忍術の特性を全てストーリーに還元している。とりわけ妊娠のメカニズムには目が点だ。この期に及んで医学的な説明をつけている。荒唐無稽に筋を通すのが面白い。★★★。

「忍法花盗人」(1964)

松平肥後守が女性恐怖症になった。彼の性欲を復活させるべく3人の美女を用意する。

忍法帖って恐ろしく論理的だよなあ。悲劇にも三者三様あって、みな収まるべきところに収まっている。意地でも忍者は幸せにしない。なぜなら、忍者の役目は死ぬことだから……。このシリーズは、主人公をどのように死なせるかがよく考えられている。★★★。

「忍法しだれ桜」(1964)

木曾根来組が2派に分裂して殺し合いをする。

忍者の掟は厳しく、何よりも共同体の価値観が優先する。政情の変化に翻弄される小物たちの悲哀。この非情な世界観は癖になる。★★★。

「忍法おだまき」(1964)

果心居士が忍法で殺生関白・豊臣秀次を若返らせる。秀次は自分の悪徳をそぎ落とし、再び太閤に認められたかった。

この世は老いも若きも男も女も、心のさみしい人ばかり。そんな皆さんの心のスキマをお埋め致します……。まるで『笑ゥせぇるすまん』【Amazon】みたいな話だった。果心居士が喪黒福造に見えて仕方がない(笑い声も似ている)。秀次も秀吉も人間の弱さをさらけ出している。★★★。

「忍法破倭兵状」(1965)

李舜臣の弟が日本の忍者の手引きで病床の秀吉に接見する。彼は秀吉に苦痛を与えたかった。

歴史的事実の絡め方が絶妙。秀吉を狂わせるロジックが素晴らしかった。この上手さは連城三紀彦を彷彿とさせる。★★★★。

「忍法相伝64」(1964)

東京でサラリーマンをしている青年は忍者の末裔だった。ひょんなことから先祖伝来の巻物を見つけ、そこに書かれた忍術を試みる。

なーんと現代が舞台。解題によると、『忍法相伝73』の原型だという。物語はこれからというところで終わっていてちょっとコメントしづらい。女の手紙には何て書いてあったのだろう? ★★★。

>>『くノ一死ににゆく』

>>Author - 山田風太郎